二の舞
徳川家康が戦わずに通過しようとする武田義信を追い掛けなければならない事情は他にもあるようでありまして。それは……。
春日虎綱「朝倉義景の二の舞を踏むわけにはいかないでしょう。義景はこれまで信長の攻撃に晒される浅井長政を救うため幾度となく近江に入り、織田信長からすれば屈辱以外の何物でも無い和睦に持ち込む事に成功しています。しかし当地での義景の行動について、義景と共に近江入りした家臣達の評価は必ずしも良いものではありませんでした。それは何故か？当時の比叡山や大獄山と言いました安全な場所に兵を集結しただけで信長と戦わなかったばかりでなく、
『和睦が結ばれた。』『信長が美濃に帰った。』『当面の危機は回避された。』
と見るやすぐに越前に帰ってしまったからであります。
比叡山の時は一応和睦が結ばれていますので情状酌量の余地はあります。ありますが今回はそうではありません。しかもその間に信長は比叡山を亡き者にしたばかりでなく、和睦の条件でありました北近江放棄を反故。浅井領への侵入を繰り返しています。信長はまた北近江に入る事になりますし、浅井長政の危機は現在も続いています。その様子が手に取るようにわかる場所に朝倉義景は陣を構えていたのであります。しかし彼は動きませんでした。動かないばかりか雪が積もる前に越前に帰ってしまいました。雪が融けるまで彼は近江に戻る事は出来ません。一方、信長はいつでも近江に向け兵を進める事が出来ます。
ただ現在は止まっています。武田義信と北条氏政の動向が気になるからであります。近江にだけ兵を集中させる事が出来ない状況にあるからです。
『もし今、北近江に朝倉義景が残っていたら……。』
と嘆いているのは武田義信や浅井長政だけでは無いでしょう。先の大獄山在陣中にも信長方に鞍替えした者も発生しています。義景と共に越前に帰った家臣の中にも同じ思いの者の居ると見て間違いありません。
同じ事は浜松に居る徳川家康の家臣にも言えます。今彼らは浜松に居ますが、彼らの故郷は三河であります。武田義信が侵入する場所であります。もし家康がこのまま目の前を通る武田軍に何ら手立てを講じなかった場合、浜松に居る家康の家臣達はどのように思うでしょうか？今すぐに裏切る事は無いと思います。思いますが、義信が三河を蹂躙した時。義信が信長を倒した時。家康を見限る事態に陥っても何ら不思議な事ではありません。
故に家康は義信を追い掛けなければなりません。」
