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黒竜の騎士  作者: 宍戸 浩
第一章 魔女の花
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5.もし、許されるのなら

主人公やっと登場したと思ったら秒で死にましたね。自分でも驚きました。

5.もし、許されるのなら


何もない、真っ暗な闇。

身体が浮遊するような感覚とその果てしなさに、レオニールはああ、と思った。

(死んだのか。)


痛みも、身体から溢れだす血もない。

最後に見た青い空に、一人息をついた。

きっとここは死後の世界。

(イザベラ様はここにいるのだろうか。)

もしそうだとしたら、ひと目でいい、会いたい。


『ここにあの子はいない。人の子よ。』


『声』がした。

自分は死んでいるから、正確には声ではないかもしれない。

得体の知れない何かだ。

その意志を持った何かが、自分に話しかけているのだ。

もしかしたら、人々が信じる所の神といった類いかもしれない。


『なぜ、最後にかの国の繁栄を願ったのだ?』

『声』が面白そうに尋ねる。


「私が愛した国だからです。何より、私が愛した人が命を賭して守ろうとしたものだから。」

レオニールの声に、『声』がカラカラと笑った。


『なあ、人の子よ。もう一度時を戻せるとしたら、お前は戻りたいかね。』


レオニールの思考が一瞬停止する。

「…戻れるものなら。」


『ならば、お前にもう一度生きる機会を与えよう。ただし、お前はお前としては生きられぬ。今生きてきた人間とは全く異なる人間として生を受けることになろう。』

『声』は楽しそうにそう告げた。

願ってもないことだ。


「ありがとうございます!しかし、どうして…」

『なに、暴君が起こす悲劇よりも面白そうなものが見れそうだからだ。』

ついでに、と『声』は続ける。


『人の子よ。お前が望むものはなんだね。』

「力です。」

レオニールは間髪いれずに、答えた。

「もし、許されるなら、私は大切な人の幸せを守れるだけの力が欲しい。」


『そうか』

くっくっと笑うと、『声』はレオニールを包んだ。

『【………】』

『声』が何かを呟く。

次に瞬間、闇が晴れた。

「これは…?」

レオニールは眼下に広がる景色に絶句した。

きちんと整備された石造りの建築物が立ち並ぶ美しい町並み。

そこは―――――

『黄金都市』と称される、大陸一の繁栄を誇った大都市。


 エルギア帝国の帝都、コルディスウルブの上空だった。


西の空、遠く水平線上に煙があがっていた。

言われずともわかる、アヴァリィティアの進軍によるものだろう。

家財を強奪され、家を燃やされた人々の嘆きが聞こえた気がした。


東の広大な大地は、ひび割れた土の上に数え切れない黒い点が、靄を伴って見えた。

民衆が蜂起して、帝都へと向かっているためだろう。

黒い点は民たちの、靄は彼らが行進して生じた土煙。

東は凶作の被害が特に甚だしく、イザベラが自分のドレスや宝石を売り払ってなんとか支援をしようとしていた。

身売りや口減らしが頻発していたと聞く。

彼らの怒りが見て取れた。


 ああ、これほどまでにエルギアは壊れていたのだ。

自分の非力さに臍を噛む。

コルディスウルブですら、幼い頃から馴染んだ活気が褪せている気がした。


 『よくこの景色を覚えておけ。』

『声』が言うやいなや、パアンッッとなにかが弾ける。

同時に眼下の景色が変様し始めた。

僅かに東寄りにあった太陽が、頭上を通過して東の大地に消えていく。

そうして夜が来て、朝、否夕方が訪れた。

最初はゆっくり西から昇っていた太陽が、東に沈む時間の間隔が段々と早くなり―――――

気付いたときには、世界が何度も光る、消えるを繰り返していた。

思わず目を細める。

その光の中で、帝都のいくつかの建物が消えては、別の建物が現れていく。

時間軸が巻き戻されているのを、レオニールはその身をもって体感した。

どれほど長い間、そうしていただろう。

不意に、世界が点滅をやめた。


『運命に抗い続けるが良い。その生命が尽きるまで。』

『声』が響き渡る。

「神よ、感謝します。」

レオニールの言葉に、『声』は返事をしない。

『…こちらも【域】を侵されて、不愉快だったしな。』

「え?」

『声』の呟きに、レオニールは一瞬キョトンとした。

『こちらの話だ。さあ、人の子よ。面白いものをみせておくれ。』

身体が地上に吸い寄せられる。

その寸前、光の泡の中に黒い影を見た気がした。




▲ ▲ ▲



閉じられた扉の前で、そわそわと落ち着きなく歩き回っているのは、この屋敷の主にしてドレクニオール公爵家の当主、マティオンである。

グレーがかった青に近い緑の瞳は、先程から扉と自身の掌の懐中時計とを往き来していた。

「まだなのか。トレヴァー。」

「落ち着いてくださいませ。旦那様。」

トレヴァーと呼ばれた燕尾服の男は、こっそりとため息をつく。

今しがたその過剰な心配によるせいで、「旦那様、どこかに行って下さい!!」とメイドたちから半ば強制的に部屋を追い出されたマティオンは、まるで捨てられた犬のような情けない目で、トレヴァーを振り返った。

マティオンの幼少期から彼を見てきたトレヴァーは、彼の今の気持ちも痛いほど分かる。

(しかし、鬼と恐れられる統帥殿の正体がこれだと知って、幻滅する騎士は多いだろな。)

マティオンはこの国の軍部の長である、統帥を勤めている。

若くしてその座に登り詰めた彼は、あまり面識がない(本性を知らないとも言う)騎士たちからはその伝説と言っても過言ではない逸話をもとに、「鬼の統帥」と憧憬される人物だ。


 一方で、マティオンはこれまた彼の素顔をよく知らない貴族令嬢からは、非常に人気がある。

身内贔屓をなしにして、マティオンの見目は大変よろしい。

栗色の髪を後ろに無造作に撫で付け、飾りのない白の綿のシャツに身を包んでいるだけだが、溢れだす男としての色香はかくしきれていない。

国の男の平均を遥かに上回る身長。

その身体は、この国の軍部を統べるものとしては当然のごとく鍛えられ引き締まり、精悍な顔つきをさらに際立たせるかのように、透き通った湖のような色の双眸には、意志の強い光がたたえられていた。

社交の場に出れば、これまた見目のよい幼馴染みとともに、女性の視線を一身に受ける存在。


家柄、見た目、そして中身全てが揃った男前は、しかし今は落ち着きのない少年のようだった。

「ああ、まだなのか。」

マティオンが何度目かの台詞を口に出したとき、扉の中で泣き声がした。

「っっ。」

一直線に扉に駆け寄ると、バターンと大きな音をたてて、マティオンは部屋のなかに足を踏み入れる。

「アリーヤ!!」

疲れきった妻は、夫の顔を見ると微笑んだ。

汗で額に髪が張り付いたその笑みは、女神と見紛うほどに清らかで麗しい。

「…旦那様。」

「よく頑張った。」

愛しい妻をぎゅっと抱きしめ、その頬にキスを落とす。

「それで、子供は。」

「おめでとうございます、旦那様!元気な男の子でございます!」

アリーヤ付きの侍女、ドロシーが興奮気味にマティオンに声をかけた。

お湯で清められ、白いブランケットに包まれた赤子を覗き込んだマティオンは息を呑む。


「トレヴァー、これは…」

長くドレクニオール家に仕える老齢な執事を、マティオンは仰いだ。

アリーヤも、赤子の姿を見てその眼に驚きを宿す。

赤子は珍しく、生まれたときからうっすらと髪があった。

「…ええ、旦那様。これは、」

平生は決して心情を表に出さないトレヴァーの声が、少し震えていた。

赤子の髪はこの国の人間では、ただひとつの例外を除いて拝むことのない色。

闇夜を切り取ったかのような黒だった。

「この方は間違いなく、『黒竜の子』でございます。」


ーーー『黒竜の子』ーーー

それは、ドレクニオール公爵家の始祖に関する伝承に基づいたものだ。

遥か遠い乱世、小さな国同士が長く戦争を続けていた時代。エルギア帝国の開祖は平和な世を築くために、腹違いの弟と、聖なる乙女とともに立ち上がった。

その異母弟は、黒竜の力を身に宿し、その圧倒的かつ驚異的な力で数々の戦に勝利をもたらしたという。

そうして築かれたのが、エルギア帝国。

兄は指揮を、弟は戦闘を、聖なる乙女は交渉を司っていたことが、後に三柱と呼ばれるエルギアの政治形態を作り上げる。

一部では、弟自体が黒竜であったといわれているが、遠い昔のことは誰も知らない。

ただ、その弟が興した家それがドレクニオール公爵家であることは確かだ。


このような起源を持つドレクニオール公爵家では、稀に黒い髪の子供が生まれる。

これが前述の『例外』に当てはまる者である。

驚くべきことに、そうして生まれた者たちは、例に漏れることなく高い能力を持ち、公爵家に繁栄をもたらしてきた。


マティオンとアリーヤに生まれた子供もまた、黒い髪をしていた。

この子供は、のちに帝国の未来をその背中に背負う人間となる。


カーレイン・アッシュバルク・ウィザンツ・ドレクニオール。

こう名付けられた赤子の前世の名を、レオニール・アールノルドといい、運命にあらがってもう一度時をやり直すことを許された、稀有な人物であった。





茉奈は、異界からやってきた人間なのでそもそもこの世界の法則には縛られません。

なので正式にエルギア帝国出身の者で黒髪なのは、この『黒竜の子』のみとなります。

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