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黒竜の騎士  作者: 宍戸 浩
第一章 魔女の花
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11.竜の痣

 (何故こんなことに・・・)

カーレインは困惑していた。

今いるのは、第四師団の演武場。

目の前には、はちみつ色の三白眼が特徴的な、ガタイのいい青年騎士。

お互いの手には、実際に戦場で使われる剣。

そして、この状況を遠巻きに見つめる第四騎士団の団員達。

「手加減はしねぇからな!」

宣戦布告をした青年に、カーレインは剣を構えなおした。


 話は半時前に遡る。

「お前が、統帥様のご子息だな?」

騎士見習いとして武器の点検を行っていたカーレインに、声をかけたのはまだ若い騎士たちだ。

先頭に立つ男のくすんだ短い髪とギラギラとした瞳が、昔図鑑で見た東方の肉食獣を彷彿とさせる。

「はい。その通りです。」

コクンと頷くと、カーレインの可愛らしい美貌に彼らは一瞬ひるんだ。

「おい、本当にやるのかよ。」

仲間の一人が、コソコソと先陣を切った彼に耳打ちする。

「当たり前だろ。いくら7の歳の子供でも、この第四師団に入ったからには、それ相応の実力がないと困る。」

(なるほど。)

彼らは、どうやらカーレインが気に食わないらしい。


 第四師団は、騎士団の中でも実力がある者のみで構成される。

故に、一番身分や年齢が考慮されていない師団といっても過言でない。

そんな実力主義の集団に、トップの嫡男で皇位継承権を備えている少年が入り込んだらどうなるか。

当然、周囲は親の七光りで入ったと思うだろう。

自分の腕を誇る彼らが、反発するのも無理はない。


 青年は大きく深呼吸すると、カーレインをビシリと指さした。

「俺はお前に、決闘を申し込む。」

「はい?」

僅か7の歳の子供に大人げないといえばそれまでだが、青年の目は本気だ。

(自分の実力がどれほど通用するか知るにはいい機会かもしれない。)

そう判断し、カーレインは腹を決めた。

「・・・分かりました。決闘をお受けいたします。」

(ただ、騎士見習いの私に決闘の許可が下されるのか?)

一抹の不安を抱えながら、カーレインは青年たちに連れられて武器庫を後にした。


 結論から言うと、決闘は驚くべき速さで許可された。

マティオンが、あらかじめこのような事態を想定して、ウォルター師団長に話をつけておいたらしい。

(これは、父上が私の実力を信頼してくださっているということだろうな。)

その期待には何としても応えたい。


 演舞場に、ウォルターの厳かな声が響く。

「エルギア帝国第四師団、騎士団員ニール。そなたは、正々堂々とこの決闘に挑むことを、守護女神様の名のもとに誓うか?」

「はい!」


 青年の名は、ニールというらしい。

家名がないことからして、平民なのは間違いない。

平民にとって、この第四師団に属することは名誉であると同時に、貧しい生活から脱却できることを意味する。

万が一負ければ、その栄誉を手放すことになるかもしれないにも関わらず、おそらく騎士団のほとんどが抱く不満をその身で体現しようとする彼に、カーレインは少なからず興味を抱いた。

剣を構える姿勢から手を抜く様子がないことを窺わせる。


 「エルギア帝国第四師団、騎士団見習いカーレイン・アッシュバルク・ウィザンツ・ドレクニオール。そなたは、正々堂々とこの決闘に挑むことを、守護女神様の名のもとに誓うか?」

「はい。」


 この決闘ではどちらか一方が勝てば、負けた方は勝者の言うことを聞かねばならない。


 負ければ、描いていた未来が遠ざかる。

(必ず勝つ。)

昂る精神を静め、軌道を思い描く。

その視線を、一身に受けたニールは得体のしれない寒気を感じた。

それは、審判を行うウォルターも同じで。

(ほう。)

軽く目を見張る。

マティオンが以前、カーレインをこう称していたのを思い出した。

『傑物』と。

(統帥がそう評価するのだから、かなりの腕前だろうとは予想していたが、これは想定以上かもしれない。)


「構え。」

神経を研ぎ澄ます。

ウォルターが息を吸い込んだ音が、やけに大きく聞こえた。

「はじめ!」

その声とともに、カーレインは飛び出した。

(速すぎる・・・)

一同は唖然とした。

かなり距離があっていたはずなのに、気づけばニールの目の前にカーレインは迫っていて。

ありったけの力を込めて、カーレインは剣を一閃した。


 グワッ。


一陣の風が吹く。

次の瞬間、ニールは演舞場の壁にたたきつけられていた。

「いってぇ!」

思わず、ニールは叫んで、はっと気づいた。


 首筋に向けられた剣。

その先端はぽっきりと折れている。

が、そのまま突かれたら命はないだろう。

折れた剣をまっすぐにこちらに向けた美少年のアメジストの瞳には、恐ろしいほどの冷静さがあった。

「俺の負けだ。」

潔く、自分が握っていた剣を放り出す。

その剣もやはり折れていて、ニールは自分の完敗をもう一度認識した。


「勝負あり!」

ウォルターの一言で決闘は終了した。

騎士団員たちは、この小さな少年の驚くべき所業にいまだ動けずにいる。

しかし、一番驚いていたのは、カーレインだ。

(防がれた。)


 あのとき、カーレインはニールの首をまっすぐ全身全霊で狙いに行った。

スピードには自信があったから、寸止めで終えようとしたのに。

ニールは、それを上回る速度で、カーレインの剣を流したのだ。しかも、ただ受け流しただけではない。ニールの剣がカーレインの剣を弾いた時、カーレインは手首に違和感を感じた。

あのまま寸止めしなければ、間違いなく手首をやられていたに違いない。

『黒竜の子』として授けられた化け物並みの力を持つカーレインが振りかぶった剣だから、ニールは吹き飛んだものの、この力がなければおそらく負けていた。

つまり、技術的には完全にニールのほうが上なのだ。


 (ここでは、学ぶべきことがたくさんある。)


それがとてつもなく嬉しい。

学習意欲が刺激されているカーレインの肩を、そっと誰かが叩いた。

振り向くとニールが清々しい顔で立っていた。

「俺の負けだ。この騎士団から出ていくなり、なんなりするよ。」

カーレインはふるふると首を振る。

「あなたのような人が騎士団からいなくなるのは大きな損失です。父も、それは望まないでしょう。」

「じゃあ、何を望むんだ?若様。」


 しばらく思案した後、カーレインはにっこりと笑った。

「では、カールと呼んでください。皆さんから距離を置かれるのは悲しいですから。」

「そんなことでいいのか?」

ニールは不服そうだ。

この青年は、意外と義理を通す性格なのかもしれない。

「はい。」

カーレインはしっかりと頷くと、声を張った。周りの見物人たちにも聞こえるように。

「私は、この国のために強くなりたいのです。そのためには、この騎士団の一員として認められる必要がある。確かに私がこの騎士団に入団できたのは父の采配もあります。しかし、それに胡座をかくつもりはございません。どうぞ、私のことはカールとお呼びください。ここにいる間は私は、ドレクニオール公爵家の嫡子以前にただの騎士見習いなのですから。」

7歳の子供とは思えない堂々とした宣言に、ニールをはじめとした騎士たちは目を白黒させた。そんな中、ウォルターだけが面白いものを見る顔で、カーレインを眺めていた。


 「…こりゃ完敗だわ。」

ニールは頭をポリポリと掻くと、手袋を外し右手を差し出した。

「じゃあ、これから宜しくな、カール。」

「っはい!」

カーレインの眩しい笑顔にニールもつられて明るく笑う。交わされた固い握手に、周囲も惜しまない拍手を送った。



 「…決闘を申し込んできた騎士相手に勝ったそうだな。」

夕餉の席で、マティオンに話題を振られたカーレインは、コクリと頷いた。

「どうだった?」

「己の未熟さを思い知らされました。」

その返答にマティオンは満足そうに笑った。

「私はどうも自分の怪力に頼ってしまっていたようです。危うく利き手を壊されるところでした。」

「対戦相手は、まだ若い騎士だったな。確か、ニールと言ったか、」

「ご存知なのですか?」

何千いる中の一騎士の名前を把握している父親にカーレインは驚いた。

「いや、ウォルターが特に目をかけている騎士だからな。」

やはり、あのニールという青年はただ者でないらしい。

「実力が求められる第四師団の若手の中では、同期からの信頼が人一倍厚く道理を通す存在だと。」

カーレインはその言葉に少し眉を顰めた。

「そのような気性では、『裏』を仕切る第四師団には相応しくないのでは?」

いいや、とマティオンは首を振った。

「国という大義の前では至って冷静に仕事をこなすそうだ。クセ者揃いの第四師団がうまく機能するには、団結力を高める存在が大きな鍵となる。だからウォルターが目をかけているのだ。」

昼間ニールは躊躇する同期を尻目に堂々とカーレインに決闘を挑んだ。もし彼がカーレインの実力を皆に知らせる機会与えなければ、カーレインは腫れ物を扱うような処遇のままだっただろう。しかし、あまりに高貴な生まれのカーレインを相手取ることは、自分の将来を棒に振る可能性も高い。 

 どちらに転んでもハイリスクなカーレインという存在を、彼は騎士団のために相手どった。そこまで深く考えられていなかったとしても、その無謀なほどの度胸には目を見張るものがある。

(もし、彼らを完全に味方にできたのなら。)

あれほどの実力者たちが味方となれば、来るべき未来でも国を守れる。

(認められねば。)

カーレインは確かな興奮を覚えていた。


「そういえば父上、この後部屋に伺っても?」

カーレインの問いにマティオンはもちろんと返した。

「もしかしてアレか?」

「…ええ。」

途端にマティオンは渋い顔になる。


「…かなり大きくなったな。」

マティオンの部屋で、カーレインの右腕にあるソレにマティオンは顔をしかめた。半裸で右腕を差し出したカーレインも顔を曇らせる。

「相変わらず痛みはないのだな?」

「はい。」

カーレインの右腕に黒々と浮かび上がるソレはーーーーーーーーー

黒竜の痣。

エルギアの開闢に貢献したこの家の始祖の姿だった。


生まれた時は右肩に子供の親指の爪大の黒い痣があるだけだったが、カーレインの成長に併せてその痣は濃く大きくなり、黒竜の形をとるようになった。

今や肘までに達したソレは、7歳の子供には些か不釣り合いだ。

「今日着替えているときに、また大きくなっていることに気づいたのです。」

「明日、また医師を呼ぼう。」

マティオンの言葉に、カーレインはありがとうございます、とだけしか言えなかった。

(これももう一度生まれ変わった影響なのだろうか。)

黒々としたその痣は、蝋燭の灯りのもと、少し不気味に見えた。

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