八話
相撲の稽古はあの一日だけで秋月との稽古はいつもの剣術に戻った。
それでも七里はあの日の秋月との稽古から何かを得ようと頭の中で再現していたが……これといった結論は出なかった。
そうしていたらいつの間にか例の力士との対決の日になっていた。
「ふん、七里さん……よう逃げずに来たな!」
そう例の力士が言った。名前は辰高川と言うのを七里はその場で初めて知った。
「それでは俺が勝ったら雪衣太夫を諦めろ、あんたが勝ったら俺も男だ大人しく太夫を諦める」
……はて?この男は何を言っているのだろう、用心棒の件ではなかったかと七里は思ったが、七里が何かを言う暇も与えず「さぁ!始めよう」と辰高川は言った。
見届け人に雪衣太夫の禿の汐が選ばれた、つくづくこの娘も可哀想だと七里は思ったが、改めて考えるとこの娘の口が災いの元なのだと思い同情するのはやめた。
廻し姿で地面に描かれた円の中に立つ辰高川に対し、腰の刀を汐に預けた七里は諸肌脱ぎになって立った。
端で見ていた汐は大人と子ども程に見える体格の差に七里がどう痛めつけられるのか心配した。
土俵の真ん中で腰を落とし構える辰高川に対し、七里は棒立ちで対峙する。
「……あんた、相撲の構えかたも知らんのか!?」
怒鳴る辰高川に対し七里はこの構えから闘うと答え、辰高川の怒りが更に増したように見える。
七里は秋月との稽古を思い出し結論として策も無くただ「剣士」として土俵に立つことにしたのだ。
「……どうなっても知らんぞ!」
そう言って辰高川が構えを低くした時に汐の「はっけよい」の声がかかり、辰高川が放たれた矢のように飛び掛かってきた。
辰高川の手が七里を捉えようとした瞬間に七里は体を交わし外からその手を掴み引っ張ると勢いそのまま辰高川は円の外に片足を踏み出した。
「し、七里様の勝ちです!」
汐がそう宣言したのだが辰高川は待ってくれと焦って言い、もう一番取ってくれと言う。汐は文句を言ったが七里は構わないと答えもう一番を。同じ様に構え汐の声がかかると今度は辰高川は先程とは違って落ち着いてにじり寄ってきたので今度は七里から辰高川に向かって飛び込み辰高川の膝頭を蹴って転ばした。またもう一番と言う辰高川に汐は呆れたが七里が構わないというのでこれが最後ともう一番。
今度も辰高川はにじり寄って両腕を伸ばしてきたので七里も両手で相手の手を握り力比べの形になった。これなら俺のものだと力を込めて押す辰高川の両手からいきなり押し返す力が無くなったと思ったら、辰高川は地面にうつ伏せになっていた。
「な、なんでじゃ……」
呆然とする辰高川に「では、これまで」と七里は汐を連れて帰っていった。汐は興奮して雪衣太夫に報告したら「ほら、御覧なさい」と太夫は嬉しそうに笑っていた。
後日、秋月の道場に訪れ七里に謝ってきた辰高川に「私は太夫とそんな仲ではないぞ」と伝え謝罪を受け入れた、その場にいた秋月は面白そうに「一度、七里と剣術で試合してみろ」と言って、戸惑う辰高川に竹刀を持たせやらせてみたら……見事に七里から一本を取った。秋月師は大笑いし、辰高川は戸惑い、七里は悔しそうな顔をしていた。