四話
「ふう……」
七里が挨拶をして去って行くと……切なそうに吐息をつく雪衣太夫を見て禿の汐が尋ねる。
「……太夫はあの七里様がお好きなのですか?」
無邪気な問いに太夫はあっさりと
「そうよ、良い男でしょう?」
と答える。汐にはわからなかった、どう見ても七里という男はお金持ちに見えなかったし、そんな華美な装いもしていない……寡黙な男だったからだ。
だが、雪衣太夫が七里と顔を合わせた後はすこぶる機嫌が良いのでそれは側に仕える者として嬉しかった。
汐は雪衣太夫と七里が初めて会った日を思い出す。七里は彼の師の秋月という男と松風という色男に連れられてきて、普通の侍が会えるような身分でない雪衣太夫を指名し、何故か雪衣太夫も受け入れ……酔った七里と雪衣太夫を部屋に二人っきりにし、秋月と松風は別の部屋に行った。
汐にはわからないがその夜に雪衣太夫は七里をそこまで好きに成る程のことがあったのだろう……汐は男女の営みを想像して、きっと身体の相性が太夫と七里は良いのだろうと思った、汐は耳年増だった。
………………
雪衣太夫もまた七里との一夜を思い出す。
剣の達人という噂の男と、店の主人が頭を下げていた(おそらく良い所の家の)男に連れられた……普通の男、最初の七里の印象はそんなものだった。
お酒が進み、あまりお酒に強くなさそうな七里がぼんやりしてくると……秋月と松風に「七里は女を知らないから教えてやって欲しい」とこっそり告げられ二人っきりにされた。
困ったものだと七里に声をかけ、寝るなら蒲団で寝ては?と言ったらのそのそと歩いて行く。危なっかしいなとその身体に触れたら……逞しい身体をしていた、普段ここに通うような金子を持った商人や武士などとは違う……逞しい男の身体だった。
もっと触れてみたいと思う男は初めてだった。
横になる七里の身体に自分も横になり抱き付いて触れていたら七里が目を覚まし、自分が今何処にいるか漸く分かったようだ。
「……七里様」
その時にはもう私はこの男に抱かれたいと思い、自分から頭を七里の胸板に押し付けていたのだが……七里はそんな雪衣の肩を掴み自分の身体から離した。
「……七里様は私がお嫌いですか?」
雪衣が悲しそうに言うとそんなことは無いと言う、では何故?と問うたら……
「……私はまだ一人前の剣士になれていないのだ、その様な身で女の肌を知ってしまえば……きっと溺れて道を失ってしまう……」
そう言った七里の下腹部が逞しくなっているのを雪衣の下腹部が感じて、「身体は私のことを求めているのに、とても真面目な人なんだな」と理解した。
「……わかりました、それでは七里様が一人前の剣士になった暁には……七里様の初めての女にしてくださいましね?約束ですよ?」
そう言って無理矢理に指切りをした時、七里は困ったような顔をしていた、きっと遊女の冗談だと思ったのだろう……だが雪衣は本気であった。
だから七里をこの店の用心棒にとお願いした。そうすれば顔を見られると思ったからだ……
「私がもし遊女でなければ……すぐに七里様の元に押し掛けてでも一緒になるのに……」
そんな夢を見ることもあった。
花街で一番の大店の太夫……様々な男に言い寄られるが、本当に好いた男とは結ばれない悲しい一人の女がそこにはいた。