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物語壱-6






 寝台の上で、璃枝リノエは手足を伸ばす。

 数日ぶりに動かした身体はやはり違和感が多く、頭に肉体が追いついていないというのが不満だった。

 ――やっぱり、ただ大人しく待っているだけなんて、自分らしくない。

 璃枝は、そろそろ頃合いか、と思いを巡らす。


 琥城コクキは無事都に着いたと、琳狗リンクは言っていた。都からこの遠遥までは距離があるから、情報は遅い。どれだけ馬を駆っても丸一日はかかるのだから、少なくとも一昨日の晩には都に着いていたということになる。ならば今頃は既に皇城に入ったかもしれない。

 皇城に入っても、行方知れずの皇子だと認めてもらえるか、という問題がある。認められても、琥城は城内に人脈を持たないのだから完全に安心できるものではないが、ひとまずは琥城の存在を鑑国に知らしめせれば一つ目の山場は越える。そこからが本当の闘いではあるが、城内に入ればこっちのもん、と考えることも出来る。

 皇城に入ることができれば、下々の者は、琥城に手出しが出来なくなる。

 つまり、兄と慕っていた男が、手の届かない存在になる。それは同時に、璃枝が何をしようと琥城に迷惑がかかることは無いということだ。

 最愛の従兄と離れ離れになって絶望していたのは本当だが、その中で冷静に考える自分もいて、動き出す契機を待っていた。今すぐにでも追いかけていきたいのを必死で我慢して、報せがもたらされるのを待った。

 琥城が遠遥を出た直後に追い掛けていたら、きっと琥城に報せる早馬が駆けただろうと断言できる。その場合、琥城は確実に時間をとる。璃枝に帰るよう説得するために、時間を割いてくれる。

 一刻も争う事態に、そんな迷惑はかけられなかった。

 しかし、皇城に入ってしまったら、そんな些事にかまけている暇はなくなる筈だし、何より、一国の皇子として皇城にいる相手に早馬を出すなど、この状況下で珂栄が許さない。

 だから璃枝は、琥城が皇城に無事入ったと判ったら、その時点で琥城を追って都に向かうと決めていた。


 昨晩、琳狗に琥城の無事を告げられたとき、心臓が高鳴るのを止められなかった。

 喜色を浮かべないようにするのが精一杯で、そうやって耐えていたのに、琳狗に吐かれた暴言の所為で、感情が爆発してしまった。妬ましくも可愛い弟だと思っていたのに、あれは酷い侮辱だ。馬鹿にするにも程がある。

 鍛錬場で琳狗をみつけたときにすぐさま斬りかからなかったのは、褒めてもいいくらいだ。試合の体裁を作ってから斬りかかるくらいの理性は残っていたのだから。

 怪我をしても知らない、などと言うからどれだけ強いかと思えば、ついさっき昏倒させた兵士たちと然程代わり映えのしない動きでかかってくるから、少々失望してしまった。だから、つい、加減を忘れて踏みこんでしまったのだが、それを間一髪とはいえ避けられて、璃枝は少しだけ弟を見直した。


 珂栄カエイが璃枝をどう評価しているのか、璃枝自身は知らない。

 だが、珂栄が璃枝のことをどれだけ大きく評価しようと、璃枝は自らの実力を正確に把握していなかった。相対した人間と自分のどちらが強いか、というのは解っているが、それは相対的なものであって、絶対的な強さというものが解っていないのだ。

 璃枝にとって世界は単純で、自分に、そして何よりも琥城にとって、害があるか益になるか、それだけ。

 本心では、琥城が都に辿り着かず遠遥に戻ってきたらいいのになどと考えていても、結局璃枝は琥城の障碍にはなれないのだ。自分の欲以上に、琥城の障碍になることを許容できない。

 裏を返せば、琥城の害にならない限りは、自らの欲を貫くことができる。

 璃枝は、欲望に忠実に、出奔の準備を始めた。




 夜も更け、領主の邸は、見回りの兵の点す灯りに照らされる。明るい房は、ここ数日の報告書をまとめ上げる領主の執務室だけで、他は暗闇に閉ざされている。

 門前に控える警備の兵、庭を周回する兵、内廊を巡回する兵、彼らが動きまわる邸で、不審な者がいればすぐに捕らえられる。少なくとも、詰問もしくは尋問は避けられない。

 誰も知られずに邸を出入りするのは困難を極める。筈なのだが。

 この夜、領主の一人娘が忽然と姿を消した。

 鑑国の皇子が都に向けて発ってから七日目の未明、璃枝は単身、生まれ育った邸を後にした。







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