時刻は18:15。注文したメニューを食べ終えた俺は、ホットコーヒーをゆっくりと啜った。
後ろの小学生達も何かしらを注文したらしく、テーブルに夕食が並ぶのを待っているようだ。
『……』
そういえば、さっきから会話があまり聞こえてこない。会話の間が持たなくなったのだろうか。
チラリと小学生達の方を振り向くと、みな店内を忙しく動き回る店員を神妙な顔つきで眺めていた。
そしてしばらく後、せらという女の子がおもむろに口を開いた。
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「仕事、大変そうだね……」
『……そうそう、仕事って大変なんだよ』
「そうだね。赤の他人と接するだけでも大変なのに、その上何時間も動きっぱなしだもの」
「楽しくないし、疲れるし……」
『うんうん……』
「しかも一日中働いて、手取り10円なんだよね……」
『奴隷かよ』
「いつか働かないとダメって考えると……少し憂鬱……」
「確かに、不安だね」
「逃れるには『死』しかないよね……」
『持ちネタなの?』
「そうだ、せっかくだしちょっと練習してみようよ」
「練習?」
『練習?』
「そう。やりたい仕事をしてると仮定して、みんなで接客をやってみるの」
「なるほど……面白そう……!」
『へぇ』
「ちなみにゆりねちゃんは将来何になりたい? 老人?」
『それはなりたくなくてもなるんだよ』
「老人にはなりたくない……」
「若いうちに死ねば老人にならずに済むよねぇ?」
『若さに執着するタイプの殺人鬼?』
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「ていうか……働きたい場所の話から、話題がそれてる」
「おっと、確かに」
「なら! 私、ガソリンスタンドで働いてみたい!」
「ガソリンスタンド?」
『ガソリンスタンド……?』
「匂いが好きなの」
『あー』
「確かに、あの匂いって大麻くらい中毒性あるよね」
『やってんの?』
「と言うわけで、今から店員さんのセリフを練習してきたるべき日に備えておこうよ!」
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「お客さんが来たよ〜……」
「はい! いらっしゃいませ〜!」
「レギュラー満タンですか?」
『定番のセリフだね』
「レギュラーお持ち帰りですか?」
『ドライブスルー気分か』
「レギュラー満点ですか?」
『何の採点だよ』
「イレギュラー満タンですか?」
『何入れる気だ』
「店内でお召し上がりですか?」
『なんでお前はレギュラーを飲まそうとすんの?』
「軽自動車なので軽油入れますね」
『無知かよ』
「ハイオクじゃない方満タンですか?」
『安い方で悪かったな』
「えっ……? レギュラーの西川くん?」
『違います』
「スーッ! スーッ! スーッ! ……れぎゅあー……まんたんでしゅかぁ!!!』
『中毒になってんぞ』
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「……さて、ガソリンスタンド定番のセリフはこんな感じかな?」
『全員クビ』
「ガソリンスタンドってなんだか難しそう」
「ねー、こんなこと言わなきゃいけない店員さん大変そう……」
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誰も言わねえよ。
一旦小学生から意識を戻し、手元のコーヒーを口に運ぶ。時間経過を如実に表すそのコーヒーは、すでに生ぬるくなっていた。