19:45〜20:00
時刻は19:45。
すでに満腹感も限界まで迫って来た。なんというか、食べ物と飲み物でいっぱいいっぱいだ。
それでも、会話が聞こえてくる限り長居すると決めたのだ。改めてそう決意し再び意識を後方へと向けようとした瞬間、出入り口に立つ一人の女性が目に入った。
「……」
店内全体に視線を向けた後、彼女はこちらへと視線を固定。そして迷う事なくまっすぐと、自分のいる方へと向かって来た。
『……』
罰せられるような悪い事をやっている訳では全くないのだが、それでも身を硬くし、視線をスマートフォンへと泳がせる。
しかしその女性は俺を素通りしてその真後ろの、小学生達の席の空いたスペースへとなんの迷いもなく腰を下ろした。
『……』
こえ〜……
そろそろ、会話の盗み聞きも潮時かも知れない。
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「楽しそうじゃん、なんの話してたの? 死ぬ瞬間の苦しさの話?」
「へぇ〜偉いな〜。私なんて大学四年生なのに、仕事の事なんて考えた事ないよ」
「勿論やってるよ。あーあ、今やってるバイトの正社員になれねぇかなぁ」
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「テレビって華やかなイメージはあるけど、やっぱ大変そうだよね」
「でもテレビマンってさ、それYouTuberじゃダメなのか?」
「だってYouTubeに影響されたイジメとか起きたら怖いじゃん」
「確かに。私たち聖マリステラ女学院の生徒は品性を損なわないよう、不純な動画は見るべきじゃないよね」
「うーん、YouTubeって心配するほど危険な動画あったか?」
「危険なのは分かるけど、あれに影響されてどうイジメに繋がるのよ」
「例えば『1000度に熱した鉄球をたかし君に乗せてみた』とか!」
「『1000度に熱した包丁でたかし君を刺すとどうなる!? やってみた』」
「でも、傷口が焼けて出血が抑えられるから軽症で済みそう……」
「『アルミホイルとたかし君をハンマーで叩くと球体が出来る? 』」
「たかし君はB組の、アルパカに唾を吐かれたショックで未だに意識が戻らない子だよ」
「あれ? ザリガニをエビ代わりに食べて食中毒になって意識が戻らない子?」
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時間があれば、の一言で我に帰った俺はスマホ上部のデジタル表記された時間に目を向ける。
時刻は丁度、午後8時。
「ダーメ。条例でも8時以降は外出しちゃダメって決まってんだから。いい子は早く帰んないと」
「あっ、私の車四人乗りだから、せらちゃんは歩いて帰ってきてね」
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『……さてと』
騒がしく店を後にする5人を尻目に、私は伝票に手を掛け、まるで映画の上映が終わりいざ帰ろうと立ち上がる時のような緩慢な動きで席を立つ。
『……』
今日は比較的、満足な1日だった。