入店
私は仕事が終わっても帰宅せず、毎日駅前のファミレスに向かう。それが日課になっている。
部活動終わりの息子がおおよそ毎日7時帰宅なので、それくらいの時間に帰ると家族全員で夕食を摂れて都合が良いのだ。
それに、普段作れない一人で落ち着ける時間も取れて一石二鳥である。今日も私はいつも通りに、いつもと同じファミレスへと入店した。
今日は厨房近くの席へと案内される。ソファ型の四人掛けの座席で、一人で座るには大きい。
それと、厨房近くのせいか料理を作る音が間近で聞こえて来て少しうるさい。今日の席はハズレだろうか。そんな考えが頭をよぎった瞬間、入り口付近から落ち着きのない声が響いてきた。
そちらへ目を向けると、どうやら小学生3人が入店して来たらしかった。うるさいから近くに座らないでくれ。そんな私の祈りも届かず、小学生3人は私の真後ろの席へと案内される。
そうして3人は、元気な声で会話をしながら慌ただしく席へと腰を下ろした。
「……」
前方からは厨房から響く声と音。後方からは小学生たちの無駄に元気で甲高い会話。一人の時間とは言い難い。
別の事を考えようと必死にスマホを注視したものの、子供特有の溌剌とした元気な声は、聞き耳を立てずとも耳の中へと飛び込んで来てしまう。
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「……私、友達とファミレス来たの初めて」
「なんだかワクワクするね〜!」
「……あすかちゃんは後で来るんだっけ?」
「そうなの。少し用事があるんだって」
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「……」
まだ増えるのかよ。女3人でも十分姦しいのに、4人になったらどうなるんだ。姦女しいとかそんな感じか。
思わず真後ろの席に座る三人を一瞥する。おかげで3人の声と顔を覚えてしまった。何の得もないが。
そんな憂鬱な気分をよそに、子供達の会話は続行され続ける。
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「……カタツムリ知らないの? あの背中にお家がある、ぬるぬるした……」
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『……』
うるさい。
うるさいし、何?
ヤドカリナメクジって何?
ねぇ? 最近の女子小学生、カタツムリの事『ヤドカリナメクジ』って言ってんの?
マジ? キモくないですか?
30年という世代の隔たりがここまで大きいとは。会話についていけない。
今日はハズレの日だ。さっさと軽いモノでも頼んで食べて帰るしかない。そんな思考中にも躊躇なく、女子小学生の会話は耳に届く。
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「じゃあその人の好物がセミだったらどうするの。セミを喰わされるよ?」
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『……』
絶対賢くないだろ。どんな仮定だ。
店員の好物がセミな訳がないし、百万歩譲って店員の好物がセミだとしても、ファミレスでセミは出てこない。
このせらという女の子は褒められると調子付くタイプに見えるから、周りは褒めないでくれ。
……まあ良い。子どもの言うことだ。気にしなければ良い。無心になれ。俺。
しかし、やけに甲高い小学生の声は無遠慮に鼓膜へと流れ込んでくる。
どうやら、3人は店員を呼んだらしい。ウェイターさんと子供たちの話し声が聞こえて来る。
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『……』
しまった。心の中だけとはいえ、思わず会話に参加してしまった。口に出ないよう注意せねば。
いきなり隣の小学生の会話に混ざる中年なんて一発で事案になる。そんな戒めを頭に叩き込んでいると、件の店員が私の席を横切り厨房へと入っていく。
そして中から『私ってセミ食べてそうですか?』という声と『はぁ?』という困惑した返事が聞こえてきた。そりゃ『君はセミを食べてそうだね』とは言わないだろ。
『……』
しかしまあ、四十路を過ぎた自分には考えつかないような会話が真後ろで繰り広げられていると思うと、どうにも気になって仕方がないな。
『……』
もしかして、この会話を聞くのを意外と楽しんでる?
『……』
いや、そんな訳がない。会話の盗み聞きが楽しいなんてあまりに低俗。『女子小学生の会話を盗み聞きして時々脳内で会話に参加して楽しむ』なんて人生終わった人の遊びを続けるわけにはいかない。
いや、でも。気にならないと言うと、嘘には、なる。しかし嫁も中学生の息子もいる俺が、そんなキモくてキツくてキモい遊びを続けるなんて……
『……』
気づくと私は、ラインでとあるメッセージを送っていた。
『今日は残業だから、先に食べてて良いよ』
これは、家族へと向けたメッセージである。
それはつまり。
『……』
さて。いよいよ『人生終わった人』の遊びが始まってしまう