第84話:「拳骨を落として、悪い夢から目を覚まさせてあげる」
「絶対に、おにーさんとの時間を取り戻して、特級天使さんには3倍返しをしてやるのです♪」
そう心に決めたあの日から――45日が過ぎた。
今日は運命の日。おにーさんを日本から召喚できた、今日この時間に、この場所で。
DPは、こうもりさんに協力してもらって集めたおかげで、1回目よりも余裕を持って準備することが出来ている。
召喚術式は、下手に改良せずに前回と同じものを使用することにした。……下手にいじって、おにーさん以外の人が召喚されるのは嫌だから。
「さて、それじゃそろそろ召喚しますか♪」
ふわふわと光の球体が雪のように舞い落ちてくる、明るい鍾乳洞。私ちゃんが大好きな、幻想的な空間。
気持ちを落ち着かせて、深呼吸をして、集中力を高めて――ダンジョンの監視用モニターに表示される時間を確認する。
「午前11時41分まで、あと3分ですね……」
おにーさんを召喚した時のことは、今でもはっきりと覚えている。
ゲンを担いで11時41分きっかりに魔方陣を発動させて、一回でおにーさんを召喚できたのだから。
「正直、ドキドキするのです……」
高鳴る鼓動が止まらない。今日という日が、早く来ることを私ちゃんは願っていた。祈っていた。
「早く、おにーさんに会いたいです。お待たせって言ってもらって、ぎゅって抱きしめてもらいたいのです……」
自分の口からこぼれた妄想に、一瞬恥ずかしくなってしまったけれど――周囲には誰もいないことを思い出してホッとする。
サキ姐さんに加えて、記憶を取り戻したゴブさん、ボルトさん、スラちゃん。
彼らは前回と同様に、ダンジョン内の警備や運営を任せている。
なるべく前回と同じように。
なるべく成功率が上がるように。
『……もし、失敗したらどうしよう……』
そんな小さな不安が、棘のように胸に刺さっているのだけれど――チャレンジしないことには始まらない。
だから、私ちゃんは頑張るの。
そして、約束の時間はすぐにやってきた。
小さく呼吸を整えてから、私ちゃんは魔方陣を発動させるための詠唱を口にする。
「時の狭間に彷徨う魂――重なる世界の果てにある――清き魂を我に重ね―――」
頭の中で、おにーさんとの日々を思い出してしまう。
でも、集中力は途切れていない。くっきり、はっきり、すっきりと。
そう! 私ちゃんの魔法が発動することを確信できるっ!!
「私ちゃんの前に姿を現せ! ――異世界召喚っ!!」
私ちゃんの言葉と同時に、眩しい光が視界を遮る。そして、私ちゃんの目の前に――
「……えっ?」
――きょとんとした表情で、どこか困った様子のおにーさんは……いなかった。
切れ味の悪いハンマーで頭を斬りつけられたみたいに、なんだか目の前がグラグラする。
「……なんで?」
魔方陣が発光して消えたということは、術式は成功したということだ。
それなのに、なんで、おにーさんは――いないの?
気が遠くなって、思わずへたり込む。涙で視界が歪むけれど、もう一度――いや、違う!
おにーさんを召喚できるまで何度でも召喚にチャレンジしよう! チャレンジしないとダメだよ、私ちゃん。
ふらつく足で再び立ち上がった私ちゃん。
次の瞬間、その身体は大きな轟音と振動に包み込まれた。
ビリビリと空気が震えて、鍾乳洞の石灰氷柱から水の雫が雨のように降り注ぐ。
「――っ!? この振動は!!」
急いでダンジョンの監視用のモニターを表示させると、そこにはどこか荒んだ表情を浮かべている、狼耳の中級天使が映っていた。
そして、モニター越しにエゼルさんと目線がぶつかる。
「新米ダンジョンマスターに告ぐぞ。お前を倒すのは、中級天使のエンゼル・マーブルことエゼル様だ♪ せいぜい、命が消えるまでの間、生まれたことを後悔して神に祈りな♪ フフッ、あでゅ~(≡ω)ノシ」
エゼルさん、何だかちょっと無理をしているように見える。どこか寂し気で、どこか怒っているようで、とても悲しい顔をしていた。
……うん。作戦変更、まずはエゼルさんを説得しよう!!
「ガツンと頭に拳骨を落として、悪い夢から目を覚まさせてあげるのです♪」
(次回に続く)
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【作者からの告知・再掲】
2019年1月1日に『DMな鬼嫁さん』と同じ世界&キャラの新作品を投稿開始します。現在進行中の【開始編&幕間編】の続きになる【本編】にあたる作品となります。
(ケモ耳成分、ちょっと多めの長編作品です)
現在、鋭意制作中ですので、ぜひ楽しみにしていてください(≧ω)!!
来年もよろしくお願いします。




