閑話:「おにーさんって、ダレ?」
とくんっ、とくんっ、とくとくんっ――そんな自分の心臓の音が心地良い?
心臓って何? 心地良いって何?
「私は、私ちゃんは――ダレ?」
私ちゃんの頭の中で、私ちゃんの名前が浮かぶ。『カンディル・バイオレッド』、それが私ちゃんの名前みたいだ。
自分の名前を認識した直後、背後に人の気配を感じた。その瞬間に、女性の声が話しかけて来た。
「おやっ? 吸血姫タイプC-35は、もう目が覚めたのか?」
「あ、えっ? そのっ??」
背後から言葉を掛けられて、私ちゃんが全裸であることに気付いて、恥ずかしいって感じて、思わず背中を向けながら両手で胸を隠して座り込んで――って、何で私ちゃんはこんな行動がとれるの? なぜ、感情があるの? なぜ――こんなことを考えることができるの?
「おやおや、生まれた直後から羞恥心を持っているだなんて、かなり素晴らしいなぁ♪ 未成熟な欠陥品だから処分しようかと思っていた、さっきまでのマイナス思考が塗り替えられたよ。そもそも倉庫の片隅に転がっていた型式の古い安いコアだったから、ダメ元で栽培してみたのだけれど――コレは、当たりだったかな♪」
とても嬉しそうな声色で、とても恐ろしいことを言う、この女性は誰だろう?
「ん? 私かい? 私の名前は創造主だよ。DCやDM、そして神々を統括する映画監督みたいなもの――ってまぁ、今のキミに説明したところで、どうせ一度は忘れてもらうのだから説明する必要はないかな♪ それじゃ、もう少しだけおやすみ。キミの弟妹が目覚めて、感情をインストールされるまでね……」
創造主という言葉だけは理解できた。そして、神々よりも上の立場であることも理解できた。
でも、私ちゃんの心はとても苦しくなった。
理解できる自分が怖い。反応してしまう自分が怖い。
でも、私ちゃんの意識はゆっくりと失われて――
◇
「アレ? ここはどこなのです??」
気が付くと、私ちゃんは学校の教室の椅子に座っていた。
周囲には、私ちゃんよりも年上そうなばいんばi――もとい、たわわな胸部装甲をもっていらっしゃるお姉さま方。……なんだろう、この胸の奥に感じるドス黒い感情は!
「あらあら? 小さい子は、お寝坊さんなのねぇ~♪」
「「クスクス」」
気が付くと、私ちゃんが相手を観察していたみたいに、お姉さん達も私ちゃんを観察していたことに気が付いた。あと、お姉さん方が私ちゃんをどこか見下しているような表情と態度にも。
「ぼそっ(見てみて。旧式コアが起きたわよ♪)」
「ぼそっ(ちびっ子は、お寝坊さんなのねぇ)」
「ぼそっ(それにしてもさ、聞いた?)」
「ぼそっ(聞いた、聞いた♪ 吸血姫タイプC-35とか、いつの骨董品って感じよね~。吸血姫の時代は終わり、今はもうサキュバスとダークエルフの時代なのにさ)」
「ぼそっ(しかもさ~、こんな話知ってる? Cー35って量産タイプのDCでさ、100~120年前の切り替え時期にはたった3500DPで使い潰されたって。あと、人間の男をDMとして取り込んで、色々な意味で食べちゃうんだってさ~)」
「ぼそっ(ソレマジで? 人間と契約するなんて、趣味わるぃ♪)」
「ぼそっ(でもさ~、なんかアレでも私達より先に生まれたって創造主様が言っていたわよ? 本当かしら?)」
「ぼそっ(あ、ソレ私も聞いた! なんかムカつくわよね??)」
「ぼそっ(――ダメよ、指さしちゃ! あ、ほら、こっち見た!!)」
ぼそぼそ話しているのが、絶妙に私ちゃんに聞こえるように話しているのが。何か嫌だ。
だから思わず話している人達の方を見たのだけれど――
「「何か用があるのかしら? 私達に、貴女が?」」
――嫌味っぽい言葉と雰囲気が返ってきた。
うん、無視することに決めた。虫は無視しよう。
「……いえ、何でもありません」
「「くふふっ♪ そうなの」」
ああ、なんか無性にイライラする。
◇
私ちゃんが生まれてから、今日できっかり100日目。
この世界にも、それなりに順応してきた私ちゃんがいる。このつまらない日常にも、それなりに対応している私ちゃんがいる。今も集中して授業を受けている。
「ほぅ、流石はカンディルだな♪ このダンジョン魔法の術式を完璧に回答するなんて、なかなかできることじゃないぞ」
教官役の先輩DCが、さっきまでの小テストの回答を見ながら私ちゃんのことを褒めてくれた。
「いえ、これが普通です。1人前のDCなら、誰でもできることなのですから」
「……そうか。でも自分を謙遜しすぎるのは、他の奴にとっては嫌味に聞こえるかもしれないぞ? 注意しておけ」
――まぁ、分かっていてやっているのですが。
私ちゃんを見下す38人のDC達を、コテンパンにやっつけるために、あえて謙遜しているのですからね。私ちゃんを見下した人達には、絶対に消えない劣等感を植え付けてやるのです。
でも、表情にも言葉にも、それは一切ださないことに決めている。
「はい。これが私ちゃんの性格ですが……なるべく気を付けるようにします」
口ではそう言って、私ちゃんは静けさに包まれる教室の空気を無視して、教科書に視線を向ける。
私ちゃんは負けない。誰にも負けない。多分、新米DCが保護される「ダンジョン協会の仮免許期間」が終わったら――私ちゃんは真っ先にクラスメイトや彼女達の所属する派閥から狙われるだろう。
旧式の吸血姫型のDC。未成熟状態で生まれたDC。そのくせ、いつも生意気な態度で見下してくるDC。
……我ながら、狙われない理由が見つからない。
私ちゃんを狙わないのは、友達のプレコ・オレンジフィンさんくらいだろう。
でも、彼女に頼るのは違うと思う。唯一の友達なのだから、私ちゃんの戦いに巻き込んではいけない。そう、巻き込んじゃいけない。
だから、私ちゃんは絶対的に強くならなければいけない。強くなければ生きられない。
それに、強くならないと、大切なおにーさんを守れなi――アレ? あれれ?
私ちゃんは、ダレを守ろうと思ったのだろう?
誰を守りたいと思ったのだろう?
誰に、守って、もらいたいと、思ったの?
「……っ! すみません! ちょっとトイレに行ってきます!!」
そう言って、私ちゃんは教室から飛び出した。
とめどなく流れてくる涙。止まらない。止まらない。止まらない。
なんで、こんなに、胸が痛いの??
「おにーさんって、ダレ?」
(次回に続く)




