第79話:『エゼルが惚れた水島おにーさんなら、何とか――』
「さようなら、弱き者たち」
特級天使の言葉と同時に、彼女から発せられるプレッシャーが強くなる。
そして、風の障壁がじわじわと俺達の方へと押し戻されてきた。
『くっ、エゼル。俺が火属性の魔法で羽を焼却するから――『分かった♪ エゼルは、水属性で焼いた灰が舞わないようにすればいいんだな(≡ω)?』――そう言うこと! ありがとう!!』
思考加速している状態の中、ゆっくりと、でも確実に俺達に向かってくる天使の羽毛。それを俺は無詠唱の『地獄ノ青奇業火』で焼き尽くす。
一瞬で、白い羽が真っ赤に燃えて、白い灰へと姿を変えた。
でも、その灰から感じる嫌な予感は、燃える前よりも強くなっている。
それを認識した直後に、阿吽の呼吸でエゼルの短縮詠唱が発動する。
『霧ノ都を包む龍の息吹よ、エゼル達の前に具現化して黒き羽をつつみたまえ!――霧龍ノ息吹!!』
濃霧というには透明すぎる霧状の何か。いや、エゼルの魔法だって認識してはいるのだけれど、普通の霧とは違って『水の壁』のように向こう側が透けている。
一瞬、コレで天使の羽毛の灰を止められるのか? と不安になったけれど、白い灰は水滴に吸い込まれるように湿り気を帯びると、ボタボタと地面に落下して固まった。
『うむっ♪ 良い感じだな(≡ω)b』
『エゼル、ナイスアシストありがとう!』
俺の言葉に、ドヤ顔を俺に向けてくるエゼル。
『もっと褒めて良いぞ? エゼルは褒められて伸びるタイプだからな♪』
『あははっ、それはこのピンチを乗り越えてから――』
俺のテレパシーはそこで途切れた。
いや、正確には嫌な予感がして、立っていた場所から一歩右へ動いただけなのだけれど。
そして、俺が立っていた場所を高速で通り抜ける白い羽。
「あら? コレをかわせたの?」
透明な霧の結界の向こうから話しかけて来たのは、切り札を防がれたというのに、どこか余裕の表情の特級天使。
いや、俺も正直分かっている。
「その天使の羽毛、高速で撃ち出せば、エゼルの張った霧の結界を突破することが出来るのですね?」
「ええ♪――と言いたいけれど、その答えは正解では無いわ」
そう言って苦笑すると、特級天使がにぃっと壮絶な笑みを浮かべる。
直後、俺達の頭上に出現する無数の羽。羽。羽。
ゆっくりと舞い降りてくるソレは――
「くふふっ♪ 正解は『時を巻き戻す羽を、空間転移させることが出来る』でした。残念ねぇ~♪」
――特級天使の言葉と共に、加速する。
『エゼルっ!!』
羽の範囲から、エゼルを突飛ばそうとした瞬間――なぜか俺は彼女に抱きしめられた。
そしてそのまま俺を強引に押し倒して、腕立て伏せをするみたいに、身体の上に覆いかぶさってくるエゼル。
彼女の背中には、普段は隠されている黒と白の綺麗な羽が広げられていた。
思考加速状態なのに、時間がゆっくりに感じて――何もできない自分を認識して愕然として――気付いた瞬間には、エゼルの翼が俺達に向けて落下してくる羽毛を、全て受け止めた後だった。
『悪ぃ、水島おにーさん。エゼルはバカだからさ♪ こんな方法しか思い浮かばなかった』
ゆっくりと、俺が守ると決めた人の身体が消えていく。520年分の時間が失われていく。
エゼルが、泣きそうな顔をくしゃりと歪めて、無理やり笑顔を作った。
『ディルのことは頼んだぞ(≡ω)b あいつは泣き虫で甘えん坊だから、1人きりにはしちゃいけないんだ』
エゼルの身体が、もう半分以上も透き通っている。
そんな自身をチラりと見て、フフッとドヤ顔で格好付けてから、エゼルが優しい笑顔を浮かべる。
エゼルの目から、俺の頬に向かって、いく粒もの涙が雨のように零れ落ちてきた。
『エゼルのことは、半年くらいは絶対に忘れちゃダメだぞ? 忘れられたら、エゼルはガチ泣きするからな? そして1年が過ぎたなら……エゼルのことは忘れて下さい……お願いだ』
『エゼル? そんなこt――『悪い、水島おにーさん、時間が無いんだッ!!』――ッ!』
俺の言葉を強引に遮ったエゼルが、困ったように苦笑した後に言葉を続ける。
『それじゃ水島おにーさん、そろそろお別れだ』
覆いかぶさっていた腕の力を抜いて、エゼルが俺に顔を近づけてきた。
そして重なる、震える言霊。
優しく触れたソレはすぐに離れて――。離れたはずなのに――。エゼルの顔の輪郭がぼやけて見えない。
『水島おにーさんが、そんな顔するなよ(≡ω)ノシ こんな状況でも、エゼルが惚れた水島おにーさんなら、何とかできるはずだろ? 期待しているからなっ♪』
ドヤ顔のイメージをのせたテレパシーを送ってきて。エゼルは光の粒が崩れるように、ゆっくりと消えていった。
そして――エゼルの翼から零れた黒い羽毛が、1つだけ、俺の顔の上にゆっくりと降ってきた。
特級天使のモノとは違う、温かい気持ちを感じるエゼルの羽。それが俺の頬に触れた瞬間――世界が真っ黒に染まって固まった。
エゼルの願いで、小さな奇跡が起きたのだ。……いや、起きてしまった。
ゆっくりと時間が巻き戻る。人々の記憶と世界の交差点を、すべて無かったことに改変しながら。
(【開始編】完結・【幕間編】へと続く)




