表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/103

第9話:「不埒な浮気者に、私ちゃんは説明をよーきゅーします」

「深く昏い深淵を照らす光、その白き炎を我らの前に示し照らし出せ!!」

 ケモ耳天使の短縮詠唱が終わったその刹那――ケモ耳天使が息を吸い込むその直前――大量のキシ〇トールの微粉末を彼女の頭上ギリギリに具現化させる。


 そして自然落下する295㎏の白い粉。

「ひかrino――うわ、ちょ、コレ――ゲホゲホッ! ごホッ――」

 俺達のいる白い鍾乳洞の空間が、微粉末の薄い白色の霧に包まれた。

 ケモ耳天使の咳き込む声を聞きながら、もう一度、今度は50㎏分の粉末(残り全部の半分だけ)を彼女の頭上に落とす。俺達の周りを飛んでいる魔法の小さな光が、白い霧の中でさらに細かく乱反射する。


 そこで、ディルからテレパシーが飛んできた。

『おにーさん、なぜ2回に分けたのですか? キシ〇トールを』

『ん? 何でだと思う?』

 加速して引き延ばされた時間の中で、俺はディルに質問を返した。

 ここで答えを言うのは時間も掛からないし簡単だけれど、彼女がダンジョンコアとして俺の隣で生き続けてもらうためには、自分で考えて自分で気付く習慣を身に付けて欲しい。


 疑問に感じたことの1つ1つは「小さなこと」かもしれないけれど、100回、200回、そして1万回とその意味や背景にあるものを積み上げていったら――格段に高い実力が積み上げられるだろう。それは俺達の、今後の生存確率を大きく引き上げることに絶対に繋がる。

 あとはここだけの話、ディルの前でちょこっとドヤ顔してみたい――という気持ちが無くもない。


 ちなみに俺とディルの周りだけは、闇魔法の瘴気で「薄いバリアのようなモノ」をディルがすぐに発生させてくれたから、粉まみれになることは殆ど無かった。そう、俺は何も言っていないのに、粉が発生した直後にディルがバリアを張ってくれたのだ。

 ……なんというか、ディルの気配りが嬉しい。あとでいっぱい褒めてあげよう!


 しかも、ディルの凄いところは、「ケモ耳天使の周囲だけ」闇魔法の膜で覆うように囲み、その中で緩い風を起こしているところ。

 そこから少し漏れた白い粉は空中を漂って光の乱反射の原因になっているけれど、俺達に影響することはほぼ無いと言える。人間には毒性が無いし、若干、視界が悪くなったというくらいだろうか?

 その一方で、おそらくケモ耳天使がいる膜の中は、粉末が風で渦を巻いていて、かなり酷いことになっているように見える。何気にえげつnai――というか、敵には一切容赦しないディル先輩、っパねえです。


 そんなことを考えていたら、真面目なディルの声が返ってきた。

『えっと、2回に分けた理由ですけれど――確実に相手を仕留めるため、ですか?』

 ほほぅ、ディルさん、正解です。でも、それだけでは先生は◎をあげられませんよ。

『今の回答だけなら、まだ△かな。 ディルは、どうしてそう考えたの?』

『え? 理由ですか?』


 一瞬だけ言葉を区切ってから、ディルがテレパシーを再び飛ばしてきた。

『理由ですけれど、一番大きいのはDPアタックの時みたいに『回避された時の保険』です。最低でも2回、可能ならば3回以上に分けることで、最悪回避された場合でも、その後の手札を残すことができます』

『ふむふむ、それで?』

 俺は頷きながら、ディルの言葉の続きを促す。

 気分は何というのか、教え子の卒業試験を見守る高校教師? いや、別にディルは俺の元を卒業するわけじゃないけどさ。


『えっと! 今回は、失敗できないので、手札はギリギリまで残したいです!――でも、最初の1回目が一番相手が油断しているでしょうから、そこだけはなるべくダメージになるように、大量のキシ〇トールをぶつけたいです。そういうメリットとリスクのバランスを考えて、1回目に多めのキシ〇トールを用意して、それがキレイに決まったからトドメの2回目も多めの量にしてみた――そんな感じでしょうか?』


『うん、それなら〇をあげられるよ♪ ちなみに、もし『1回目が外れて失敗』していたら、ディルならどうする?』

『失敗したらですか? そうですね……普通にもう1回投げてもダメみたいですし、油断を誘います』

『具体的には?』

『ムムッ、なかなか難しいですね……。どうやって相手を油断させるか? ですよね……』


 そのまましばらく、ディルが考え込んでしまった。

 ……少しだけヒントを出そうかな。体感時間が引き延ばされているとはいえ、長時間の会話をして油断する訳にはいかないから。

『んじゃ、ヒント。このケモ耳天使の性格なら、1回目を回避した後に、どうすると思う?』

『それは、ドヤ顔で誇らしげに――あっ、高笑いしている時に、顔にぶつければいいんですね! 油断もしているでしょうから、確実に吸い込んでくれそうです♪』

 良かった、すぐに思い付いてくれた。

 でも、ディルの笑顔が少し黒い気がするのは……うん、気のせいだ。


『そういうこと。他にも、今回の1回目は『粉を自然落下に任せた』けれど……場合によっては魔法を使って『粉に勢いを付けたり』『拡散させたりする』のもアリだと俺は思う。ディルは魔法の使い方にも慣れているみたいだから、色々と応用が出来ると思う、相手を確実に仕留めるために』

『はいっ♪ 自分で考えることって大事ですね! 色々な工夫の余地がありますし、今後にも生かせそうです!!』

『そうだね。これからも、気になったことはガンガン聞いて欲しいし、俺も気になったらディルに聞くから、その時は教えて欲しい』

『もちろんです♪ よろしくお願いしますね!』

『それじゃ、このままケモ耳天使の様子を見ておいて、HPの減少が少ないようであれば残りの粉を追加していこうか』

『了解です!』


 ディルの元気な返事を聞いてから、加速していた思考を緩める。

 加速することで体感時間が長くなるのは良いのだけれど、コレ、結構脳に疲労が溜まるような気がして怖い。長時間使用して「ある日ぽっくり」とか「脳の血管が!」みたいなのは嫌だ。


「ごほっ! げほッ、げほげほ!」

 盛大に咳き込む音が聞こえてくるけれど、ケモ耳天使の周囲に張られた闇魔法の膜は崩れない。闇魔法の灰色の膜の中は、完全に粉が渦巻いていて真っ白な世界(ホワイトアウト状態)になっている。……っていうか、ディルさん? そろそろ止めないと相手が死にませんか? 

 作戦通りに「キシ〇トールで低血糖になる」とかいう前に……普通の人間だったら、すでに窒息しちゃっていますよね、コレ?

『ほぇっ? 殺しちゃダメなんですか!??』

 ――はい、めちゃくちゃ不思議そうな声が返ってきました。

 うん、ナチュラルにガチ殺しに行っている感じがしましたが、やっぱりそうでしたか……。うちの子、何気にアグレッシブです。


『う~ん、別に殺しても良いのだけれど……多分もう、低血糖で指先1本動かすのも辛い状態だと思うから、そろそろ止めない?』

 鑑定スキルでケモ耳天使を見てみると、25,000あったHPが3,500程度に低下していた。

 しかも、状態異常(バッド・ステータス)で【空腹・極大】【詠唱不可】【身体能力低下・極大】がしっかり付いている。

 ……【低血糖】じゃなくて【空腹】になっているのが不思議だけれど、そこは異世界仕様なのかもしれない。例えば、ご飯を食べたら回復するとか、このままじゃ餓死状態になるとか、そんな感じで。


『いえ、おにーさん、HPが600を切るまでは様子を見ましょう。現状では万が一の時に、相手のHPを削ることができませんから!』

『そうだね、今はまだ様子を見ようか。抵抗されたら、俺達では対抗することが――』

 難しいから、という言葉を口にする前に――強い風が吹いて、キシ〇トールの白い粉が洞窟の中に巻き散らかされた。

 俺とディルは闇魔法でバリアを張っているから影響はないけれど、せっかくの鍾乳洞がキシ〇トールで粉まみれだ。

 空気中にも乾燥した微粉末が漂って、洞窟内に元々存在していた無数の魔法の光と合わさって――濃霧の中で懐中電灯を点けた時みたいに、キラキラと激しく乱反射している。


 そして、そんなキシ〇トールの濃霧の中、ぐったりとした様子で立っている、ケモ耳の天使の姿が薄っすらと見えた。

「げほ、ごほッ! ああ、マジで死ぬかと思ったぞ!!」

 鑑定スキルでケモ耳天使を見てみると、HPが2000を切って【体力枯渇】【魔力枯渇】【全ステータス低下・極大】【行動低下・極大】の状態異常が追加されている。

 それでも、今のディルや俺達よりもステータスが500くらいは高いから、警戒は緩めないけれど。


 粉まみれで真っ白になっているケモ耳天使。でも、我彼のステータス差に気付いたのか、若干のドヤ顔を作って俺の方にビシッと人差し指を突き出してきた。

「さて! もうあの変な粉は喰らわないぞ! まったく、基本的に万能なはずのlevel7の『毒消しの腕輪』を持っているエゼルに猛毒を喰らわせるなんて、マジでお前達には驚かされるぞ!!」

 あ、やっぱり毒への対策はしていたんだ?

 今回は俺達の運が良かったというのか、ケモ耳天使に運が無かったというのか。


 でも、おそらくその魔法具は、「人間やそれに近い種族エルフとかドワーフ」をメインの使用者として製作されているのだろう。

 まさか犬や狼の血を引く獣人族が、異世界の未知の物質とはいえ「人間に無害な物質」でぶっ倒れるなんて、魔法具の製作者には予想も出来なかっただろうから。


 俺がそんなことを考えているとは知らないケモ耳天使がドヤ顔を作る。

「――でも、魔法の詠唱が出来なくなっても、まだまだステータス差は全然覆せていないのな! それに、エゼルは魔法よりも肉弾戦の方が得意だから、お前達なんて瞬殺なnoda――ぶっ!!」

 独り言の途中だったけれども、無理やり中断させてもらいました。残っていたキシ〇トールの粉末100g/50㎏にて。


 具体的には、話の途中で「顔面に叩きつけるように」キシ〇トールを出現させただけ。

 慣性の法則に基づいたソレは、大きな災難から抜け出せて油断していたケモ耳天使の目と口と鼻を塞ぐ。まだ魔法の使い方に慣れない――というか、これが初めての――俺だったけれど、粉に勢いをつける程度のことは上手くできるみたいだ。


 鑑定スキルがケモ耳天使のHPを表示する。数値がみるみるうちに減少して――あ、1600で止まった。

「もう1回くらい、行っときましょう。えぃっ♪」

 可愛い声でディルが、キシ〇トール100gを具現化して、ケモ耳天使にぶつける。

「ぶはっ!!? ――っく、くそっ!! お前ら、絶対にゆるさ――」

「反抗的ですね~? えぃっ♪♪」

「ゲホッ! ふ、ふざけるna――」

「えいっ♪」

 ディルはマジで容赦がない。とても嬉しそうな表情で、ダンジョン魔法(DP召喚)を発動して笑っている。


「かはっ。――あれ? なんか、力が、入らなぃ!?――っ!!?」

 気が付けば、ケモ耳天使が足元から崩れ落ちていた。

 ちょっと長かったけれど、ようやく低血糖状態を引き起こすことができたようだ。


「うっふっふ~。それじゃ、最後に何か言い残すことはありますk――「はい、そこまで!」」

 悪ノリしているディルの頭に軽く手を乗せて言葉を遮る。さすがに、HPが400を下回った今のケモ耳天使なら、俺達でも楽に勝てるだろう。

 ステータスもかなり低下して数値が(10歳前後の)2桁(人間の子どもと同じ)になってしまっているし。


 とりあえず、白い粉まみれで動けなくなり、怯えた表情をしているケモ耳天使に声を掛ける。

「エンゼル・マーブルさん、貴女にお願いがあります。――時間も無いので、単刀直入に言いますね、俺と契約して、俺達の仲間になりませんか?」

 言外に「時間稼ぎをして体力回復を計っても無駄だ」と伝えつつ、俺はエンゼル・マーブルというケモ耳天使を真摯に勧誘することにした。


 だってほら、ケモ耳天使だよ? 格好良いじゃん。可愛いじゃん。メイド服と眼鏡を装備させたいじゃん!

 それに、RPG好きなら、強キャラは仲間に欲しいと絶対思うよね?

 ――ゲフンげふん。つい、本音のようなモノが洩れましたが、多分、大人のジョークです! 冗談ですからね? 良いですね?

 などと自分に言い訳をしてみる。だって、俺の思考はディルに監shi――もとい覗き見されているから、気を付けないとね。「おにーさん、サイテーです♪」なんてことは言われたくない。

 

 ちなみに、勧誘は俺の交渉力がモノを言うと思う。

 ゲームとは違ってリアルの世界なのだから。それに、ダンジョンマスターの知識が言っている。「相手が同意する必要があるけれど、ダンジョン魔法で1度契約してしまえば、基本的には配下はDMを裏切れない」と。


 でも実はここだけの話、今回のように極限状態まで弱った相手であれば、「隷属系の魔法」を使って無理やり命令に従わせることも出来る。

 しかし、それは俺は絶対にしたくない。

 むさいおっさんの犯罪者とかならまだしも、可愛い女の子を隷属化させるなんて……多分、俺の中の日本人らしい部分が死んでしまう。俺が俺でなくなってしまう。それが分かっているのに、あえて自分から地雷を踏むようなことをするのは嫌だ。

 それに、相手を無理やり従える奴隷のような関係では、信頼関係は築けない。俺は、いざという時に背中から自滅覚悟で刺されたり、裏切られるのは嫌だ。


 だから、ケモ耳女子にはダイレクトにアタックしましょうかね♪

 基本的に時間が惜しいし、何よりも『気に入った相手を仲間にするのに、チマチマした交渉をする』のは俺の性格と合っていない。……。「可愛い女の子を口説くのが、ちょっと楽しそうだな」なんて思っていませんよ??


「……。お前は、本気でエゼルのことが欲しいのか?」

 全身粉まみれのケモ耳少女。さっきまでは目が怯えて死んでいたのに、今は光を取り戻している。

「欲しい」

 俺は即答した。あえて強い言葉で。


 そして、ゆっくりと言葉を続ける。なるべく優しい声になるように気を付けて。

「素直に言いますよ。俺は、エンゼル・マーブルさんが欲しいです」

「……そうか。でも、エゼルは……脳筋天使って仲間には言われている、落ちこぼれだぞ? そんな配下は正直要らないだろ?」

 全身粉まみれの少女が、少しだけシュンとした顔で呟いた。

 なぜか知らないけれど、胸の奥がぎゅってなった。俺は、この子のこんな顔は見たくない。


「脳筋? 落ちこぼれ? 関係ないですよ。ソレは『前の雇い主』と『貴女を見下す同僚』が、みんな無能だっただけです」

 俺なら、貴女の力を引き出せます――なんていう詐欺師っぽいことは、嘘くさくなるから口には出さない。

 でも、雰囲気では全力でそれを伝える。


「……違いますか?」

「……分からない。エゼルは、みんなに駄目天使ってiwa――「あ、あと俺が欲しいのは『配下』じゃなくて『仲間』ですから。背中を預けられる、仲間としての貴女が欲しいです」――っ!!」

 俺の言葉で、ケモ耳少女の瞳が揺らいだ。

 俺の狙い通り、心に刺さるものがあったらしい。でも、とりあえず会話の途中だったけれど、思考回路を加速させてディルと作戦会議をしようかな?? うちのディルが、なんか大変なことになっているから。


『今はシンプルに、ダンジョンの防衛力と情報が欲しいんだよ。ディルもそう思わない?』

『……(///д)!』


『今の俺達レベルが低いから、ここでケモ耳天使のエンゼル・マーブルさんを、仲間に出来たら心強いでしょう?』

『……(///д)!!』


『こ、今回の言葉は、相手をその気にさせるための言葉ですから! 俺は、ディルの事しか『女の子として』は見ていませんから!!』

『……(///д)!?』


『だから、ほら、何というのか、ディルさん?』

 そこで言葉を区切って、ゆっくりと、そうゆっくりと、俺は大切な言葉を口にする。

『……DPで取り出した柳葉包丁を逆さまに握って、笑顔を浮かべるのは止めようか?』

 にこっと、目だけ笑っていない笑顔を作って、ディルがクスクス笑う。

 あ、コレ、ダメなやつだ。


『い・や・で・す♪ 不埒な浮気者に、私ちゃんは説明をよーきゅーします!』

 俺が可愛がっている年下の女の子が、(ヤンデレに)成長しちゃって、おにーさんはドキドキしています、物理的に!!



(次回に続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Copyright(C)2018-煮魚アクア☆


小説家になろう 勝手にランキング

▼作者お勧めの創作支援サイト▼
i344546
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ