閑話:『どうか無事でいて下さい』
「さようなら、弱き者たち」
特級天使のクローバーがそう口にした瞬間から、少しだけ時間は遡る。
ここは、王都に向かう馬車の中。最大でも「4人+その荷物」しか置けない小さな車内には、女勇者の鹿島はるかと男性騎士のケイン、女性騎士のサフランが暗い表情で乗っていた。ちなみに、男性騎士のリカルドは御者をしている。
特級天使との出会いから数日。未だに気まずい空気がしばしば流れる車内。
ケインは自分の経歴が傷だらけになったことで落ち込んでいるし、サフランは特級天使に情報が流れたことで「笑顔が無くなる」かもしれないと戦々恐々としているし、鹿島はるかも水島鮎名のことを本気で心配している。
『……水島さん、どうか無事でいて下さい……』
鹿島はるかは、心の中で何度目になるかも分からない祈りを捧げる。
ガタンっと馬車が小石を踏んで大きく揺れる。
「っきゃっ!!」「「うぉっ!?」」
小さな悲鳴が車内を包んで、馬車が止まった。
「すみません、ちょっと大きな石を踏んでしまいました」
御者台にいるリカルドが謝罪の言葉を口にして、ゆっくりと馬車が動き出す。
「……」
「……」「……」
気まずい車内の空気は変わらない。
但し、それぞれに別の事を考えていた3人の関心は、お互いの事に向けられていた。
「……サフラン? 『うぉっ!』は無いだろう? 勇者様みたいに『きゃっ!』というのが――「るさぃです。男性と一緒に訓練している弊害が出ただけですよ! 普段は、もっと女性らしく行動していますよね?」」
「「……」」
「なぜ黙るんですかッ!! しかも、勇者様までッ!」
非難の声をあげたサフランの言葉に、鹿島はるかとケインが苦笑する。
「すみません、つい、思わず」
「あははっ! 思わずだな!」
「……もう、勘弁して下さい」
小さくため息を吐いたサフラン。ゆっくりと言葉を続ける。
「それにしても、あの天使は……ダンジョンを見つけられたのでしょうか?」
サフランとしては、正直なところダンジョンについての記憶は忘れたかったし、クローバーの底知れない雰囲気を思い出したくも無かった。でも、クローバーがダンジョンを見つけて侵入した瞬間に、自分が二度と笑顔を浮かべることが出来なくなるかもしれないと考えると……その不安を誰かに共有してもらいたかった気持ちもある。
「確かあの方は、声を掛けて来た時に、俺達からダンジョンの匂いがするって言ったいたよな? そこから察するに、ダンジョンの入り口が隠れていたとしても、匂いで分かるんじゃないか?」
「……それもそうですね。――ふぅ、あれから数日が経ちました。もうすでにダンジョンを見つけていることでしょうね」
言外に「だから、私達がペナルティを受けるのであれば、もうすでに受けているだろうから――ソレがないということは安心しても大丈夫そうですね」とサフランは言っていた。彼女の表情もそんな気持ちを表している。
そのことが、鹿島はるかの勘に触る。
でも、不満を口にする訳にはいかない。だって、相手はDMやその仲間なのだとサフラン達は考えているのだから。
下手な事を言うと、トラブルの元になってしまう。
『……水島さん、どうか無事でいて下さい……』
心の中で祈るしかできない自分の不甲斐なさを忌々しく感じながら、鹿島はるかはぼんやりと馬車の外を窓から眺める。その願いと祈りが、水島鮎名に届くように。
ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。
(次回に続く)
【作者からの告知】
2019年1月1日に『DMな鬼嫁さん』と同じ世界の新作(本編)を投稿開始します。
現在、鋭意制作中ですので、楽しみにしていてください(≧ω)!!
来年もよろしくお願いします。




