第75話:『『『いっけぇぇぇえッ!!』』』
「そして――さようなら♪ せいぜいレベル250程度のDMと中級天使と雑魚な魔物で、この私をどうにかしようと考えるなんて。ちょっと悪趣味過ぎて、笑いが止まらないわよ?」
クスクスと嬉しそうに笑っている特級天使。でも、心の中では、俺も笑いが止まらない。
ステータス偽装を特級天使自身も使っているのに、俺達がステータス偽装を使っていないと思い込めるのだから。特級天使以上の偽装スキルと鑑定スキルを、俺達が持っていないと思い込んでいるのだから。
「――ふむ?」
俺達の表情に余裕があるからだろうか? それとも、俺達の心の中を読むことが出来ないからだろうか? 相手さんが少し不思議そうな表情を浮かべる。
「……これは――私の『読心』スキルに対抗しているの? しかも、一度壊したダンジョン機能も戻っている?……レベル250のDMの力で……?」
不満そうに呟いた口元。でも、それはすぐに嬉しそうに歪む。
特級天使の目元も、獲物を見つけた狩人みたいに嬉々とした色に染まっていた。
多分、俺達のレベル偽装がバレたのだろう。
そして俺達の強さが「最低でも、特級天使の鑑定を詐称することが出来るレベル」であることも、「ディルがダンジョン機能の復旧作業を進めている」ことも、相手さんにはバレていると思っていた方が良いだろう。
小さな沈黙が空間を包んだ瞬間。
それを壊すように、特級天使がゆっくりと言葉を口にする。
「ふふっ♪ 楽しくなりそう。――それじゃ、始めましょうか?」
その言葉と共に、俺達の周囲を流れる時間がスローモーションになった。
いや、思考加速のスイッチが、しっかり入った状態という表現が正しいか。
体感時間が1000倍以上に引き延ばされた中で、ヌルヌルとそれなりに動けている特級天使に、正直な気持ち戦慄を覚えるけれど――全員が目視で相手の動きを十分に確認できている以上、当初の作戦通りに行動するのがベストだろう。
『まずはボク達が戦うよ!』
『ダンジョンマスター、作戦通りに!』
『『先陣は、我らが!!』』
頼もしい言葉をテレパシーで飛ばしながら、攻撃役のゴブさんと遊撃役のスラちゃん、盾役のボルトさんが前に出る。
全員がレベル480になった魔物幹部達は、十数日前までダンジョンで生まれた下級の弱い魔物だったとは思えない力を正直持っている。
昨日のパワーレベリングでも、レベル920の骸骨古龍を相手に、4人で連携を取って勝利してみせたくらいだ。
『ん? 水島おにーさんは、心配なのか(≡ω)?』
俺の心の中にある小さな不安を感じたのだろう。エゼルが、どこか茶化すような声色でテレパシーを飛ばしてきた。
『いや、心配じゃない――とはちょっと言えないけれど、この4人なら大丈夫だと思っているよ? 実戦だからちょっと心臓のドキドキが止まらないけれどね……』
そんな風にテレパシーを返しながらも、俺は視線を4人と1人に固定していた。
もし万が一、4人が特級天使と満足に戦えないのであれば、根本的な作戦を変更しないといけなくなる。思考加速状態の40分×1000倍の666時間を、俺とエゼルの2人で乗り切らないといけなくなる。
正直、ステータス差的には4対1ならギリギリ抑え込めると計算上では考えているけれど、こればかりは実際に戦ってみないことには分からないことも多いから。
とはいえ――
『結構、戦えているのな(≡ω)b』
『相手さんがまだ様子見をしてくれているとはいえ、十分に戦えそうな感じだね……』
サキ姐さんの支援魔法――スピードアップと攻撃力アップの魔法――が、早速前衛の3人を包み込んでいる。
最前線は、全身鎧に身を包んだゴブさんとボルトさん。
ゴブさんの魔属性の巨大な両手剣が、音速を超えて衝撃波を生み出しながら特級天使に迫る。
それをニコニコと余裕の表情で左手に持った短剣で捌いている特級天使。腰のレイピアはまだ抜いていないから、様子見をしているのは間違いない。
そこにスラちゃんの強力な一撃が横から放たれる。
エゼルのアイテムボックスに眠っていた、かぎ爪が付いた魔属性の籠手。スライム特有の、腕の可動範囲と骨格を無視した予測できない拳の動き。小柄な体格による低い位置の死角から繰り出される、骸骨古龍のあばら骨すら一撃で粉砕する音速の弾丸。
「はぅぶっ!?」
特級天使が、ワインの入った樽を固いハンマーで粉砕したような音と短い悲鳴を響かせて、壁際まで吹き飛んだ。
『これは致命的な大チャーンス(≡ω)!!』『チャンスですわ!!』『チャンスだよ!』『『チャンスですね!』』
衝撃と、麻痺を含めたスラちゃん特製の『混合毒』の影響があるのだろう――体勢を崩して立ち上げることが出来ない特級天使に対して、エゼルと魔物幹部4人の目が好機だと光る。
でも、俺は正直焦っていた。
エゼル達には、「チャンスがあればいつでもアレで攻撃をして良いよ」と言ってあるけれど、ちょっとタイミングが早すぎない? 相手さんに誘われているんじゃないの?
――なんて迷う暇は戦闘中には当然あるわけもなく、行動を開始した思考加速状態中のエゼルを止められるわけでもなく。
『喰らえ! アイテムボックス・オープン!!』
エゼルの掛け声と共に、立ち上がることが出来ない特級天使の周囲に、大量の地雷や投擲武器が出現する。
これはダンジョンに仕掛けられていたのに、ダンジョンを特級天使にハッキングされたせいで罠として使用できなくなった兵器達。
そんな対人地雷やフラッシュバンが、出現と同時に火を噴いた。
『『『いっけーーーぇぇぇえッ!!』』』
轟音と閃光と金属片が飛び交う、危険極まりない空間。
相手さんが全力で耐衝撃結界を張ったのをしっかりと確認した、僅かな瞬間。
時間と空間が凍った、刹那の刻。
俺は小さな声で――DPアタックを解放した。
(次回に続く)




