第8話:「深く昏い深淵を照らす光、その白き炎を我らの前に…」
「さぁ――エゼルの本気を見せてやる、生まれてきた事実を後悔しろよ♪」
膨れ上がる殺気に確信した。これから俺達を殺しに来ることを。
「最後に、何か言っておきたいことは無いか? エゼルを追い詰めたDMとDCとして、エゼルの記憶の片隅に残しておきたいからな。あ、でも――つまらないことは言うなよ? 本当に一言だけだ(≡ω)ノ」
まずい。不味い。まずい。不味い。まずい。不味い。まず――いや、思考を停止するな、俺。まだ俺達の命は終わってはいない。
幸い、思考回路はダンジョンマスターに進化したことで格段に早くなっている。相手が攻撃に移る前に、何かしらの対策をする方法を考えろ。
『おにーさん、私ちゃんも協力します!! もう【身代わり】が使えないのでDPアタックは無理ですが、残り1万2000DPあります! これ以上は鼻血も出ない、カツカツピンチの領域に入っちゃいますが、私ちゃんとおにーさんが生き残らないと何も始まりませんからっ!!』
ディルも俺のことを信じてくれている。それに素直に応えたいと俺は思う。
「ん? その気配……まだ、諦めていないのか?」
少し驚いたような顔で、ケモ耳天使が俺達を見た。その瞳には、好奇心と軽い称賛の色が見える。
そんな反応をされたのなら、ここで格好付けないといけなくなるじゃないか。
「諦めるには、まだ早いだろ?」
「私ちゃんもおにーさんと同じです!」
「……そうか。その言葉、忘れないようにしよう。お前達は、とっても面白かったぞ。あと10年後、いや4~5年後に出合っていたら、エゼルが苦戦しただろうなと思えるくらいにはな!」
うん、いつの間にか「最後の言葉」に認定されてしまった。……もう少し、時間稼ぎをするべきだったかな?――そんな弱気な考えが頭を過ったけれど、それは絶対に違うと俺の直感が言っていた。
冷静になろう。
混乱している頭じゃ、絶対に勝てない。中途半端なアイディアじゃ、また攻撃をかわされる。
絶対に俺達は、この世界で生き残らないといけないんだから。
「それじゃ、2人ともまた来世で会おうな。できるなら、お前達みたいな面白い奴らとは、今度は味方同士で会いたいぞ(≡ω)ノシ」
そう言ってケモ耳天使は微笑むと、ゆっくりと最後の言葉を口にする。
「あでゅ~♪」
加速させた思考の中で――0.014秒が経過。すでに、ケモ耳天使の唇が一言二言動いている。
耳に聞こえてきた音から、俺のDMの知識が「光属性・上級魔法」の「発動前の短縮詠唱」だと教えてくれた。
ケモ耳天使は余裕ぶって魔法の発動を告知しているのではない。
発動に言霊が必要という方法をわざわざ使うのは、魔法の威力を短い時間で最大限に引き上げるためだ。それは、俺達への最大限の敬意という意味だろう。本当に、粋なヤツだと思う。――って、ちょっと待て!
こいつ、ケモ耳の天使だよな!? 短縮詠唱をしているってことは、ほぼ必ず発動前に、魔法名を告げるよな!?――あとは呼吸の有無だけ。でも、このケモ耳天使の性格なら――行けるッ!!
俺の頭が冷えた時には、0.027秒が経過していた。
ダンジョンマスターの知識が、「ケモ耳天使の短縮詠唱が、あと5.513秒で終わる」と警告してきている。
でも今は、そんなのは関係なかった。良いアイディアを閃いたのだから。
視界に入っているモニターに表示されているDPの残量を確認する。――時間が間に合うかどうかギリギリだけれど、この方法は切り札になると思う。
でも、DPは足りるだろうか? さっきディルが追加で充填してくれると言っていたけれど、完了されていないと今は0.001秒が惜しい。視線をモニターに移動させると――よしっ!! モニターの右上で「DP残量:12,000」の表示が青文字に輝いていた。
俺が対策を考えているのと同時進行で、ディルがDPをすぐ使えるよう、ダンジョンに連結してくれたらしい。本当にディルは、俺にはもったいないくらいできたいい女だと思う。この戦いが終わったら、日本産の甘いお菓子と美味しいジュースをたくさん出して、ディルを思いっきり褒めてあげよう!
0.054秒が経過。ケモ耳天使の詠唱は、まだ完成していない。
俺はダンジョンの物資リスト――DPで引換えることが出来る物資のリスト――を広げる。
そこには菓子パンやハンバーグやユニ〇ロのTシャツといった様々な物と「それを購入するために必要なDP」が載っている。もちろん、武器として使える銃器や化学兵器にも使える薬品のような危険物もリストには記載されている。
でも、今欲しいのは発砲してからタイムラグがあるような銃器じゃない。それに、多分銃器はエゼルには通じないと俺の本能が訴えている。
俺が欲しいのは『アレ』だ。『アレ』があって欲しい。そうじゃないと、俺達はここで殺されるしかない。
0.064秒が経過。ケモ耳天使の詠唱は、まだ完成していない。
祈るような気持ちで、リストの「キーワード検索」機能を使って――『キシ〇トール』と検索する。
ケモ耳天使の元々の種族が何かは知らないけれど、リアルなケミ耳が付いているということは、多少は獣の血や特性と引いているということだ。DMの知識も、ソレが間違っていないと言っていた。
さらに、俺の中にあるDMの知識が、ケモ耳天使の獣耳は「犬」か「狐」か「狼」だと断定していた。
犬や狼にキシ〇トールを食べさせたらどうなるか? 答えは、低血糖でぶっ倒れるだ。
人間にとっては、甘いだけの代替甘味料でも、犬や狼にとっては劇薬になる。彼らがキシ〇トールの大量摂取した場合、すぐに低血糖で動けなくなり、最悪の場合30分~1時間で死亡する。
一瞬だけ、「もしもケモ耳天使が狐だった場合はどうするのか? 狐に効くのか知らないぞ?」――そんなことが頭を過るけれど……そんなのは知らない。
今は、俺とディルの強運を信じるだけだ!
俺の運はどうか知らないけれど、ディルの運気はかなり高いと俺は信じている。なにせ、異世界から俺という日本人を召喚できたのだから。
0.078秒が経過。ケモ耳天使の詠唱が、また一言進む。そこでようやく検索結果が表示された。
【キシ〇トール:該当1202件】
これは、該当数が多すぎる。この中から、俺が欲しいものを探すには時間が足りなi――いや、原材料も含めての全文検索だから、商品名に絞って検索すれば何とかなるか?
0.096秒が経過。
【キシ〇トール:該当52件】
かなり数は減ったけれど、まだまだ多い。と、そこにディルからのテレパシーが飛んできた。
『おにーさん、商品検索キーワードに【100%】【粉末】を追加で入れたらどうでしょうか? 今回の作戦、顆粒じゃなくて粉末じゃないとダメなんですよね?』
意識がつながっていることで、俺の思考を読み取ったディルのアドバイス。
俺は早速、DPリスト内を【キシ〇トール】【100%】【粉末】で検索する。そう、俺が考えていることを実行するには、「なるべく高純度」かつ「細かい粉末」のキシ〇トールが必要なのだ。
その作戦はシンプル。
キシ〇トールの微粉末を大量に、ケモ耳天使の頭上と周囲にぶちまけて、相手の口&鼻&目&肺の粘膜からキシ〇トールを強制的に摂取させるというもの。追加で、咳き込んだり呼吸を止めてくれれば、魔法の発動も阻害出来る。
そんなことを考えている間にも、検索結果が出た。
【キシリトール 100% 粉末:該当3件】
リストにでたタイトルだけで確信した。コレで勝てる。
『よしっ! 目的の『純度100%・超細粉キシ〇トール』が100gと500gと1㎏の3件ヒットしたよ!! ディルありがとう!!』
『お役に立ててうれしいです! (///ω)』
ちょっと恥ずかしそうな声が返ってきた。――うん、後でディルは思いっきり褒めてあげよう。
だから今は、作戦に集中する。
ちなみに犬の場合、キシ〇トールの致死量は、体重10㎏に対して1gと言われている。ケモ耳天使は普通の女の子と同じくらいの背格好だから、おそらく5~6gが致死量。人型ゆえに多少耐性があったとしても、致死量の半分~1/4が口や鼻の粘膜から吸収されるだけで、一瞬で低血糖になってしまうだろう。
さらに微粉末のキシ〇トールが、少量でも喉の奥や肺に入った場合は、ぶっ倒れるまでの時間が加速する。吸入タイプの喘息薬が良い例だけれど、粘膜や血管からの直接吸収は、即効性があるからな。
だから、狙うのは相手が「息を吸う」その瞬間。魔法を発動させるために、息を吸い込むタイミング。
このタイミングを外すと、魔法が発動して俺達は死ぬ。――でも、不思議と怖くない。頭の中がスッキリとして、むしろリラックス出来ているとさえ言える。
0.173秒が経過。
粉末状のキシ〇トールを贅沢に395㎏準備する。1㎏あたり30DPだから、1万2000DPをほぼ全てつぎ込んだことになる。これだけの量を頭上から落とせば、ケモ耳天使の口や鼻に5gくらいは入ってくれるだろう。
ただし、今はまだ具現化させないで、異空間に留めている。ケモ耳天使が「回避不能なタイミング」で一気に攻めないといけないから。
――さぁ、準備は整った。
俺の隣にいるディルも、俺の思考を読んで『邪魔はしません!』と小さな声というか、囁くようなテレパシーで告げてくれた。
あとは、俺の度胸とタイミングだけ。俺のダンジョンマスターの知識が告げるタイムリミットまで、あと残り約5.351秒。高まる鼓動を抑えつつ、じっくりとその時が来るのを待つ。
俺達のダンジョンには、ケモ耳天使の短縮詠唱だけが早口で響いている。
「深く昏い深淵を照らす光、その白き炎を我らの前に――」
(次回に続く)