第66話:「足がッ!」「し、痺れるね……コレはキツイ」
「それなのに……なんでだろう? 涙が止まらないよ……あははっ♪」
――そして今日も、エゼルは目が覚めた。
「んっ? もう、朝か」
窓の外から薄っすらと差し込む光。それが朝を告げている。
拠点があるのはダンジョンの最深部。でもそこに朝日が差し込むことは、エゼルもここ数日ですっかり慣れた。
エゼル達の拠点がある場所は、今はお花畑が広がっている。だからダンジョンを操作して、外と明るさが連動するようになっているのだ。
普通の天使や人間がこんな魔法を使おうとしたら――いや、人間や天使には絶対に無理だな。
光魔法で光球を作ることは出来ても、ダンジョンの中で空を再現することなんて、気が遠くなるような人数とお金と魔力が必要だろう。
まぁ、取りあえずそんなことはどうでも良い。
今重要なのは、何だか全然眠った気がしない身体のしんどさだ。
明らかな睡眠不足。脳にひろうぶっしつ(?)が溜まっている気が絶対にするっ!
本当に、あんな変な夢を毎日見るせいだ!!
「――よしっ! 気分転換に、水島おにーさんのベッドにダイブするぜよ。そして二度寝を決めるのだッ(≡ω)b」
むふふっ♪ 水島おにーさんのベッドなら、気持ちよく眠れそうな気がする。
水島おにーさんの匂いに包まれて、ぐっすりと眠るのだ♪ どうして、今日までエゼルは気付かなかったのだろう?
でも、そうと決まれば、ダッシュで行くのだ♪
「水島おにーさん、待っててくれよ~(≡ω)」
◇
今、俺の隣には「正座で反省している、ケモ耳天使」がいる。
そして今、ケモ耳天使の隣には「正座で反省している、ダンジョンマスター」な俺がいる。
……すべての元凶は、エゼルが俺のベッドの中に潜り込んできたこと。そして、寝ぼけていた俺がエゼルを抱き枕にしたまま、二度寝してしまったこと。
最悪なのは、その直後にディルが俺を起こしにやって来たこと(Tω)x
言い訳をさせてもらえるのなら、俺は多分こう言うだろう。
『いや、だってさ、エゼルがベッドに入ってくるなんて思わないでしょ? 熟睡していて、気付かなかったんだよ?』
……まぁ、実際にはそんな内容のことを、やんわりとディルに伝えて「言い訳にもなっていません!」と一蹴されたのだけれどさ。
ちなみに現在、ディルは俺達の正面に仁王立ちしている。
そんなディルが、ゆっくりと口を開いた。
「さて、残念なことに私ちゃん達のダンジョンで、咎人が2名も出てしまいました……はぁ~」
あえて聞こえるようにだろう、深いため息を吐いてからディルが言葉を続ける。
「まさか、私ちゃんを差し置いて、駄犬がッ! ご主人様をッ! 寝取るとはッ!! この、泥棒inu――「ディル? その辺で落ち着こうか?」」
泥棒猫ならぬ泥棒犬と叫びかけたディルだったから、流石に俺も止めに入った。
原因はちょっとしたすれ違いというか勘違い。
でも、そんな些細なことが原因だったとしても、人間関係は致命的にこじれたりする。そう、今のエゼルに「泥棒犬」という言葉は、傷つけるから言っちゃいけないと俺は思うんだ。だから――
「むーっ!!」
唇を尖らせた吸血お姫様。彼女が納得してくれるような説明を、これから始めようと思う。
「ねぇ、ディルも聞いたと思うけれどさ……ここ数日、エゼル、まともに寝れていないんだって」
そう、夜中に不思議な夢を見るせいで、眠るのが怖いとエゼルは言っていた。でも、身体と脳は毎日の訓練や慣れないダンジョン運営で疲弊している。
「ねぇ、ディル? 眠れないのは、きついと思うよね?」
俺の呼びかけに、アヒルのお姫様がこくりと首を縦に振る。
「かなりしんどいのは分かります。だからと言って、私ちゃんを差し置いておにーさんのベッドに潜りこんで良いかは別問題です!!」
「そうかな? 少しでも安心して眠れるように、エゼルは俺のところに来てくれたみたいなんだけれど?」
「ダメです! まずは、私ちゃんがおにーさんと一緒に寝る予定だったのですから!!」
「そうだね。でも、それだけエゼルは追い詰められていたんだと思うよ? ディルの気持ちを想像できないくらいに」
人間、睡眠不足になると精神的に余裕が無くなる。思考力も落ちてしまう。
だから、周りの人への配慮なんかも難しくなってしまうのだ。
そこを、ディルには分かってもらいたいなと俺は思う。
「それは、そうですけれど……」
「ねぇ、ディル? エゼルは一人で夜に寝るのが今はキツイみたいなんだ。だから、今夜から試しに俺はエゼルと一緒に寝てみようと思う。そしてね――」
小さく言葉を区切って、唇をさらに尖らせたお姫様に、俺は続きを伝えることにした。
「――良かったらディルも一緒に寝てみないかな? 大きなベッドで、3人で眠ったら楽しそうだと思わない?」
俺の言葉に、ディルの顔が真っ赤に染まる。良かった。アヒルさん状態からは脱したようだ。
そんなディルを可愛く感じながら、俺は言葉を続ける。
「スーパー・キングサイズって言うのかな? DPでとっても大きなベッドを取り寄せて、3人でゆったりと眠ろう? できるだけ高級な寝心地の良いベッドを取り寄せて――エゼルやディルが、少しでもぐっすりと眠れるようにさ?」
「でっ、でもでも、いきなり3人でsurunoha――「あ、もちろん今はまだ、変なことはしないよ?」――えっ!?」
びっくりしたような表情で固まるウチのお姫様。
でもさ、よくよく考えてよ? 俺、君達に手を出したら犯罪者扱いですからね? そこのハードルを乗り越えたとしても、まだまだソレをするための課題は山積みなのだけれどさ。
俺のやる気の無さを感じたのだろう、ディルが再び唇を尖らせた。
「むー! 私ちゃんは、したいですぅ!!」
おぅ、壮絶な魅惑の瞳を持つ美少女に、ダイレクトに『したい』とか言われてしまうと、俺の自制心がボロボロになりそう。
でも、今はオリハルコンの心で乗り切るのだ。
「だーめっ。自分達の事だけでも精いっぱいなのに、子どもが出来たらどうするの? 俺は無責任なお父さんは嫌だよ?」
なるべく優しく聞こえるように気を付けながら、俺はディルに釘を刺した。
俺は、家族を大切にできるお父さんでありたい。だから今はまだ、2人に手を出しちゃいけないと思うんだ。
そして、その気持ちはディルやエゼルにも伝わってくれたみたいだった。
「……そう言うことなら、仕方ありません」
「エゼルは天使が使う方法の避ni――「今はダメ♪ 俺も興味が無くはないけれど、そのままずるずると行っちゃいそうだから、今はダメね?」」
俺の言葉に、エゼルとディルが苦笑して頷く。
「仕方ないのな♪ 今まで500年以上も大切にしてきたんだ、今更、1年や半年くらい待つのも悪くない(≡ω)♪」
「私ちゃんも、生まれて150日とちょっとですからね。もう少し、待っていてあげます!」
「2人ともありがとう。それじゃ――朝ごはんを食べようか?」
「はいっ♪」「ああ!」
そう言って、立ち上がる俺とエゼル。でも、そこに予想しないというか、すっかり忘れていたトラブルが舞い降りて来た。
「ぎにゃぁ! 足がッ! 足がッ!」「し、痺れるね……コレはキツイ」
ビリビリする足のせいで、真っすぐに歩けない俺達。何というのか、正座に慣れる日が早くやって来てほしい。
……いや、慣れるには、いっぱい正座をしないといけないから――そんな日が来ないことの方が100倍も良いのかな?
(次回に続く)




