第60話:「『恩知らず』は、この手でしっかり駆除しないと」
「そんなに固くならないで? 私は特級天使だけれど、そんなに珍しくないのよ? なにせ、特級天使程度なら、この世界には7人もいるんですから♪」
そう言って言葉を小さく区切った後に、クローバーが笑顔で話を続ける。
「――で、とても興味深い質問があるのですが……あなた達4人からはダンジョンの香りがしますね。最近、ここら辺でダンジョンを見かけましたか?」
にこっと微笑む、クローバーの天使のような笑顔。
いや、文字通り本物の天使ではあるのだけれど――その表情は、4人にとっては上級悪魔よりも恐ろしい顔に見えていた。
ダンジョンのことを話す訳にはいかない。
話したら、契約魔法によるペナルティーが待ち受けている。男性陣は言葉を話せなくなり、女性陣は笑顔を浮かべることができなくなる。それは、社会生活を送る上では、かなり致命的なダメージだと言えるだろう。
でも今、目の前の勘が鋭そうな天使の追及を、上手にかわせる予感は4人とも全然持てなかった。
猫がねずみをいたぶるようにじわじわと誘導されて、最終的には洗いざらい全部を話させられてしまう悪夢のような未来が、4人の脳裏には浮かんでいた。
「ふぅ~ん、契約魔法か何かで、ダンジョンの事を話せないように縛られているんですね?」
分かっていますよ~と言いたげな表情を浮かべて、クローバーがこくこくと首を縦に振る。
その言葉に、リカルドが反射的に口を開いた。
「なぜそれを!?」
「なぜって、あなた達の考えていることを魔法で読み取ることが出来るのですよ、私は」
「それならば――「リカルド! 下手な事を口に出すな! 契約魔法の罰則を忘れたのか!? お前がヘマをうつと、俺達まで連帯責任なんだぞ!!」――っ、す、すみません……」
一気に話し出そうとしていたリカルドを、ケインが止めた。
その必死な様子を見て、クローバーが苦笑する。
「仕方ありませんね……ちょこっと疲れてしまうのですが、あなた達4人の思考を読ませてくださいね♪ ――あら?」
思考を読むと言った直後に、不思議そうな声をあげるクローバー。そして、ゆっくりと口を開く。
「そちらの勇者様の思考だけ、私には読めませんね……やっぱり異世界の勇者様だけあって、何かのシールドかスキルで守られているのですね~。こういうことは、珍しいんですけれど」
興味深げにそう言うと、クローバーは小さく首を横に振る。
「でも大丈夫です。他の3名の思考は、きちんと読むことができそうですから♪」
そう言って、再び集中し出すクローバー。そして、3人の思考をすぐに読み始めた――直後に、驚きの声をあげる。
「っ!? あの獣耳、ちょっと見ない間に堕天していたなんてッ!!?」
クローバーから溢れ出た殺気で、酒場の空気が一瞬で凍り付く。
「「「ひっ!?」」」「「「ぐぅ!?」」」「「きゃっ!」」
周囲のテーブルからは短い悲鳴が聞こえた。その直後、酒場の中を沈黙が包む。
それから一瞬遅れて、クローバーは自分が殺気を無意識に発していたことに気が付いた。
しまったなぁ、という顔をしてから彼女はゆっくりと口を開く。
「……すみません、少しショックなことがありまして、殺気を漏らしてしまいました」
そう言うと、小さく言葉を区切ってから続きを口にする。
「お詫びとして、今夜のお会計は私が全て払います。――皆さん! ぜひ、たくさん飲んで、たくさん話して、たくさん楽しんで下さいっ!!」
テンション高めに煽るようなクローバーの言葉。静まり返っていた酒場は、一瞬で歓声に包まれる。
人間は「無料、食べ放題、飲み放題、全部おごり」という言葉には弱いのだ。
酒場の人々が再び会話を始めたことに満足げな表情を浮かべてから、クローバーはリカルド達4人の方を向き直る。
「あなた達が見たのは、DMもしくはその眷属と思われる『アルティ』という冒険者と、中級天使を名乗る『エゼル』という天使ですね?――ああ、言葉に出しちゃダメですよ? 契約魔法で縛られているのですから。首を縦に振るか、横に振るかで答えてもらえると嬉しいです」
クローバーの言葉に、鹿島はるかとケインとサフランは、無言と無対応を貫いた。
いくらここで言葉を発しないとはいえ、契約魔法が発動しない保証はないからだ。鹿島はるか的には、水島鮎名の情報を売るつもりは一切ないという状況も加わっている。
しかし、たった1人だけ他の3人とは行動が違う人物がいた。残念イケメンことリカルドだ。
水島鮎名に色々な意味で負けたこと、屈辱的な契約魔法を受けたこと、貴族の証のカードを失ったこと――色々なストレスと負の感情が入り混じって心の余裕が無かった彼は、クローバーの誘導にあっさりと応えてしまったのだ。
「なるほど、そちらのリカルドさんは肯定してくれるのですね? ありがとうございます」
そう言ってにっこりと笑顔を作ったクローバーは、さらに言葉を続ける。
「ここだけの話ですが、中級天使が堕天してDMの配下になっているのは大問題です。私の査定にも関わってきますので――私自ら、問題が表面化する前に討伐してこようと思います。ダンジョンの場所を教えてくれませんか?――大体の場所を、頭の中でイメージするだけで良いですので♪」
クローバーの誘導に、鹿島はるかとサフランは困惑する。情報を渡しても良いものかと。
ただし、男性陣は違っていた。決闘で無様に負けたことや賠償金の支払いもあり、ここで特級天使のクローバーがアルティやエゼルのことをDMやその配下として倒してくれるのなら、それに越したことは無いと考えたのだ。
「ほぅほぅ、ここから1~2日の距離にある、滝がある広場ですか……。滝の裏側に入り口があったのに、少し後に戻ったら出入口が消えていたと?……その状況では、エゼルがDMの配下であることは9割以上確定ですね。悔しいですが……」
そう言って、怖いくらいの作り笑顔を浮かべるクローバー。
彼女にとって幸いだったのは、まだエゼルの所属しているダンジョンが本格稼働していないこと。積極的に存在をアピールするようなダンジョンであれば、エゼルが堕天したことを天界の神々に隠すことは難しかったが――まだ、今ならもみ消すことが出来るとクローバーは判断したのだ。
でも、それはエゼルやディル達にとっても、不幸中の幸いだった。
今の彼らのダンジョンは対天使用の罠を新しく設置したとはいっても、天界が本気を出した時に対処可能な用意や準備は、まだ出来ていないのが現状なのだから。DPの問題で、精々、中級天使4~5人を相手にすることが出来るくらいの規模なのだから。
考えても見て欲しい、水島鮎名は最短でも3か月の時間をかけて天界の天使対策を進めようと考えていたのだ。それがたったの1週間程度で、どうにかなる訳が無い。
クスリと、クローバーが小さく苦笑する。
今まで記憶の底に忘れていた、エゼルと初めて出会った日の事を思い出していたのだ。
魔族との戦いで焼け野原になった獣人族の寒村の片隅に――瀕死の重傷を負いながらも、天使の羽を背中から生やした小さな『祝福者』を見つけた、あの日の事を。
過去に獣人族が天使になったことは一度も無かった。人族かエルフ族かドワーフ族であることが、天使になれる『祝福者』の条件だと言われていた。
でも、神々の悪戯――いや、祝福のおかげで、狼耳を持つ天使は1人だけ誕生した。
そう……過去にも先にも、彼女だけ。そして気が付くと、その天使は――「役立たず、ノケモノ、あいつ、アレ」そんな風に、大多数の天使から疎まれるハグレモノに落とされていた。
けれど、天界で育ててやった恩を忘れるなんて。
獣はケモノなりに、飼い主に逆らってはいけないと躾をしたはずなのに。
そんな昏い感情がクローバーの胸の中に広がっていく。
「拾ってあげた恩を仇で返すような『恩知らず』は、この手でしっかり駆除しないといけませんね……くふっ♪」
(次回に続く)




