第59話:「私は特級天使だけれど、そんなに珍しくないのよ?」
「美味しい♪ 美味し~い♪ ナポリタンを食べる準備をするのだ~ぁ♪ ナポリ♪ タンタン♪ ナポリターン♪」
エゼルの歌声が水島鮎名を癒していた頃。
勇者の鹿島はるかと護衛騎士達を合わせた4人は、ダンジョンに一番近いテトラ村で王都に帰還する準備を完了させていた。
明日には、王都に向けて出発する。計画通りに準備が終わったことで若干ほっとしている4人は、景気づけの意味も兼ねて、村の小さな酒場で少しだけ豪華な夕食を食べているのだった。
但し、そのメンバーの表情は1人だけを除いて、みんな暗い。なぜなら勇者の育成のために旅立ったのに、それを途中で断念して一度帰還しないといけなくなったからだ。
そう、ダンジョンのことは王国には報告できないが、彼ら4人は「天界の中級天使であるエゼル」と「冒険者のアルティ」に助けられたことを知らせるために、一度王都に戻らないといけないのだ。
王城に報告しておかなければ、エゼルやアルティが冒険者ギルトに報酬を請求しても、礼金と賠償金を合わせた全額は受け取れない。契約魔法で決めた期日では、余裕を持って「2ヵ月以内に冒険者ギルトで引き下ろせるようにする」とはしたものの、王城内での交渉や手続きに時間がかかることを考えると、ゆっくりはしていられないのは明らかだ。
一応、ケインの権限で支払える金額のほぼ上限までは、請求があったら即金で渡しても良いという手続きは冒険者ギルトでしているし、王城へも早馬を走らせてはいるが……今回の礼金と賠償金は莫大な金額になってしまったゆえに、まだ4割ほど足りないのだ。
思わず零れるため息を飲み込みながら、ケインは頭の中で、今後の事を考えて憂鬱になっていた。
王城に偽りの報告をすることも、礼金と賠償金の支払いを王城持ちにするようお願いすることも、勇者育成の追加資金の援助を求めることも……自分の査定に大きくマイナスの影響を与えるだろう。
なお、王城へ報告する内容は、アルティこと水島鮎名と打ち合わせ済みである。
彼に「こんな感じで報告してね?」と契約魔法で念を押されたせいで、報告内容を勝手に誤魔化したり、自分達に都合のいいように歪めたりするようなことは出来ない。
『王城に報告する時には、「森の中でオーガの群れに奇襲されて危なかったところを、エゼルと俺に助けてもらった」と報告して下さい。なお、「そこのイケメンさんが、報酬をチャラにしようとして、俺に決闘を挑んであっさり負けたこと」もしっかりと報告をお願いしますね?』
そんな風に笑顔で言ったアルティの顔を思い出して、ケインは少し憂鬱になる。
できればこのまま王城には帰りたくない。だが、契約魔法で約束をした以上、戻らない訳にはいかなかった。
ケインには「勇者育成が終わったら降格される自分の未来」がぼんやりと見えていた。それはおそらく、ほぼ100%現実のものとなるのだろうが、それはまた別のお話である。
「……はぁ~」
再び零れたケインのため息。
サフランも、リカルドも、鹿島はるかも、彼がなぜため息を吐いているのか理解できるゆえに何も言わなかった。
だが、そこに言葉を掛ける人物がいた。
「あらあら? ため息を吐くと幸せが逃げますわよ?」
いきなり後ろから声を掛けられて、思わず振り向くケインだったが――彼が振り向くよりも先に、声を掛けた女性が鹿島はるかに微笑んだ。
「あなた、異世界の勇者様ね? 今はまだレベルが低いけれど――今後に期待してもいいかしら?」
白い神官向けの法衣を着た、金髪紅眼のキリっとした女性。いきなり声を掛けられた鹿島はるかは、女性の姿を目に入れた瞬間、思わず言葉に詰まった。
なぜなら、ぱっと一目見ただけでも理解できたから。目の前の女性が、上級神官でもかなり上の地位の人間であることを。
女性が着ている白い法衣には、黄金の細かい装飾やチェーンが下品にならない絶妙なバランスで取り付けられており、手に持っている錫杖には、吸い込まれるような大きな魔法石が付いている。
でも何よりも特徴的なのは、彼女が発しているオーラ。
彼女から発せられる神々しい雰囲気は、酒場という猥雑とした場所でも、微塵も衰えずに周囲を圧倒していた。
もしも神殿や教会で彼女と対面していたら、こうして視線をきちんと合わせることが出来るだろうか?――そんなことを鹿島はるかが考えていると、女性がクスリと小さく笑った。
「あらあら? 驚かせちゃったかしら? ごめんなさいね?」
少しだけ柔らかくなった雰囲気に、鹿島はるかが再起動する。
「い、いえっ! 大丈夫です(///Δ)ノシ」
「そう? それなら――ちょっと聞きたいことがあるのだけれど♪」
そう言って、ケイン達4人が座っているテーブルにくっ付けるように、隣のテーブルから新しい椅子を持ってくる上級神官らしき女性。
席に着いた後、満足げな表情で笑みを浮かべてから、ゆっくりと口を開いた。
「私の名前は、クローバー・ウォーター。今は翼を隠しているんだけれど、いつもは――天界の特級天使をしているわ♪」
さらりと、何でもないことのように自己紹介を終えたクローバー。
でも、ケインや鹿島はるか達4人は、驚きの声をあげることすらできずに固まっていた。
何故なら、一般的に特級天使は『神々の直属の部下』とか『次世代の神候補』だと言われているから。
普段は天空の城にこもっていて何をしているのかは不明と言われている(神殿で世界の平和を願う祈りを捧げていると言われているが……正否は定かではない)が、大きな災害やダンジョンの暴走、凶悪な魔物の発生などが起こった時には、地上に降りて来て問題を解決していく存在である。
その力は亜神と同等かそれ以上と言われており、たとえ勇者であったとしても絶対に敵対してはいけないと、異世界出身の鹿島はるかでさえも知っていた。
「と……とっ、きゅう、てんし? さま?」
サフランの呟きに、満足げな顔でコクコクと首を縦に振るクローバー。でも、サフラン達4人は、まだ衝撃から回復できていない。
だが、それも仕方がないことかもしれない。例えるのなら、いきなり自分の目の前に世界で一番有名な人が現れるのと同じような状況なのだから。
出会って数十秒で回復しろと言われる方が、とてもとても無理なのだ。
そんな鹿島はるかやサフラン達の様子を見て、少し困ったような表情でクローバーが苦笑する。
「そんなに固くならないで? 私は特級天使だけれど、そんなに珍しくないのよ? なにせ、特級天使程度なら、この世界には7人もいるんですから♪」
(次回に続く)




