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第6話:「目ッ、目ッ、目がああああああッーーー♪♪」

「おにーさん、どいて♪ そいつ殺せないから」


 もうタイムリミットだと分かっている。

 心でも頭でも理解している。下手な事をしたら、俺ごと『ヤられる』可能性があることも充分に分かっている。

 それでも、俺がとった行動は『会話』という名の戦いだった。

「えっと……俺は、ディルを殺されると、どこにも行き場がなくて、困るんですけれど?」


「ん? どこか近くの町で暮らせば良いだろ? 当面の生活に困らない資金くらい、人助けだと思ってエゼルが出してやるし、ここの洞窟から一番近い村までなら送って行ってやる。アクアガーネット教会の支援だって受けられるように、そこそこな推薦状も書いてもやるから……だからほら、そこをどいた。どいた」

 中級天使という存在は、教会もしくは教会の上部組織に所属しているのだろう。

 そのせいか、多少のことでは『俺という犯罪歴の無い人間』を殺すのは嫌らしい。でも高レベルなケモ耳天使相手に、当て身を喰らわせられたり、力ずくで手を引き離されたりしたら?――抵抗ができる自信は、俺にはない。だから、まずは抵抗する力を得なければ。


「……ディル。俺がダンジョンマスターになるには何をすればいい? 契約には何かの合図や行動が必要なんだろ?」

 ダンジョンマスターになることは、俺はとっくに受け入れている。でも俺がまだ人間であるという事実から、ダンジョンマスターになるには、何かの契約や儀式が必要なのだと想像ができた。

 片手でつながっているディルの左手。それを軽く握って言葉を促す。


 でも、返ってきた言葉はケモ耳天使の方が先だった。

「吸血鬼型のダンジョンコアと契約するなんて、お前本気か? すぐに使い潰されて、喰い殺されるぞ?」

「さあな? ここでお前に教えてやる理由は無い」

「ちぇ……ミズシマおにーさんの敬語モードは、もう終わりか。オーケー(≡ω)ノ お前もちゃちゃっと殺してやるから、さっさと契約の儀式、済ませちゃいな~♪」

「……水島おにーさん、あのっ――「ディル、俺は本気だよ?」」

 もう一度、ディルの左手をそっと握る。するとすぐに、ぎゅぎゅっと意志を感じる強さの握力が帰ってきた。


「やっぱ、お前ら仲いーのな?」

「その仲の良さに免じて、今回も次回もその次も、そのまま永遠に見逃してはくれないかな?」

「ん~、ダメだ。新米とは言え、ダンジョンマスターになった奴は見逃せない。それに、そもそも世の中の敵ともいえる『吸血鬼型のダンジョンコア』を見逃すなんて出来るわけないだろ? エゼルが他の天使に怒られるぞ!」

「そ、そうです! 私ちゃんは最初っから見逃してもらえませんから、水島おにーさんだけでも生き残って下さいっ!」


 それは何というのか、対照的な2人。

 ちゃちゃっと契約をして、俺ごとディルを殺したがっていそうなケモ耳天使。

 俺との契約を拒み、なんとか俺に生き残って欲しいと考えていそうなダンジョンコアの吸血姫。

 そこに、今でもまだディルと生き残ることをあきらめていない、俺という欲張りな生き物が加わることで、かなり歪な三竦み(さんすくみ)が出来上がる。


「俺は、ディルを置いて俺1人だけ生き残るつもりは無いよ?」

「ほらほら、こんな風に言っているから、ちゃちゃっと2人で契約して、終わらせようよ~? エゼルはもうお腹が空いてきたぞ(≡ω)ノ~☆ 今夜は、久しぶりにオークの分厚いステーキが食べたいんだよ~♪」

 どこか軽いノリのケモ耳天使。多分、もう、俺達というこのダンジョンのクリア(結末)が見えて飽きているのだろう。

 何というべきか、話しているとあまり憎めない性格をしているというのか……。多分、敵じゃなかったら、このケモ耳天使とはもっと仲良くなれていたような気さえする。


 さてそれじゃ、現実を見据えた『答え』を出しましょうか。俺はまだ、死にたくない。

 だから今の俺は、ゆっくりとその言葉(大きな嘘)を口にする。

「――ごめん、やっぱ無理」


「??」「(≡ω)???」

 生まれたのは、静寂と不思議そうな表情。

 どういう意味だ? って、2人の顔が言っている。

 

 どんな意味なのかって? そんなの決まっているだろ。

 ズキズキと胸が痛む。正直、息を吸い込むことが出来るのか?――と感じるくらいの苦しさだけれど、「今」はそんな状態を表情に出す訳にはいかない。出してはいけない。

 だから深呼吸をして、言葉を続けよう。


「俺は、まだ死にたくない。ダンジョンマスターになって、殺されるのは無理だわ」

 小さく言葉を区切りながら、残酷な『言葉の続き』を、笑顔を守ると決めた彼女に告げる。

「――ってことで、ディル、ごめんな。一人で散ってくれないか?」


「……」「……」

 最初に生まれたのは、小さな沈黙。

 次に生まれたのは、鼻をすするような音。

 最後に生まれたのは、はっきりと聞こえる小さな泣き声。

「……ぅぐっ……ふぇっ……ぃゃぁぁ……」


「……あのさ~、こんなこと中級天使のエゼルが言うのは、間違っているかもしれないけれどさ、お前――「ざいでぃですっ! もう、み、水島おにーざんなんて、ぢりませんっ!!」」

 繋いだ手を振り払うことすらせずに、ディルが俯いて肩を震わせる。

 小さく聞こえるすすり泣きの声。

 俺の心に広がる罪悪感。でもさ、こうするしか方法が無いって『賢いキミ』は分かっているだろ?

 

 ゆっくりと――あえて俺と握ったその手を離さないように。逃げないように――ディルが俺と向き合って、その華奢な右手を振り上げた。

 でも、右腕を振り上げたままの状態で、ゆっくりと固まる。

「み、水島おにーざん。わ、私ぢゃんは……ぐしゅっ……これから、嘘をつきまず……よ? ごれは、嘘ですから、本気になんで……っく……絶対にじないで、下さいね?」

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、ディルが言葉を続ける。

「わ、私ちゃんのごとは気にせずに、っく……水島おにーざんは、人間とじて……お、おじいぢゃんになるまで……ふぇ……たっ、楽しく……っく……生きてっ、下ざいっ♪ それが……私ちゃんの、大きな願いでず、っ!」

 明らかな作り笑顔。まだ繋がったままの、もう二度と話さないと強く握られたディルの左手。

 その手は、これでもかというくらい、震えていた。

 

 ディルが大きく息を吸い込んで、俺と目線を合わせたまま、一気に言葉を口にする。

「水島おにーざん……ごめんな……さい、もう一つだけ……でぃるは……嘘をつきまず。み、みみ、水島おにーざんは……本当は……とっても、どっても、優しくて良い人でず……。だ、だっ、だから……無理して私ちゃんみたいな……ダンジョンコアと……契約(キス)なんて……じない方が幸せです!!」

 そこまで言い終えると、囁くような弱々しい声が聞こえてくる。

「み、みぢ……短い間でしだが……本当に、私ちゃんは、あなたと出会えて……――っ、く、ふぇ……ぅぇ……ふぇぇっ……」

 右手を振り上げたまま、泣き顔で無理やり笑顔を作って。

 俺の目を見て、ゆっくりとディルが小さく頷いて。繋いだままの握った左手に、『最後の挨拶』のように、一瞬だけ力をピクンと入れて。


 誰もが、何も言えない、一瞬生まれた小さな沈黙。

 それを壊したのは、気まずそうな表情のケモ耳天使。俺達にとっての『最後を告げる(立ち合いの)言葉』を口にする。

「なぁ、お別れは済んだか?」

「はい……私ちゃんは……伝えたいことを伝えました……」

 零れる涙をぬぐいもせずに、俺を見つめたままで、ディルがそう答えた。

 彼女が俺に伝えたいことは、俺に本当に伝わっているのだろうか? もし『それ』が俺の予想と違ったとしたら――心が冷えて固まるような怖さを感じるけれど、繋がったままのディルの左手が、俺を勇気づけてくれる。


「そっちのおにーさんは?」

 機械的な言葉。多分、彼女にとっての俺の印象は最悪だろう。

「……俺も、言いたいことは言ったし、聞きたいことは聞いたから、もう大丈夫だよ。でも、最後だから、ディルにきちんと挨拶をさせて欲しい」

 口だけでそう答えながら、身体の向きと視線はディルから外さない。

「そっか。――それじゃ、そろそろ終わりにしたいから、手短に済ませてくれ(≡ω)ノ」


 エゼルというケモ耳天使の言葉。

 それを合図に、俺とディルは繋いだ手を離して、向かい合う。

「水島おにーさん、ありがと。私ちゃんは、嘘つきな水島おにーさんが、大っ嫌いです。だから――」

 ディルがそのまま俺に飛び込んでくる。『それを知っていた』俺も、ディルをそのまま受け止める。

 ディルが背伸びをして、そっと俺と唇を重ねた。刹那、世界が白い閃光に染まれる。


 そして、頭の中に、ディルの声が聞こえてきた。

『やっほー♪ 成功ですねっ!! これからは、テレパシーで思考をずっと接続しちゃいますよ! お風呂でもトイレでもベッドの中でも、私ちゃんとおにーさんは一緒です(///ω)ノシ もう、私ちゃんを泣かせる嘘なんて、おにーさんには絶対に吐かせませんからっ♪』


 膨大な魔力の奔流。世界が、次元が、空間が――軋むような激しい違和感。

 俺の頭に流れ込む情報の波。未知の知識と無意識に沈んでいた知識。そして、理解した。自分がダンジョンマスターに進化したことを。

『私ちゃんの隣に立っているDM(ダンジョンマスター)は、おにーさんじゃなきゃ絶対に嫌です!!』


 ああ、ディルって、やっぱりいい女だな。何も打ち合わせをしていなくても、お互いの傷口を抉るような演技をしていても、最後にドヤ顔で成功させて、俺の腕に中に帰ってくるなんて――本当に、本当に、いい女だ。

 まぁ、最初から、知っていたけれどさ♪


 一方で。どこかのケモ耳天使は両目を押さえながら……楽し気に尻尾を振って、嬉しそうな表情で叫んでいた。

「目ッ、目ッ、目がああああああッーーー♪♪」



(次回につづく)

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