第44話:「私らしく生きるために、今を全力で戦うんだ!」
「「そんなの知らな~い! ぁぅあぅあぁぁ~~~!!」」
エゼルとディルの叫び声がダンジョンの奥に響いた頃。
勇者の鹿島はるかと護衛騎士達を合わせた4人は、近くの村に向かって森の中を早足で進んでいた。
とても幸せそうな笑顔で、何かブツブツ呟いている危険人物、鹿島はるか。
鹿島の恋バナに興味があるけれど、契約違反が怖くて何も聞けない女騎士、サフラン。
この世の終わりと言いたげな、死んだ表情のイケメン騎士、リカルド。
空中分解したこのグループのまとめ役の、苦々しい表情のオジサン騎士、ケイン。
傍から見ると、かなり異質な組み合わせの4人。
浮ついている女性陣と落ち込んでいるリカルドの落差が激しすぎるのだ。
それでもオジサン騎士のケインは、リーダーとして全員をまとめようと必死だった。手始めに、現在絶賛『落ち込み中』のリカルドから何とかしようと、沈黙を嫌って口を開く。
「リカルド、そんなに落ち込むな」
「……はい」
「身分証のカードは、再発行出来るんだろ? 多少費用が掛かってしまうとはいえ、二度と手に入らないものじゃないんだ。引きずるな」
「……そうですよね……頑張ります」
完全に地に足が付いていない部下の返事に、ケインは心の中で舌打ちをした。
リカルドは見た目がイケメンかつ親が貴族ということで、よく貴族の子息にありがちな「プライドが高い」「女性関係がチャラい」「打たれ弱い」といった弱点を持っていた。
ちなみに今日は、その弱点を「とある男」によって滅多打ちにされてしまったのだけれど。
具体的には――「ダンジョンの1階で、落とし穴に落ちてガチで死にかける」「思いを寄せていた女性を取られそうになる(未遂)」「決闘を申し込んで瞬殺される」「幻滅されて、思いを寄せていた女性を掻っ攫われる(既遂)」「キレて殺人未遂を起こしてしまう」「殺人未遂を起こしたのに、横やりが入って無様に気を失う&好きな女性の気も失う」「屈辱的な魔法での契約を受け入れることになる」「貴族の身分カードを落とす」「カードの再発行に時間とお金が掛かる」「ねぇ? 今、どんな気持ち?」――といった感じだろうか?
細かい部分をあげると、さらにもっと数が増えてしまいそうだが……『イケメン貴族のボンボン』程度のメンタルでは、確実に1ヵ月は立ち上がれないであろうことは間違いない。
――さて、これ以上は陰気な野郎とおっさんの内面を覗いてみても、誰も得をしない。
ここは、一番幸せそうな「鹿島はるか」の視点から、この世界を覗いてみようではないか(≡ω)b
◇
ダンジョンからの帰り道。
ダンジョンの入り口が開いていた滝の裏に行ってみたけれど、岩壁しか広がっていなかった「あの場所」からの帰り道。
自分の顔がにやけるのをずっと我慢しながら――少しだけ冷静になった私は、いくつかの確信を得ていた。
「ぼそっ(みんなは水島さんのことを、DMかそれに近い立場の配下だと言っているけれど……多分、間違ってはいないんだろうなぁ……)」
なぜ私がそんな風に確信を持てるのか? その理由はとてもシンプルだ。
だって、私にだけしか分からない違和感を、水島さんはそれとなく私にヒントとして残してくれていたのだから。
「ぼそっ(……水島さんって、結構大胆な人なんだなぁ……あと、悪戯好きなのかも♪)」
水島さんが私に見せてくれたモノ、それは「地球の技術で作られたであろう服」と「日本のパソコンで作られたであろう吊り下げ式の名札」と「服から香った石鹸の匂い」の3つ+αだ。
これらがあったから私は、水島さんが日本からやって来た転移者だとすぐに認めることができた。でも今になって思い返してみると、転移者であることじゃ「足りない」と感じてしまうのだ。
なぜなら――見せてくれたものが、感じさせてくれた匂いが、伝わってくる雰囲気が、ただの転移者では用意できないモノばかりだから。
まず、「日本の会社勤めをする人が一般的に着ている服装」だけれど、コレは一冒険者としてダンジョンを攻略する時には「絶対に着ない服」だと思う。
たとえ後衛の魔法職だったとしても、もう少し動きやすい服装を選ぶと思うし、転移してきてから1ヵ月も着ていると、いくら生活魔法の【洗浄】とか【浄化】を掛けていたとしても、汚れたり擦り切れたりしてボロボロになってしまうだろう。
新品とまでは言わないけれど、こっちの世界基準ではかなり清潔な状態をダンジョン攻略中に維持できるということは――普通に考えると有り得ないと言える。シャツの襟だって汚れていなかったし。
次に「吊り下げ式の名札」だけれど、こちらはもっとナンセンス。
アクアマリンという異世界で日本語の名札を下げている意味は……多分、無いと思う。
余程の思い入れがあるなら別だけれど、そんな風には見えなかったし、漢字に呪術的な効果が有るのなら別だけれど、そんな魔道具にも見えなかった。
そして「石鹸の香り」だけれど――これは「ごく最近、石鹸をお風呂か洗濯で使ったことの証明」となるのだけれど――悲しいかな、こっちの世界では、良い香りがする石鹸は驚くほどその生産量も流通量も少ない。
歴代の転移者さんの誰かが頑張って石鹸は開発してくれたみたいだけれど、石鹸と香料の配合バランスや安定性&持続性に問題があるのだ。
そのため、良い匂いのする石鹸は王族や上級貴族じゃないと日常的に使えない。
いや、王侯貴族でさえも、特別な日じゃないと良い匂いがする石鹸は使えないと聞いている。召喚されたことで「普通の上級貴族並みかそれ以上」の待遇を受けている私でさえも、良い匂いがする石鹸は1回も支給してもらえたことが無いくらいに。
これらの条件から導き出されるのは、水島さんがほぼ確実にDMやそれに類する存在だということだ。
「……ぼそっ(ちょっと強引な推理だったかな? でも、こう考えるのが一番自然でしっくり来るんだよね……)」
不思議と、私を落とし穴に落としたDMが水島さんだと考えても恐怖感は湧かない。
普通ならそのまま消化液で私達をコロコロすることも可能だったのに、わざわざ助けてくれたことを考えると――私達が落とし穴に落ちたのは、水島さんにとっては想定外だったのかなって思うから。
「ぼそり(うん、水島さんって優しいなぁ♪ そういうところ、好きかも)」
思わず自分の口から零れた言葉の、あまりにも恥ずかしい内容に顔が熱くなってくるのを感じるけれど――とりあえず、自分なりの考察を続けよう!
水島さんがDMだったとして考えるとスッキリするのだ。
ダンジョンに生活の拠点を置いているのなら、シャツが汚れる前に、落とし穴に落ちた私達のところに駆けつけることができる。
何って言ったって自分の仕事場にいるようなモノなのだから、ダンジョンに潜っていても、3日とか5日「水浴びどころか着替えすらできない状態で、生活魔法の【洗浄】で乗り切る」ようなことは有り得ないだろう。
そう。やっぱり、石鹸の香りがしたことが決定打になっている。
「ぼそっ(DMやその配下の一部は、ダンジョンポイントっていう力で色々な物資を取り寄せられるんだよね……。水島さんがDMだったと考えたら、日本の物資が取り寄せ放題――羨ましすぎる……otz)」
良い匂いがする石鹸、アロマオイル、日焼け止め、化粧品、鎮痛剤、生理用品などなど。異世界に渡ったとしても、現代日本暮らしをしていた女の子には必需品が多いのですよ……マジで(TΔ)ノシ
――はぁ、取りあえず落ち着こう。
多分、水島さんが「自分がDMやそれに類する存在であること」を私に隠さなかったのには理由があると思う。
恐らくだけれど、あえて私だけに隠さなかったということは――「約束の6ヵ月後までに、ダンジョンで使える良い女になっておけ」――という水島さんなりのメッセージかもしれない。
あるいは、優しい水島さんの事だから「ダンジョンで生活する覚悟を決めておいてね?」と言ってくれたのかもしれない。
でも、大丈夫。勇者を止めて逃亡生活をするつもりだった私にとって、水島さんが人類の敵であることはマイナスでも何でもない。むしろ逃亡勇者とダンジョンマスターの夫婦なんて、最強かつ素敵じゃないかな? 全世界とまではいかなくても、とりあえずこの大陸中の国々にはケンカが売れそうな気がするから。
あと、エゼルさんは天界に所属している天使だったけれど……落ち着いてよく考えたら、水島さんが彼女と一線を超えているであろうことも、彼が普通の人じゃないことを意味している。
この世界において、天界の神様や天使は「空想じゃなくてリアルに存在する神々とその御使い」ゆえに「畏れて・敬い・讃える対象」となっているから。
私みたいな異世界転移者は別だけれど、一般人的にとっては「天使は正直怖い」というのが正直な感想だと思うから。エゼルさんは楽しい雰囲気の人だったけれど、天使という存在は「人が触れちゃいけないモノ」だと考えられているから。
「ぼそっ(私……負けないよ?)」
この世界にも、弱い自分にも、私を邪魔するすべての敵にも――そして、女性として、私よりも先に進んでいるエゼルさんにも。
「ぼそり(私は、私らしく生きるために、今を全力で戦うんだ!)」
そう心に決めて、私はまた前に向かって歩いていく。でも、そのためには、まずはお腹いっぱいご飯を食べないと始まらないよね?
今夜のご飯は、美味しいオークのステーキが食べたいなぁ♪
(次回に続く)




