閑話:「めいいっぱい頑張るから!」
私の名前は鹿島はるか。
見た目はよく中学生とか高校生に間違われるけれど、これでも一応、建築士をしていた社会人――だった。
そう、だった。
過去形なのには理由がある。
私、4か月前にアクアマリンという異世界に召喚されてしまったからだ。
「自分でも、ちょっとどうかと思うけれど……」
そんな言葉が口から零れたけれど、多分、今の私は笑顔になっていると思う。
だって、私、この世界で――運命の人を見つけてしまったのだから!
その運命の人とは、さっきまで中に入っていたダンジョンで、私達が落とし穴に落ちて死にかけていたところを助けてくれた人。
とっても強くて、優しくて、時々わざと格好付けてみせるお茶目なところもあったりして。
多分、一緒にいたエゼルさんというケモ耳天使さんとは、一線を超えた仲なのは分かってしまったけれど……幸い、日本と違ってこの世界では重婚が認められている。
いわゆるハーレムってヤツ。でも、水島さんみたいな魅力的な人と一緒になれるのなら、自然とエゼルさんとも仲良くできると私は思うんだ。
それにエゼルさん、どこか楽しい雰囲気の人だったし。
例えるなら、人生を思いっきり楽しんでいるような? そんな感じ。
あと、あのケモ耳や尻尾も触ってみたい。サラサラでふわっふわの、とても綺麗な毛並みだったから。
「ぼそぼそ(水島さん、私、あなたに相応しい女になるために、頑張ります!)」
私を囲うようにして歩いている騎士のみんなに聞こえないように、口の中だけで好きな人の名前を言葉にする。水島さんは、自分が異世界出身だとバレないように「アルティ」という偽名を使っているのだから。
そんな警戒心が強い彼が、危険を冒してでも私のことを迎えに来てくれると言ってくれた。
「……嬉しいな♪」
思わず口から零れた言葉。
多分にやけているであろう私に、サフランさんが声を掛けて来た。
「何か嬉しいことが有ったのですか?」
「ん~、秘密です!」
水島さんと2人きりで話した内容は、騎士のみんなには伝えないことになっている。
それは水島さんが私の話を終えた後に、騎士のみんなと契約をしてくれた。サフランさん達は「どんな話をしていたのですか?」とかなり気になっていたみたいだけれど。
「それはそうですが、気になるモノはkinina――「サフラン、ダメだ。ダンジョンから出た今は、ダンジョン内で知ったことの話題を口にするだけで、契約違反になってしまう可能性がある。俺は言葉を話せなくなるなんて嫌だぞ?」」
苦々しい表情を浮かべて言葉を遮ったケインさんの警告に、サフランさんが渋々と言った表情で口を閉ざした。
「そうですね、私が迂闊でした。すみません」
ちょっとだけ気まずい雰囲気が流れた瞬間、リカルドさんが言葉を発した。
「あっ! 不味い! 『カード』をダンジョンに落として来たッ!!」
「カード?――もしかして、貴族の証のカードかッ!?」
ケインさんの焦ったような声で理解してしまう。
カージナル王国では、貴族やそれに連なる成人した家族には、貴族の証として特殊なカードが配布されている。
それは常に肌身離さず持っていることが求められていて、紛失したら再発行にかなりお金が掛かると、野営の時に自慢げにリカルドさんが話していたのを私も覚えている。
「探しに戻るか?」
「……戻りたくないですが、再発行にはかなりの時間とお金が必要なので……良いですか?」
気まずそうに落ち込んだ表情をしたリカルドさんに、サフランさんが首を縦に振る。
「仕方ないですよ、消化液の中に落ちてしまったのですから、革紐が傷んだのでしょう」
「なぁ、落とし穴の中に落ちていたら拾えないぞ?」
ケインさんの言葉に、リカルドさんが首を横に振る。……私も、もう一度あの落とし穴に入るのは、少し――いや、絶対に無理だと思う。
「いえ、アルティ殿と決闘をする直前には首に掛かっていたのを覚えています。でも、その後は……ちょっと分からないですね」
「そうか。それなら、ダンジョンの出入口の近くに落ちているかもな。――魔物が拾うとは思わないが、12時間が経過したらダンジョンに吸収されてしまう。急いで戻るぞ」
ケインさんの言葉に、全員で頷く。……今日の夜が、野宿にならないように早く見つけなきゃ!
◇
私達は、ダンジョンの入り口がある滝の裏側までやって来ていた。
でも、そこには岩の壁が広がっているだけで、ダンジョンの入り口は無くなっていた。
全員が、キツネにつままれたような感じで首をひねっている。
「なぁ、何でダンジョンの入り口が消えているんだ?」
「……間違いなく、さっきまではここに横穴がありましたよね? DMが出入口を変えたとしか考えられないです」
冷静に分析をしているケインさんとサフランさん。
一方で、リカルドさんは落ち込んだ表情で地面に崩れ落ちていた。
「ぁあああぁ~、再発行の手数料が大金貨2枚……再発行に3か月から5か月の時間もかかる……@*+$#&%」
何か落ち込みすぎて後半の言葉は聞き取れなかった。
何か可哀そうだなぁ……と思った時、何かを考えている様子のケインさんが、何か思いつめたような表情でゆっくりと口を開いた。
「……あまり考えたくないが――」
そう言ってケインさんが話した内容は、ちょっと私には信じられないことだった。
だって水島さんとエゼルさんが、ダンジョンマスターだというのだから。
「アルティ殿とエゼル殿がDMやDCだというのは……ちょっと無理がありませんか?」
サフランさんの言葉に、ケインさんが首を横に振る。
「いや、普通のダンジョンは、人間や天使などの人型の侵入者が中に入っている時には、構造を造り替えることができないんだ。ダンジョン内は異空間になっていると言われているから、その出口を変えるのは『神々が禁止している』と言われている」
「……あの2人、私達と別れた後にも中を探索するって言っていましたよね?」
サフランさんが固い表情で言葉を口にした。
……私も、その話は聞いていた。
でも、でもでもっ! 水島さんは話に聞く悪いDMには思えないよ。
ダンジョンの侵入者に魔物をけしかけたり、金銀財宝を与えて人生を狂わせたり、数十年に一度の頻度でダンジョンから魔物をあふれさせたり……そんなことをする人には見えないよ!
「俺達は、DMと話をしていたのか……」
「よく、命がありましたね……」
ケインさんとサフランさんの言葉に、私は疑問に思ったことを口に出した。
「でもっ! アルティさんは私達を落とし穴から助けてくれました! だからDMなんかじゃないと思います!」
本当にDMだったのなら、私達を助ける意味が分からない。そのまま殺してダンジョンの糧に換えればいいのだから。
そのことを説明すると、ケインさんとサフランさんは不思議そうな表情を浮かべた。
「……そこは、謎だな」
「私にも、一度落として助ける理由に思い当たる節はないですね。――しかし、こうしてダンジョンの入り口が消えたことが、アルティ殿とエゼル殿がダンジョンの関係者であることを証明しています」
「それは……」
口ごもった私に、ケインさんが優しく声を掛けて来た。
「勇者様、アルティ殿と仲良くなっていたみたいだが……諦めましょう。彼は人類の敵なんです。我々の敵なんです。もう二度と出会うこともないでしょうし」
「……」
珍しく丁寧語を使っているケインさん。
でも、私は言葉を返すことが出来なかった。本当は「そんなこと無い! 水島さんは私を助けてくれるの!!」って大声で叫びたかったけれど、口をつぐむことしか出来なかった。
そう、水島さんは私を迎えに来てくれるって言ってくれた。私のことを、王国から攫ってくれるって言ってくれた。
私を、一生幸せにしてくれるって言ってくれた。
だから、たとえ水島さんがダンジョンマスターだったとしても、私の恋心は変わらない。
「ぼそっ(早く迎えに来て欲しい……私、頑張るから。めいいっぱい頑張るから!)」
誰にも聞かれないように、私は口の中だけで言葉を紡いだ。
この6ヵ月で、私は強くなってみせる!




