第39話:「エッチなのはいけないと思うぞ(≡ω)ノシ~♪」
「水島鮎名さん。――それが、アルティさんのお名前なんですか?」
囁くような鹿島さんの声に、俺は無言で首を縦に振る。
「そうですか……偽名だったんですね……」
少しだけ寂しそうな目をした鹿島さん。これは、フォローをしておく方が良いだろう。
「隠していたみたいでゴメン。偽名を使わないと、俺が転移者だって他の人にバレてしまうから。そうなると、国や軍がうるさくて――転移者は、総じて『勇者扱い』されるみたいだから……」
俺の言葉に鹿島さんが、一瞬だけ目を見開いて、ゆっくりと苦々しい表情を浮かべる。
「……はい。私も――私は――自分が、魔王やダンジョンマスターを討伐するための『人間兵器』にさせられているんじゃないかって、正直、感じてしまいます」
「そっか……。一応、自覚はしていたんだね?」
「はい。でも、今更逃げることも出来なくて、逃げてもこの異世界で一人で生きていくことなんて出来ないだろうなって分かってしまって……そして、魔物を殺すという『異常な日常』に慣れてしまう自分が、とってもとっても怖くて――」
小さな声だけれど、堰を切ったかのように言葉を口にする鹿島さん。
彼女が誰にも言えなかった、心の奥に溜まった言葉があふれてくる。多分、こっちの世界には本音を話せる相手が誰もいなくて、彼女は精神的に一人きりだったのだろうなと想像ができてしまった。
そのせいで少しだけ、俺も「ディル以外に召喚された場合」を想像してしまった。
知り合いが誰もいない異世界に強制召喚されて、いきなり武装した集団に「魔王やDMを倒すのがあなたの使命です」とか言われてしまう。
当然、拒否権は無いに等しく、強引に拒否したら最悪の場合、自分がコロコロされてしまうのは目に見えている。
エゼルに聞いたけれど、街中は中世ヨーロッパ的な文明度だから衛生状況も決して良いとは言えない。魔法がある世界とはいえ、魔法がほとんど使えない一般庶民は、食事の煮炊きに木材や石炭を使っている。そのため、街中の空気はかなり淀んでいるらしい。
「……石鹸の、匂いがする……」
俺の腕の中で、泣きそうな目をして鹿島さんが呟いた。
そして俺の胸に顔を埋めて大きく深呼吸を――
「……鹿島さん? 流石に、それは止めて欲しいかな?」
残業後にこっちの世界に来て、色々あったけれど、まだお風呂に入れていませんから。
「ぁっ!? はっ、はぃいっ!! すみません! でも、柔らかくて優しくて……良い匂いでした(///Δ)!!」
我に返った鹿島さんが、ガバッと音がしそうな勢いで俺から離れた。
かなりテンパっているのか、匂いの感想まで教えてくれたせいで、思わず苦笑が洩れてしまう。
「あっ! ちょっ! 笑っちゃダメです!!」
「いやいや、鹿島さんは可愛いなぁと思ってね?」
「ほぇぇ! かっ、可愛いですか?」
「うん、可愛いよ?」
「……ぅぅぅ~(///Δ)」
あれ? からかい過ぎたかな? 鹿島さんが真っ赤な顔で固まっている。
俯いて俺から視線を外しながらもじもじしている鹿島さんが、チラッと俺の顔を見上げてきた。
「あのっ、水島さん……私、水島さんの事がsu――」
ポンポンと鹿島さんの頭を撫でて、俺は鹿島さんの言葉を優しく止める。
若干驚いたような顔で鹿島さんが俺を見てきたから、なるべく柔らかい声になるように気を付けて言葉を口にした。
「ごめんね」
「――っ!?」
俺の拒絶の言葉に、鹿島さんの瞳が揺らいだ。
でも、多分、鹿島さんは勘違いをしているだろうから、俺は言葉を続ける。
「ごめん、今の俺だと、鹿島さんをカージナル王国から守ることが難しい。でも、だから、8ヵ月――いや6ヵ月だけ、待っていてくれないかな?」
あと半年あれば、俺はDMとして国を相手取ることが出来る力を身に付けてみせる。身近なダンジョンを2~3個は潰して力をためてみせる。……そしたら、晴れて王国にケンカを売ってやろうじゃないか。
可愛い女の子の笑顔には、それだけの価値があると俺は思うから。
それに、せっかくの出会いなのだ。
俺達の関係を、逆の立場で考えてみたらイメージがしやすいと思う。ここまで来て、伸ばした手を引っ込めるのはなんかめちゃくちゃ格好悪い。後で絶対に後悔する。「あの時、伸ばした手を掴んでいたら――」なんて悩むくらいなら、多少の無理はした方が良いと思うから。
だからしっかりと準備をして、入念な罠を用意して、この世界にケンカを売る狼煙を「勇者を誘拐するという行動」でブチ上げるのも面白いと思ってしまった。
「6ヵ月……本当に良いの――いや、ダメです!」
手を取りたいけれど、それでは迷惑を掛けてしまう……という寂しげな瞳をしている鹿島さん。
ゆっくりと、震える声で言葉を続けた。
「私と一緒に行方をくらませたら、水島さんはカージナル王国を敵に回してしまいます。私のせいで、水島さんが……お尋ね者になっちゃうのは、いやです……」
そう言ってぎゅっと口を閉じる鹿島さん。
その目からポロポロと涙が零れた。
「ごめんなさい、私、水島さんに一目惚れしちゃいました。本当はダメなのに、好きになっちゃいました。水島さんが運命の人だと感じました。――でも、それがいけなかったんです! 私のせいで、こっちの世界でも平和に暮らしている水島さんga――」
手の届く距離で、可愛い女の子が泣きながら俺のことを諦めようとしていたら……どうする? そんなの、途中で遮るに決まっている。
刹那の瞬間、脳裏にディルやエゼルのことが思い浮かんだ。でも――
『ぶちゅっと行くのです!!』
『押し倒せ~(≡ω)ノシ』
――2人の許可が出ているっぽいから、続けようかな。
あの2人、確実に俺の思考と行動を「監視&共有」しながら、ニヤニヤしているんだろうな。
……後で、お説教しよう。絶対に!!
思考加速状態で、ちょっと精神を落ち着かせてから。
泣いている鹿島さんの唇に、人差し指をそっと添えることで、言葉を止めさせた。
「6ヵ月後に、必ず迎えに行くから。それまでは『作戦:じぶんをだいじに♪』で、慎重に時間稼ぎをしていて欲しい。命は大事に、身体も心も大事に。自分らしさを見失わないで。――そしたら、俺が必ず迎えに行くから」
鹿島さんの唇に人差し指を軽く添えたまま、俺は鹿島さんの顔を覗き込む。
顔が真っ赤になっているけれど、嬉しさを隠し切れない瞳で鹿島さんが軽く首を縦に動かした。
柔らかい唇の感触が、人差し指に当たって――
『ちょっとエロいのな。イエローカード(≡ω)♪』
『おにーさんには、後でお説教が必要です(///ω)! ここまでの囲い込み漁をするとは思っていませんでしたから! レッドカードですっ! 即退場です!!』
『……』
思考加速状態で、エゼルとディルからツッコミが入ってしまった。
こっちの世界にもイエローやレッドカードがあるってことは、サッカーも伝播しているってことだよね? 俺達よりも先にこっちの世界に召喚された方々のお力なのだろうなぁ……。
本当に、先人の知恵と苦労は尊敬に値する。
『……現実逃避してもダメです! 私ちゃんは許しません!』
『エッチなのはいけないと思うぞ(≡ω)ノシ~♪』
真面目に怒っていそうなディルと、「押すな押すな」状態を期待しているような声色のエゼル。
何というのか、さっきはガンガン煽っていたのに……ちょっとだけ脱力してしまう俺がいた。
(次回に続く)




