第4話:「フフフ、はははっ、フハハハハハッ(≡ω)ノ」
「きみの名前を教えてくれないか?」
俺なりに真剣に考えた、あいのこくはく――もとい大切な『契約の言葉』だったのだけれど。年頃の女の子が相手になったら、予想以上に強い破壊力を持ってしまったらしい。
だって、この言葉を言った瞬間に、女の子がポンコツになってしまったから。
「……はぅ~ぅ~(///ω)」
はい、現在進行形で顔を真っ赤にして固まっています。
正直、可愛いな~と現実逃避&心ゆくまでその悶えっぷりを鑑賞したいのだけれど――どんどん近づいてきている「爆発音&振動」がそれを許してくれない。
「いや、えっと、さ? そんな風に恥ずかしがっている場合じゃないからね? 侵入者が、刻々と近づいているんだから、やれることからやらないと――」
って、なんかまだダメそう。恥ずかしがって俺と目線を合わせてくれない。
でも、このままじゃ、少なくとも接敵したら俺は死ぬ。
女の子曰く魔法なのか魔道具なのか知らないけれど、迷宮を揺らすこれだけの威力を持つものを喰らったら、生身の人間なんて木っ端みじんどころか肉片すら残らないだろう。だから、俺はこの子と契約してDMにならないとヤバい。
……俺は、まだ死にたくない。それに、「この世界でやりたいこと」も僅かながらに出来てしまった。
ピコン♪ という小さな警告音。
それが聞こえた方向を見ると、空中に浮かんだモニターに侵入者と思われる者の姿が鮮明に映っていた。
第一印象は神官服を着た、ケモ耳の銀髪天使。金色や銀色の細かな装飾がたくさん付いている真っ白な服を着ていて、フリフリと長い髪と同じ銀色の尻尾を揺らしている。
と、そこにダンジョンのモンスターだろう。多分、『ゴブリン』だと思う「小さな角を持った小人」と、モフモフな犬の頭を持った人型の魔物である『コボルト』が、それぞれ3体ずつ出てきた。
その直後、モニターが真っ白に染まって――5秒くらい遅れてから、そこそこな振動が俺のいる鍾乳洞にも伝わって来た。
揺れが収まった後、モニターを見ると……立っているのは、魔法らしきモノで生じた爆風の残滓で長い髪を揺らしている、ケモ耳天使だけ。
ゴブリンやコボルトは、跡形もなく消えていた。
「ほほ~ぅ、コレでこっちを観察しているのか?」
いきなり、モニター越しに銀髪天使と目線がぶつかった。
――いや、すぐに外れたから、あっちからはこちらの様子は見えていないようだ。
「新米ダンジョンマスターに告ぐぞ。お前を倒すのは、中級天使のエンゼル・マーブルことエゼル様だ♪ せいぜい、命が消えるまでの間、生まれたことを後悔して神に祈りな♪ フフッ、あでゅ~(≡ω)ノシ」
その直後、映像が途切れる。おそらく、モニターを繋ぐ通信魔法のようなものをエゼルという天使が切ったのだろう。
気が付けば、背中に冷や汗をかいていた。……アレはまずい。絶対に勝てない。
――そんな弱気になってどうするんだ!? って正直思うけれど、『動物園のライオンの檻に素手で入った夢』を見た時と同じような恐怖を感じた。残念ながら俺が今いるのは、あばら骨にヒビが入ったような痛みを感じても、目が覚めない現実異世界なのだけれど。
はぁ、とりあえず深呼吸だ。
さっきの振動が俺のもとに届くまでの時間を考えると、エゼルっていう天使がこっちにやって来るにはまだ時間がある。10分や20分は余裕で確保できるだろう。――いや、違う。ここは魔法がある世界だ。定番の身体強化とかをされると、俺達に残された時間はもっと短いかもしれない。
善は急げだな。振動の強さで残り時間を予測するしかないけれど、接敵するまでに出来るだけのことをしよう。
「お~い、起きろ。俺はまだ死にたくないんだ、力を貸してくれ」
怖がられないように気を付けながら、ゆっくりと女の子の顔の前で、左右に手を振る。
「……あ、あの、すみませんでした!」
「いや、良かった。これで再起動してくれたのなら大丈夫」
「す、すみません!!」
ペコペコと謝る女の子。でも、今はそのやり取りの時間が惜しい。
「大丈夫、もう謝らなくても良いからね。今はそれよりも、まずはきみの名前を教えてくれないか? あとは、ダンジョンマスターとしての力の使い方も。このままじゃ、少なくとも俺はきみのお荷物になるだけだ。分かるだろ?」
俺の言葉に、女の子が頷く。
「はい、ダンジョンマスターの力に目覚めていないと、水島おにーさんは普通の人間ですからね。さっそくですが、私ちゃんことカンディル・バイオレッドと契約して下さい!」
「ああ。だが、その前に1つ聞きたい。きみの――いや、カンディルの正体は?」
これはとっても重要な事。
俺がこの世界に来た時に、最初に感じた違和感の原因。心を鷲づかみにされるような危ない力。
にこっと笑って、女の子が口を開く。その魅力に思わず、俺は息を止めていた。
「私ちゃんのことは、『ディル』って呼んでください。あんまり長いと、言いにくいですから♪ それじゃ、契約を――「ディルの正体は?」」
俺の口から洩れた突っ込み。俺、グッドジョブ!!
ソレ、流しちゃダメだからね~? と視線でディルにくぎを刺す。
「……」
「……」
今、こんな状況なのに、ディルは誤魔化そうとしたよね? どういうこと?――そんな言葉を込めて、視線でディルの言葉を促す。
でも、ディルは何も答えない。
直後に、振動。さっきよりも、確実に強い揺れになっている!!
「ねぇ、ディル? 言えないの?」
俺の言葉に、ぶんぶんと首を横に振るディル。
そして、震える声で言葉を紡いだ。
「……私ちゃんは、私ちゃんの正体は、ダンジョンコアです。人間でも魔族でも獣人族でも天使族でも何でもなくて、ただのダンジョンコアなんです……」
「それが、どうかしたの?」
俺の言葉。擬人化したダンジョンコアが異世界人を召喚するなんて、WEB小説じゃありふれているだろ?
でも、それは間違いだったらしい。一瞬でディルの瞳に、初めてみる怒りがこもったから。
「それとか! どうかしたのとか!! そんなんじゃ!!――って、水島おにーさんに言っても分からないですよね……ごめんなさい、水島おにーさんが優しいから、私ちゃん、甘えていました。実は……私ちゃん、『ただのモノ』なんですよ。DCなのに……たった……たった3500DPで生成された……消耗品の……モノ……なんです」
最後の言葉は、血を吐くような哀しい声だった。
「本来のダンジョンコアは、もっと静かで落ち着いた『お姉さん』なんです。私ちゃんの同期は、みんな大人っぽいダークエルフやサキュバスで、50000DPはするDCなのです。……でも、私ちゃんだけ、なぜか……成長途中で……宝石型DCよりも低いDPで生成されて……」
目の前で落ち込んでいる少女が消耗品。その事実に、正直ショックを受けたけれど、顔には出さない。いや、絶対に出せない。
「そっか♪ それじゃ、ディルは欠陥品のダンジョンコアなんだね」
あえて言う。
「!?」
両目に涙をいっぱい溜めて、絶望したような目をしたディル。
ごめんね、正直時間が無いんだ。
ぽんぽん、っとディルの頭に優しく手を置く。泣き虫だった姪っ子が、たしかこれ、好きだったよな。
「安心しろ♪ 俺はディルを消耗品なんかにしない。10年や20年どころか、最低300年は一緒に生きるぞ。最短で世界征服、成し遂げてやるから、それを一番近くて見ていて欲しいな♪」
言葉を区切って、ディルの頭をゆっくりと撫でる。
「その代わり、世界の半分をお前にくれてやる。だから、今この瞬間から――そんな顔は、もうするな。ダンジョンマスターな『水島おにーさん』との約束だ♪」
ダンジョンマスターとダンジョンコアは、一心同体。
それが、異世界ダンジョンモノのお約束だろ? 少なくとも俺は、そう思っている。
ぐしぐしと、ちょっと乱暴にディルの頭をなでて、優しくグーを作って「こつん」とその頭に軽く触れる。
みるみるうちに、ディルの瞳に光が戻った。
「ふぇ、ふぇぇぇぇ――「おっと、泣くのはまだ早いぞ。今は、世界征服の『第一歩』が必要だ。そうだろ?」――はいっ!」
目元を拭ったディルが、覚悟を決めた瞳で俺の目を見た。うん、それだよ、それ。
俺が見たいのは、心を鷲づかみにされるような危ない力を持ったきみなんだ。そうじゃないと、多分、俺は世界を相手に頑張れない。
「フフフ、はははっ、フハハハハハッ(≡ω)ノ」
涙目で笑顔のディルと笑いあった、その瞬間に聞こえたのは――モニター越しじゃない、生身の笑い声。
視線を向けると、銀髪のケモ耳天使が、鍾乳洞の光と闇の境目に仁王立ちで立っていた。
「フフフ、はははっ、フハハハハハッ(≡ω)ノ げほ! げほ! ッ――ここ、何だか埃っぽいぞ!?」
……こいつ、ちょっと天然系な匂いがする?
(次回につづく)