第38話:「それが、アルティさんのお名前なんですか?」
「あぅ、えっと――約束を守れるように、頑張ります!! ぜったいにこのダンジョンで起こったことは、話しません!!」
鹿島さんの声が、何だか妙に、俺の耳に突き刺さった。こんな反応をされてしまうと、鹿島さんを仲間に加えないという選択をした気持ちが揺らいでしまう。
事実上、騎士達4人のうちの「誰か」が俺達の事を口外したら、連帯責任で表情を失うというのに、鹿島さんの表情は暗くない。良い意味でも悪い意味でも、鹿島さんはちょっと抜けてiru――もとい天然さんなのだろう。
だから、これからの鹿島さんの未来を考えて……ちょっとだけ俺の胸が痛むのだ。
多分、鹿島さんは勇者という便利な人間兵器としてカージナル王国に利用されるだろう。次に出会った時は、ほぼ確実に高確率で敵同士になるだろう。
それが良いことか悪いことかは……考えなくても分かる。でも――
『水島おにーさん、エゼルは思うんだが――『いや、リスクが高すぎる。やめとこう』――水島おにーさんがそう言うなら、エゼルはそれに従おう(≡ω)ノシ』
『私ちゃんも同じです。でも……おにーさんは無理していませんか?』
『……それは……』
思わず明確な返事が出来なかった俺に、ディルが言葉を続ける。
『鹿島さんにだけでも、「同じ異世界出身であること」を明かしてみたらどうでしょうか? DMであることは言わなくても良いと思いますが、同郷と分かるだけでもいざという時の保険になりますから』
『それは……リスクが大きすぎるよ、ディル』
俺の否定の言葉に、ディルが苦笑する。
『そうでしょうか? 得られるメリットも大きいですよ?』
『うむっ! エゼルもそう感じるな(≡ω)b』
妙にイケイケな雰囲気の二人の言葉。ここで俺が日本出身であることを明かすのは、ちょっと安易すぎると感じたけれど――。
同時に感じた安心感から、自分が「2人に背中を押してもらいたかった」のだと気付くことも出来た。
うん、2人のせいにして行動するのじゃなくて、俺自身がどうしたいのかという気持ちで考えて決めよう。
『……そうだね、ありがとう、ディルもエゼルも』
まずは2人にお礼を言って、俺はこれからの行動を言葉に変える。
『鹿島さんに伝えてみるよ、俺も日本出身の転移者だってこと。そして――カージナル王国に使い潰されることがないように、よく考えて行動することが大切だということもさ』
そんな俺の回答に、エゼルとディルが微笑む(イメージをテレパシーで送ってくる)。
『それでこそ、おにーさんです♪』
『まぁ、同郷のよしみってやつは大切だよな。エゼルも良いと思うぞ(≡ω)b』
『ありがとう、2人とも。それじゃ、やってみるよ』
思考加速状態を止めてから、鹿島さんの方に視線を向ける。すぐに鹿島さんと視線がぶつかって、チラッと逸らされた。……なぜ、赤い顔で目を逸らすんですか?
「鹿島さんに少しだけお話したいことが有るのですが……」
「ほぇ? 私に話したいことですか?」
「はい。2人だけで、ちょっとだけ伝えておきたいことが有るんです」
意味深な俺の言葉に、鹿島さんは一瞬だけ迷う素振りをしてから小さく頷く。
「はいっ! 大丈夫でs――「待ってくれるか? 勇者様とアルティ殿を二人きりにすることは、容認できない」」
鹿島さんの声に被せて、途中でオジサン騎士が割り込んできた。
まあ、都合の悪いことを言われると困るから妥当だと思うけれど……それは通らないんだよね。
「容認できない? なぜですか?」
「それは――み、身の危険があるからだ」
ちょっと、いや、かなり厳しい理由だと思う。
「え? 鹿島さんに、俺がまた刺されるとかですか?」
「そうda――「ちょっと待って下さいっ! 私、そんなことしませんよっ!?」」
俺はニコッと笑ってオジサン騎士に言葉をかける。
「だそうですよ? 俺も、流石にレベル1桁の鹿島さんに刺されるようなことは無いと思います」
「……アルティ殿に勇者様がkiga――「流石に、それは無いですよ。危害を加えるつもりなら、わざわざ落とし穴から助けませんからね? 忘れたとは言わせませんよ?」――うぐっ!」
最初は単純に、交渉を有利に進めるために騎士達は助けたに過ぎないけれど、俺は使えるモノは有効活用させてもらうタイプの人間だ。
オジサン騎士が言葉に詰まった瞬間に、俺は言葉をたたみかける。
「――ということだから、鹿島さん、良いかな? 3~5分だけ、俺と話をしてくれないかな?」
あえて、少し砕けた言葉をかけてみる。
俺の言葉に、今度は鹿島さんが大きく首を縦に振った。
「はいっ! どんなお話か気になるので、ぜひ聞かせて下さい♪」
「それじゃ、ちょっと離れて話をしようか?」
「はい!」
元気の良い鹿島さんの返事を聞いてから、安全地帯の外れに移動する。
そして、会話が騎士達に聞こえないように俺は風の結界を周囲に張った。
「それじゃ、時間も無いし手短に言うよ?」
「はい。何を聞かせてくれるんですか?」
ちょっと顔が赤い鹿島さん。……愛の告白をするとか、思われていないよね!? そう思われていたら困るから、早く話を切り出して、誤解される可能性は解いておこう。
「実は、俺の出身地なんだけれど……日本なんだよ。会社で残業していたら、こっちの世界に飛ばされたんだ」
「っ!?――ほ、本当ですか!?」
「ああ、その証拠に……ほら」
そう言って、俺は羽織っていたフードの前を開ける。
そこには、白いYシャツに名札のタグがぶら下がっていた。
「パソコンで印刷された日本語です……久しぶりに見ました」
そう言って涙ぐむ鹿島さん。そして、俺の胸に飛び込んできた。
多分俺とは違って、それなりに長い期間このアクアマリンという世界にいるからだろう。
同郷の人間だというだけで、こんな反応を見せるだなんて。……ラッキーだなんて思っていませんよ??
『今回だけは、許します♪』
『ディル、ありがと』
本当に許してもらえるかは、別問題だけれど……今は考えないことにしよう。何かフォローを考えておこう!!
思考加速を止めた瞬間、鹿島さんが俺の腕の中で言葉を漏らした。
大切な、そう、とても大切な言葉を口にするように。
「水島鮎名さん。――それが、アルティさんのお名前なんですか?」
(次回に続く)




