第35話:「……ありがとう、エゼル。もう、大丈夫だよ」
「や、やった! やったぞッ!?」
残念イケメンの嬉しそうな声が洞窟に響いたけれど……マジでコイツ、残念なヤツだな。
ちなみに、かなり残念な彼は勘違いしているけれど……彼が刺したのは俺の身体ではない。
透明かつ柔らかく調整した、俺の魔法障壁だ。
保険として周囲に張っていた透明な障壁に、殺気を感じた直後、俺は人体と同じような柔軟性を持たせた。そのことで、俺を刺すことが出来たと彼は勘違いしたのだ。
――でも、このチャンス、最大限に活かさせてもらいますよ?
とりあえず、DPで血糊を600ml取り寄せて脇腹とその周囲にバラ撒く。600mlで15DPとそこそこなお値段がしたけれど、一応ドラマとかで使われるプロ仕様のヤツだから、鹿島さんにもバレるようなことは無いだろう。
一瞬、トマトケチャップを使おうかなとも思ったけれど、アレは匂いですぐにバレる。たった10数DPなのだから、ケチらずに行こうと思う。
そして俺は、ゆっくりと倒れる演技をしつつ、思考加速でエゼルとディルに大丈夫だよと伝えた。
すると、エゼルから返事が戻ってきた。
『なぁ、水島おにーさん、アイツのこと誘っただろ(≡ω)?』
『何のこと? 俺は自然体でいただけだよ♪』
『まっ、そういうことにしておくか♪ びっくりしたから、ほどほどにしてくれよ?』
ホッとしたようなエゼル。
その一方で、かなり慌てたような声のディルが、テレパシーを飛ばしてきた。
『もうっ、私ちゃんもびっくりしましたっ! 本当に、こういうのは心臓に悪いですから、止めて下さいっ(///Δ)ノシ』
『2人とも、ごめん。でも――残念な彼が、変な武器を持っていないことは鑑定で確認しておいたから……今回は大丈夫だったんだよ?』
流石の俺も、オジサン騎士が持っている「防御貫通効果レベル2」が付与されている短剣とかは、障壁越しでも受けたく無い。今回は、しっかりと普通の範疇を超えない剣であることを確認してから、彼を利用させてもらったのだ。
『これで、騎士達は俺に対して拒否権が無くなった。あわよくば……って思ったけれど、ここまでハマるとは思わなかったよ』
『おにーさんは悪い人です』
『ああ、多分、お腹は真っ黒だろうなぁ(≡ω)b』
……うん、ディルとエゼルにちょっとディスられた気がするけれど、気にしない。
そんなことを考えているうちに、俺は地面に倒れ込む。思考加速状態とは言っても、着実に時間は進んでいる。
そのくせして、素早さ自体は思考加速にまだついて行けていないのがもどかしい。
エゼルと戦ったことでそれなりにレベルは上昇したけれど、まだレベル38程度では加速した思考に身体がついて行かないのだ。DMの知識によると、今の俺はせいぜい「少し素早い冒険者」くらいの動きしかできていないと思う。
――あっ、残念さんが追撃をしようとしている。けれど、これは障壁で受けると演技だとバレるから、身体を捻って回避しよう。なるべく、ギリギリな感じをアピールして♪
地面を転がった瞬間に、俺の背中越しにザクリという地面を突き刺す音がした。
「リカルド! 止めろッ!!」
「リカルド! 止めなさいっ!!」
オジサン騎士とサフランさんの怒号が響く。でも、執拗に俺を狙う残念さんは止まらない。
「アルティさん! 逃げてッ!!」
鹿島さんの悲鳴に近い叫び声に、少しだけ罪悪感を覚える。
ごめんね、実はそこまで切羽詰まっていないんだ……とは言えないから、頑張って身体を転がす。今は、迫真の演技が必要なのだ。
そして、ついに洞窟の端まで転がってしまった。
さぁ、ここからはアドリブだけれど、エゼルに手伝ってもらおう。
『エゼル~、助けて~♪』
『らじゃー♪』
俺を壁際に追い詰めたことで、勝ち誇ったような顔をしている残念さん。
ニャァと意地の悪い顔で笑って剣を振りかざした。
「これで、終わりだ、しne――「そこまでだなッ(≡ω)!」――っ!?」
振り下ろされた剣は途中で止まる。レベル250オーバーの素早さを活かして、一瞬で俺を庇うように残念さんの前に立ちはだかったエゼルの右手によって。
「お前、馬鹿だろ??」
抜身の剣を素手で握りしめながらも、エゼルには傷ひとつ付いていない。
レベルによる防御力の差という「不思議な概念がある世界」ならではの、かなり暴力的な光景だ。
「ぅるさ――「取りあえず、寝てて良いぞ?」――ぐはっ!」
エゼルの左ストレートをもろに顔面に喰らって、小さな悲鳴をあげながら倒れ込む残念さん。……あ、白目剥いている。
「アルティさん、大丈夫ですかッ!?」
「大丈夫ですか!」「大丈夫か!?」
鹿島さんや他の騎士2人が、心配そうな顔で俺達の方へ駆け寄ってくる。
でもそれは、エゼルによって止められる。
「こっちに近づくなッ!!」
「ほぇっ!?」「「っ!?」」
「お前らの仲間がしでかしたこと、エゼルはお前らを信用することができない!! だからこっちに許可なく近づいたら、エゼルは反撃させてもらうッ!」
厳しい口調でそう言ったエゼルから、俺にテレパシーが飛んでくる。
『……コレで良いんだよな? 水島おにーさん♪』
『ああ、迫真の演技、ありがと』
『それじゃ、回復魔法と洗浄を掛けて証拠隠滅をするぞ? その後の交渉は、水島おにーさんに任せた(≡ω)b』
『了解。任されたよ♪』
エゼルに警告されて戸惑っている鹿島さん達3人をよそに、エゼルは簡易詠唱で魔法を発動させる。
「神級位体力回復&洗浄&乾燥」
俺の身体が白い光に包まれた後、土と血糊で汚れた服と肌がキレイになる。
「アルティおにーさん、大丈夫か?」
真面目な顔で、エゼルが俺に寄り添ってくる。……エゼル、演技上手だな?
『フハハッ! エゼルは演技が上手いのだ♪』
ドヤ顔のイメージがテレパシーで飛んできたけれど……うんゴメン、余計なことを言った俺が悪かった。脇道に逸れそうだから、DMとしてのお仕事に戻ろう。
小さく息を吐いてから、ゆっくりと俺は身体を起こす。
「ありがとう、エゼル。もう、大丈夫だよ」
エゼルが回復魔法の最上位クラスに匹敵する【ファイナル・ヒール】を成功させたことで、固まっている鹿島さんや騎士達。
でも俺が言葉を発したことで、鹿島さんとサフランさんがホッとため息を吐いたのが分かった。そして、オジサン騎士が驚愕の表情から一瞬だけ苦い顔をしたのも、俺は見逃していない。
――さぁ、交渉の時間を始めようか。
(次回に続く)
2018/12/12
いつもありがとうございます。
28話を飛ばして投稿してしまっていました……すみません(Tω)。差込みで修正して投稿してありますので、よろしければ見てみて下さい。




