第34話:「や、やった! やったぞッ!?」
『……さて、どんな風に戦いますかね?』
思考加速状態でたっぷりと作戦を考えた後、俺と男騎士の2人は安全地帯の外で20~30m分の距離を空けて向き合っていた。
なお、安全地帯の中では戦闘をしてはいけないというルールが冒険者の間にはあるらしい。ただでさえ貴重な安全地帯を、魔法や剣戟で荒らすのは禁忌とされているとエゼルが言っていた。
「それでは、双方、準備は良いですか?」
女騎士の声に、俺と男騎士の2人が同時に頷く。
「それでは――始めっ!!」
女騎士の宣言と同時に思考加速状態に入る俺。
身体強化、精神強化、防御魔法付与、結界魔法付与を一瞬で済ませる。
「なっ、一瞬で結界を張っただとっ!?」
俺の周囲に結界が張られたことを見て、オジサン騎士が驚きの声を出す。
なお、本当は無色透明の改良型結界を張ることも出来るのだけれど、今回は相手を威嚇するためだから、俺はあえて普通の色付きの結界を張っている。
驚いている男騎士の2人は、かなり動揺しているのか隙を晒している。
俺は身体強化した脚力の60%の力で前に跳ぶ。
「くっ、後衛のくせに早い! 来るぞ!!」
「――さらなる加熱の炎の圧縮――ファイヤー・ストームッ!」
残念イケメンの魔法が完成し、煉獄の炎嵐が狭い洞窟内を吹き荒れようとしている。
一応、鹿島さんとサフランさんは、レベル250のエゼルが張った防御結界の中にいるから問題ない。レベル差200オーバーは残念イケメンの魔力では覆せない。
そんなことを一瞬考えて、俺はまっすぐに炎の嵐の中に突っ込む。
「やったか!?」
嬉しそうな残念イケメンの声が遠くに聞こえたけれど、ソレ、フラグですよ?
炎の嵐に接触する瞬間、俺は無詠唱の氷魔法――アイス・ストーム――を発動させる。
そして弾け飛ぶ炎の嵐。
「「「なっ!?」」」
騎士3人の驚く声が同時に聞こえる。魔法を弾け飛ばして相殺するには、相手と同じ威力に調整することが必要だからだ。しかも、発動後から接触するまでの短い時間でその判断が出来るということは、明らかに実力が上でないと難しい。
驚きの上に驚きが重なって、さらに弾け飛んだ魔法の残滓で動きが阻害されている、隙だらけの残念イケメン。まずは彼から処理させてもらおう。
「……」
これから攻撃する相手に声を掛けるなんてことを俺はしない。
固まっている残念イケメンの右手の剣を狙って魔黒檀の杖を槍のように突き出す。――ほぼ反射なのだろうと思う、隙だらけだったものの、残念イケメンの左手の盾で防がれてしまった。
「ぐぁっ!?」
予想外の衝撃に残念イケメンが悲鳴を上げた。その盾を持った左手は、しばらく前に構えることは出来ないだろう。
だらりと下がった盾の守備範囲から外れた右手。そこに俺は魔黒檀の杖を槍のように使って、最短距離で叩き込む。
ボキッ! という小気味いい音を立てて残念イケメンの右手が折れるのと同時に、彼の剣も地面に落ちる。レベル25の前衛職とはいえ、俺の事を「杖装備の非力な魔術師」だと甘く見たのが残念イケメンの敗因だろう。
DMという最強種族のレベル38は、勇者でもないそこらの人間族換算でレベル100~120のステータスを誇る。さらに、思考加速を要所要所で使用することで、超精密な芯を捉えた攻撃が可能になっている。
さっき一撃で盾を持つ腕を使用不能にしたのも、今の骨折りも、力を逃がしたり受け流したりできない「的確な打点」に攻撃を加えたことによる効果だ。
残念イケメンにトドメを刺す――前に、俺は半歩前に進んで残念イケメンに体当たりをする。
サクッ! という空気を切る音。オジサン騎士が俺の背後から攻撃してきたのだが、剣が空振りした音だ。
「――ッ!? これをかわすのかよ!!」
心底驚いているといった声をあげながら、大きく飛び退くオジサン騎士。
残念。そのまま突っ立っていたら、オジサン騎士に俺の杖の一撃が決まっていたのに。
空振りした俺の杖は、そのまま回転を活かして、倒れている残念イケメンの顔に直撃――する刹那の瞬間で寸止めさせる。
「ヒッ!?」
小さな悲鳴を上げて硬直する残念イケメン。
まずは、一人撃破かな?
「サフランさん、コレで彼は脱落で良いですか?」
「直撃させても良いですよ? 回復するポーションもありますから」
「それじゃ、仕切り直しte――「降参だ! 俺は降参する!!」」
顔の前で寸止めされたのが余程怖かったのだろう、残念イケメンが両手を上げた。――直後、背後に感じる僅かな殺気。でも、あえてコレはかわさない。
そして障壁が固い何かを弾いて壊れる、ガシャン! という大きな音。
「会話の途中で斬りかかってくるなんて、無粋ですよ?」
ゆっくりと振り返りながら、オジサン騎士に声を掛ける。
「はっ! 決闘中に足を止めている方が悪い!」
「そうですね、あなたには寸止めは要らないようですし♪」
俺の障壁が剣の一撃だけで壊せるというのは正直、驚く――訳が無い。まだまだ俺のレベルが低いとは言え、DMが張る結界は魔剣でもない普通の鉄剣では、どんなに品質が高くても簡単に壊せるようなモノじゃないから。
今、オジサン騎士の鉄剣で結界を壊させたのは、ブラフだ。多分これからやって来るであろう攻撃を、無駄にさせるための。
「とりあえず、彼は脱落ということで!」
そう叫んでから、俺は距離を置いているオジサン騎士からさらに間合いを取る。
「ッ!?」
さっきまで近接戦闘をしていた俺が、いきなり距離を取るのが意外だったのだろう、オジサン騎士の表情が一瞬だけ変わる。
「おいっ、逃げるのか!?」
「そんな安い挑発には、流石に乗れませんよ? 結界も壊れたことですし♪」
「くっ、そがぁ~~~~!!」
叫びながら一直線にこっちに向かってくるオジサン騎士。
恐らくだけれど、彼の切り札は近接戦闘じゃないと使えないのだろう。例えば、障壁無効の「貫通属性」を持つ腰の短剣とか。
オジサン騎士が我彼の距離を半分詰めた瞬間、俺はそれを発動させる。あえて詠唱したふりをして。
「――落とし穴!」
ドズン、という重低音の爆発音と共に、オジサン騎士の足元に20㎝程の落とし穴が発生した。例えるならば、100m走をしている時に、急に足元に側溝が出来てしまったのと同じ状況だ。
そして見事にそれを踏んでしまったオジサン騎士。彼の足は――ボキッという音と共に、変な方向に折れている。
「ぐっ、あぁあぁぁ!!」
脂汗を浮かべながら、悲鳴をあげ続けるオジサン騎士。
多少なりとも訓練を受けている近衛騎士なのだから、もう少し粘るかと思ったけれど、他愛無い。
「降参しますか? 降参しないのなら、ここから攻撃魔法の的にしますが?」
近づいてトドメを刺すような愚を俺は犯さない。
野生動物を罠で仕留める日本の「罠猟」だって、罠に掛かったイノシシやシカを仕留めるのには原則として鉄砲を使うことが多いのだ。怪我をした手負いの野生動物は、死を恐れないで反撃してくることがあるから、近づくと危険なのだ。
余談だけれど、「原則として」とさっき頭に付けたのは、一部ではナイフに長い柄をつけた「槍のようなモノ」を作って獲物を刺し殺すこともあるらしいから。
ちなみに「日本では槍は作るだけで法律違反になるから、注意が必要だ」って知り合いの猟師のおじいさんに牡丹鍋を頂きながら教えてもらったのは、俺の懐かしい思い出だ。
「――っ、あぁぁぁ!!」
「……聞こえていませんか。仕方ない、今すぐに気絶させて楽に――「そこまでっ!! この決闘、アルティ殿の勝ちだ!!」」
俺が氷系の魔法球を発生させたのを見て、サフランさんが決闘の終わりを告げる。
「広範囲回復」
決闘の終わりと同時に、エゼルが回復魔法を使ってくれた。それと同時に、オジサン騎士の呻き声も止まる。
「……エゼル殿、ありがとうございます」
サフランさんがエゼルに頭を下げた。オジサン騎士もこちらにやって来て、エゼルと俺に頭を下げる。
「色々とすまなかった。決闘で負けた事実は受け入れ――「お前だけは、ここで死ねッ!!」」
オジサン騎士の言葉を遮って、残念イケメンが腰だめに剣を構えて俺に向かって突っ込んできた。
そして、ドスリという鈍い音が俺の耳に聞こえてきた。
「や、やった! やったぞッ!?」
残念イケメンの嬉しそうな声が洞窟に響いたけれど……マジでコイツ、残念なヤツだな。
(次回に続く)




