第27話:「……運命の人、見つけちゃったかも?」
「ぅにゃにゃ~~~~~~っ!?」
悲鳴をあげながら、エゼルが落とし穴の中に落ちて行く。
「っ、きゃぁぁ!?」
女勇者の悲鳴と同時に、バッシャーンという盛大な水音が聞こえてくる。
俺は急いでエゼルが落下した落とし穴へ駆け寄った。
「エゼル? 大丈夫か!!?」
「ぅうぅ~、アルティおにーさん、エゼルをへるぷみー(Tω)ノシ」
若干、余裕が垣間見れるのがいただけないが、エゼルが打ち合わせ通りに俺に助けを求める。
なお、水島という名前は、日本出身の可能性が高いであろう女勇者の前では出せないから、俺の下の名前である鮎名をもじった『アルティ』という偽名を今回の作戦では使っている。
魚の鮎の学名が、確かラテン語でグロッス・アルティとか言うような発音だったはずだから。
「エゼル、翼で飛べないのか!?」
俺の言葉に、エゼルが落とし穴の中で翼を広げる。
「おおぅ、飛べるぞ!!――っていうか、お前達、誰だっ!?」
ここで初めて気付いたという感じにさりげなく、女勇者と眠りのガスで気を失っている騎士達に声を掛けるエゼル。
なお、状態異常耐性のアクセサリーを装備しているエゼルには、眠りのガスは効かないから悠長に会話していても大丈夫だ。
「エゼル? どうかしたの? 誰かいるの!?」
俺もエゼルに会話を合わせる。
「たっ、助けれ下さいっ!!」
若干、噛みながら女勇者が俺達に助けを求める。
なんか、穴の下の方では女勇者がエゼルに抱き着いて……ああ、「猫さん大戦争!」な状態になっている。具体的には、トロトロで透明な消化液にまみれた女勇者が――うん、後でディルに怒られそうだから、詳しく考えるのは止めておこう♪
「っ、ちょっ! 放せ!!」
「嫌です! 置いていかないで下さい!! こんなところで死ぬのは嫌なんです!」
「エゼルは、お前らを置いて行かないから、取りあえず抱き着くな!!」
「ぃやです! ここで手を離したら、そのまま一人で上に登るんで――「抱き着くな! ぬるぬるするからっ(Tω)ノシ」――い~や~で~す~!!」
……なんか、このままずっと観賞してても良いかな? 最初はローブを着ていたから分からなかったけれど、女勇者さん、身長の割に結構胸がaru――『おにーさん?』――げふん、ゲフン。何でもありませんよ?
『嘘ですね♪』
……ディルさんよ? テレパシーで、とっても可愛い笑顔を送ってくるのは止めましょうよ? おにーさん、反省していますから。
「アルティおにーさん!! 助けて~!!」
ディルと遊んでいたら、何かガチに助けを求める声が落とし穴の中から聞こえて来た。
……うん、エゼルも消化液で酷いことになっているのな? ……とりあえず、助け船を出すか。
「エゼル、大丈夫か!? 今、ロープを降ろすから!!」
俺の言葉に、落とし穴の底から感じる雰囲気が柔らかくなる。
そして、女勇者の声が聞こえて来た。
「ロープがあるんですね?? これで、私達、助かるんだ……」
そして聞こえる水の音。「何か」が消化液の中に勢いよく倒れた音だ。
「っ、ちょ! ここで気を失うなよ、女勇者!!」
やっぱり、安心したのか女勇者が消化液に倒れ込んだようだ。――っていうか!?
『エゼル、相手に警戒されるから、相手が切り出すまでは「女勇者」って呼ばないで!』
『あ、悪い、つい焦ってしまった』
『うん、焦っている時ほど冷静に、だよ? もし女勇者が目を覚まして今のことを突っ込んできたら、「鑑定スキルを持っているから何となく分かった」ということで通してね? 下手に嘘をつくのは怖いから』
『了解した! 気を付ける(Tω)』
「それじゃ、エゼル、ロープを降ろすよ? 下に女の子がいるみたいだから、ロープに結んで引っ張り上げよう!」
一応、相手が気を失っているとはいえ、演技をすることは省略しない。相手が寝たふりをしていたり、何かの通信魔法で誰かに聞かれていたりする可能性が0ではないからだ。
「ああ。エゼルは飛びながらこの子を支えて、上に持ち上げるサポートするかならな! あと、この女の子の他にも追加で3人いるみたいだ。息があるから、順番に引き上げるぞ?」
「了解。人助けは大事だからね」
そして、すぐにエゼルの返事が聞こえてくる。
「アルティおにーさん、一人目をロープに結んだぞ!」
「ありがとう。それじゃ、持ち上げるよ?」
「ああ! せーの!!」
エゼルの気合を入れた声と同時に、ロープを引っ張る。
本来のエゼルのステータスでは、3人全員を抱えた状態で空を飛ぶことも可能なのだけれど、あえてそれはしない。戦力を隠しておくという意味もあるし、「苦労して助けた」というのが相手に伝わる方が感謝してもらえるからだ。
気を失っている女勇者達に、どこまでそれが伝わるのか分からないけれど、台本通りに行動しておくに越したことはない。
そんなことを考えているうちに、女勇者の身体を支えたエゼルが落とし穴から出て来た。
「エゼル、サポートありがとう! 2人目もお願いできるかな?」
「了解だ! すぐに準備するから、待っていてくれ(≡ω)」
女勇者から手早くロープを外すと、エゼルは穴の中に降りていく。
そして、エゼルがいなくなったタイミングで女勇者が気を取り戻した。
「ここは? ――っ!? た、助かった……ふぇぇ~」
周りをキョロキョロした後に、俺と目線がぶつかって自分が置かれた状況を理解したのだろう、女勇者が泣き出した。
「ふぇぇ……助かった……助かったよ……もう、ダメかと思ったのに……」
涙をこぼしながら喜んでいる女勇者に、俺はそっと近づいてバスタオルを羽織らせる。
「ふぇ?」
一瞬、きょとんとした女勇者に、俺は視線をやや上に上げた状態で声を掛ける。
「全員引き上げたら、まとめて洗浄と乾燥の生活魔法をかけますから、もう少しだけ我慢して下さいね?」
「あっ、ハイ……(///Δ)」
今の自分が、消化液でドロドロな状態&ローブや服が半分くらい溶けて大変けしかran――もとい大変な状態になっていることにようやく気付いてくれた女勇者。でも、俺はあえて紳士な冒険者を演じる。
……ディルが怖いからじゃないよ? これからの交渉に必要だからだよ?
「アルティおにーさん、二人目をロープに結んだぞ!」
エゼルの声が落とし穴の底から聞こえてくる。
「あのっ、私も手伝います!」
赤い顔で目線を俺から逸らしつつも、はっきりとした口調で女勇者が声を掛けて来た。
自分がボロボロな状態なのに、騎士達を助けようとするなんて悪い子ではなさそうだ。
「ありがとうございます。――でも、ここは大丈夫ですから、今はゆっくり休んで下さい」
「でっ、でも……」
「見たら、手が消化液でふやけているじゃないですか。そんな状態でロープを引っ張ったら、皮がむけて酷い状態になりますよ?」
「でも……」
うん、今のままじゃどうやっても手伝わないと気が済まなさそうだ。
しかし、手伝われるとちょっと困る。エゼルのおかげで、見た目よりもロープの重さは軽いのだから。
「ここは、年上のおにーさんに格好付けさせてくださいませんか?」
「はっ、ハイ……(///Δ)」
赤い顔で頷いた女勇者の頭をポンと撫でてから、俺はエゼルに声を掛ける。
「今から引っ張るよ? そっちの準備は良い?」
「もちろんだ! それじゃ、行くぞ!?」
力を込めて引き上げる(演技をする)俺の耳に、女勇者の声が聞こえて来た。
それは、小さな小さな、呟くような声だった。
「……運命の人、見つけちゃったかも?」
(次回に続く)




