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閑話:「落とし穴の上から天使が降ってきた?」

 私の名前は鹿島(かしま)はるか。

 身長が低いせいで16歳前後によく間違われるけれど、今年の春に大学を卒業した社会人1年目の建築士だった。日本の普通の一般家庭の次女に生まれて、平凡な大学を出て、平凡な設計会社に入社して、普通にちょっと親孝行をして、平凡な恋愛結婚も出来たら良いなと思っていた。――そう、思っていた。

 ……哀しいけれど、過去形なのには理由がある。

 なぜなら今の私は、アクアマリンという名前の中世ヨーロッパ風の異世界に召喚されて、勇者見習いをやっているのだから。


「アクアマリン? 宝石の名前でしょ? 異世界? 妄想乙!」

 そんな自虐的な呪詛が自分の口から零れてしまう。

「はあぁぁぁぁ~、すぅぅぅう、はあぁぁぁぁ~」

 過呼吸にならないように気を付けながら、気持ちを落ち着けるために、胸いっぱいに空気を吸い込んで深呼吸をする。

 自然の中は空気が美味しい。本当に、澄んだ空気が美味しい。

 カージナル王国の都や町の中みたいに、糞尿と下水の淀んだ臭いがしないだけでも、何だか嬉しく感じる自分が嫌になる。


 大学で都市の建築も多少齧った私としては、この世界の中世ヨーロッパ準拠の都市構造は許せない。いや、4000年前の古代インドでさえも、モヘンジョ・ ダロという下水道のような構造物を設置していた都市があったのだから……それ以下の都市構造は何とも言えない。

「トイレが無い家って、欠陥住宅でしょ!? 裁判したら、一発で家の設計がおかしいって言われてガチで負けるよね?」

 それなのに、トイレが無い街とか……どうしろって言うねん!!


 ……思わずエセ関西弁が出てしまった。

「はぁ~、落ち着かないといけないよ、私……」

 ちなみに私達は――私と「私の守護(おもり)役兼監視役の騎士3人」を合わせた4人は――召喚された王都を離れて、魔物が多い森までやって来ている。

 現在は、森の中で見つけた滝のほとりで休憩中。騎士の3人ことサフランさん、リカルドさん、ケインさんは、滝のほとりで昼食の準備をしている。

「実家暮らしだったから、料理できないんだよな、私……」


 最初の頃は3人の料理を手伝ってみたものの、毎回刃物で指を切る私の役割は、自然と「味見する係」と「食べる係」と「後片付けを手伝う係」に任命されたのだった。

「勇者様は魔王やダンジョンマスターを倒すのがお仕事ですから! 気にしないで下さい」

 3人の中で唯一の女性である、女騎士のサフランさんはそう言ってくれるけれど、同じ女として料理ができないのはいかがなものかと自分でも感じる。男性のリカルドさんとケインさんが、私の想像以上にテキパキと料理を作れるのも何か複雑な気分になる。

 王都を旅立ったのは、1ヵ月前。

 この1ヵ月で、嫌というほど自分が不器用な人間なのだと思い知らされた。


 ちなみに、なぜ王都からこの森にやって来ているのかというと、勇者である私のレベルを効率よく上げるためだ。

 なんか王都の近くは、軍の訓練や定期的な駆除のおかげて、低レベルの魔物の密度が低いとか。そして、効率良く勇者である私のレベルを上げるには、魔物が多い辺境の森が向いているとか何とか。

 ――って、王国軍の偉い人が言っていた。


「多分、勇者という看板で魔物退治をすることで、国威のアピールや民衆心理を味方につけたいんだろうなぁ……」

 そんなことを呟きながら、今日の成果を思い出してみる。

 ゴブリンが15体、スライムが20体、キラーラットが12体etc……確かに、王都周辺では2~3日かけないと見つけられない数の魔物の数。それを、今日の午前中だけで無事に倒すことができた。

「私のレベル、少しは上がったかな?」

「上がったと思いますよ?」

 気が付けば、女騎士のサフランさんが私の近くにやって来ていた。


「サフランさん、本当ですか?」

「ええ。今朝までの勇者様のレベルなら、ゴブリンを10体くらい倒せれば、1つはレベルが上がっているはずですから。ゴブリンを10体以上、スライムも20体くらい倒しているのですから、上がっていないはずはないです」

「そうですよね! ありがとうございます」

「いえいえ、それよりもご飯ができましたので、食べましょう♪ ご飯を食べないと、午後の活動ができませんからね?」

「はいっ、ありがとうございます!」


 こっちの世界にやって来てから、4ヵ月が過ぎようとしている。

 最初の頃は、ホームシックや魔物をこの手で殺す嫌悪感とかで、食事が喉を通らない時もあった。でも、今は普通にご飯が食べられるようになっている。

 ……人間って、慣れる生き物だというけれど、刃物で危険な小動物(まもの)を切り殺した直後に、普通に食事が食べられるようになるなんて……ちょっと前の自分には想像も出来なかった。

「でも、私は生きて日本に帰るんだ」

 そのためには、何が何でも生きていないことには始まらない。


「勇者様は、本当に独り言が多いですよね?」

 小さくクスリと笑って、サフランさんが話しかけてくる。

「あ、すみません、煩かったですか? つい昔からの癖で、独り言を言ってしまうんです……ごめんなさい」

「いえいえ、大丈夫ですよ? でも、勇者様が日本に帰ってしまったら、寂しくなりますね」

「はい。でも、日本は私が生まれた国ですから。日本に帰るためにも……頑張ってレベルを上げて、魔王とダンジョンマスターを倒します」


 そう、日本に帰るには「帰還魔法の宝珠」という特殊な魔道具が必要らしい。

 それを手に入れるには、魔王やダンジョンマスターを倒さないといけないと私を召喚した魔法使いと王様が言っていた。

 ……正直、帰還魔法なんて無いのかもしれないと薄々感じているのだけれど、今の私には1%でも日本に帰れる可能性があるのなら、諦めることは出来なかった。帰ることが出来るという可能性に縋らないと、ポキリと心が折れてしまいそうになるのが、自分でも分かっているから。


「――さぁ、気持ちを入れ替えて、お昼ご飯食べましょう♪ 生きていないと、日本に帰れないですからね!」

 空元気を出す私に、サフランさんが少しだけ困ったような表情を浮かべたのが分かったけれど……私は見なかったことにした。そう、見なかったことにした。


 ◇


 ソレに気付いたのは、昼食を食べ終えて、木製の食器を滝のほとりで洗っている時だった。私はすぐに、隣で食器を洗っているサフランさんに声をかける。

「あのっ、サフランさん? あそこに洞窟のようなものがありませんか?」

「どこですか?」

「あの滝の右側の、滝の後ろの方です」

 そう言いながら、洞窟っぽいものが見える場所を指で差す。

「ん~、あっ! 本当ですね! ――リカルド! ケイン! ちょっとこっちに来てください!!」

 サフランさんに呼ばれて、出発の準備をしていた2人が私達のところにやってくる。


「サフラン、どうかしたのか?」

「リカルド、あっちの方を見て下さい。勇者様が気付かれたのですが、滝の裏に洞窟らしきものがあります」

「ああ、本当だ!」

「どこだ? 俺には見えないが……?」

「ケイン、あそこです」


「――って! おい、マジかよッ!!」

 サフランさんの指さした先をみて、ケインさんが笑顔で絶叫した。

 そして、そのまま興奮したように言葉を続ける。

「あれ! おい! マジで!」


「ケイン、どうかしましたか?」

「落ち着いて下さいよ、副隊長」

 サフランさんとリカルドさんの言葉に、ケインさんが小さく息を整えて口を開いた。

「……すまない。ちょっと取り乱してしまった」

 苦笑しながらケインさんが理由を私達に説明しようとする。


「ありゃ、多分――いや、90%以上の確率でダンジョンだろうな。それも、まだ誰も踏み込んでいない未発見のダンジョンだ!」

「「!? それ本当ですか!!」」

 サフランさんとリカルドさんが、顔色を変えて大きな声を出した。

 ……なんでみんな、こんなにも驚いているのだろう?


「えっと、『ダンジョン』ですよね? ダンジョンマスターが居る、あのダンジョン?」

 私の言葉に、ケインさんが頷く。

「ああ、そうだぜ勇者様。しかも、未発見のダンジョンでほぼ確定だ! ここら辺にダンジョンがあるっていう話は聞いたことが無いし、近くのテトラ村の冒険者ギルトでも何も言われていないからな♪」

 興奮した様子で、若干早口になっているケインさん。何というのか、3人の熱量が半端ないです。


「えっと、未発見ダンジョンだと、何か良いことが有るんですか?」

「おぅ! 勇者様は知らなかったか?」

「勇者様、未発見のダンジョンを見つけて、冒険者ギルトや国に報告した者は報奨金がもらえるのですよ♪」

「そうです! 普通でも金貨300枚から400枚! ダンジョンの規模によっては、報告だけで900枚以上も夢じゃありません!」

「……そ、そうなのですね……」


 なんだかみんなの目が「¥ω¥」って感じでおかね()色に染まっている気がするけれど……身の危険を感じるから、突っ込むのはやめておこう。金貨300枚って、確か日本の金銭感覚だと900~1000万円だったかな?

 うん、そりゃ目の色変わっても仕方がない。

「それじゃ、ダンジョンに入ってみるか?」

「「ええ。入りましょう♪」」


 3人の言葉に、思わず私は身構えてしまった。

「入っても、大丈夫なんですか? その、誰もまだ入ったことの無いダンジョンなんですよね? 危険じゃないんですか?」

 何だか、かなり嫌な予感がする。でも、ケインさんは笑顔で私の言葉を否定した。

「浅い階層なら大丈夫だ。大規模なダンジョンでも、入り口付近ならゴブリンとかスライムくらいしか出てこないからな」

「ケインの言う通りです、勇者様。俺やサフランもいますのでご安心ください」

 リカルドさんの言葉に、サフランさんも口を開く。

「そうですね……勇者様のレベルアップや経験を積むためにも、ここでダンジョンに入るのはアリだと思います。でも――いかがされますか、勇者様? 最終的に決めるのは、勇者様自身です」


 何というのか、話を振られてしまったせいで、全員の視線がこちらに集まる。

 かなり気まずいけれど……応えない訳にはいかないよ。みんなの目が、ギラギラしているから。

「入り口付近は、危険は少ないんですよね?」

「ああ、魔物のレベルも低いし、危険な罠も少ない。1~3階層までなら、今の俺達でも余裕だろう。証拠を見つけたらテトラ村に帰還すればいいしな♪」

 ダンジョン攻略の経験が豊富にあるケインさん。

 この1ヵ月の旅の合間に、色々なダンジョンの話を私にしてくれた。その数は両手と両足の指では収まらない。だから、そんな彼が大丈夫だと言うのなら、リスクは低いのだろう。


 そんな風に考えた私に、リカルドさんが安心できる説明を追加してくれる。

「ちなみに浅い階層でも、ダンジョンである証拠は見つけられます。ダンジョン産の宝箱から出てくるアイテムは、鑑定したら『●●ダンジョン産の××』って表示されますので。勇者様は【鑑定】をお持ちですし、宝箱でアイテムを見つけたらテトラ村に帰還すればいいと思います」


 それに頷きながら、サフランさんも言葉を口にした。

「勇者様、出来たばかりのダンジョンなら、出てくる魔物は弱い個体ばかりです。経験を積むという意味でも、レベルアップするという意味でも、未発見のダンジョンはおすすめですよ?」

 うん……目が「¥ω¥」って感じでお金マークになっていなければ、説得力があるのに……。


 でも、今ここで私に拒否権は無いだろう。下手に拒否したら、コロコロされる――までいかなくても、今後の人間関係にひびが入りそうだし。

「……分かりました。サフランさんの言う通り、私は勇者としてダンジョンマスターを倒すために、いつかはダンジョンの経験も積まないといけないのも事実です。なので、準備を整えたら中に入ってみたいと思います」

 私の言葉に、3人が頷いた。とりあえず、今は食器を綺麗に洗って片付けないといけない。そして、武器や防具などの装備のチェックをしてから、中に入ろう。


 ◇


 滝の裏の洞窟に入ると、すぐにケインさんが頷いた。

「ここ、ダンジョンで間違いないぞ? 魔素の濃度が外とは明らかに違うし、ダンジョンの匂いがするから」

「「ぼそぼそっ(やったーー!!)」」

 ダンジョンの中だからだろう、小さな声でサフランさんとリカルドさんが歓声を上げた。

 流石に、お金に目がくらんでいたとはいえ、ダンジョンの中で魔物を呼び込むようなことはしたくなかったらしい。でも、どうやって普通の洞窟とダンジョンを見分けたのだろう?


「えっと、ここはダンジョンなのですか? 私には、違いが分かりませんが……」

「そこは経験の差だな。ダンジョン攻略歴が俺と勇者様とは違う訳だし、すぐに分かられても俺はちょっと自信を失うぞ?」

 そう言って笑うと、ケインさんが言葉を続ける。

「ちなみに、俺達はラッキーだ。このダンジョン、まだできたばかりっぽい」

「そんなことも分かるんですか?」


「ああ。壁を削ってみると分かるんだが、古いダンジョンは壁を壊すことができない。でも、この洞窟はダンジョンの匂いがするのに、壁を剣でひっかいても傷をつけることができる。最低でも、出来上がってから3年以内のダンジョンだ」

 ケインさんの言葉に、サフランさんが反応する。

「ということは、ダンジョンマスターのレベルもそこまで高くないな?」

「ああ、3年以内のダンジョンなら、勇者様のレベルアップの状況次第で、俺達だけでも討伐が可能だ」

「王国軍で攻めた方が良いんじゃないか? ダンジョン攻略は、天使や勇者などの強者でない限り、安全な人海戦術が基本だろ?」

「いや、リカルド、それは悪手だぞ? 王都に伝令を走らせて報告することは大切だが、きっとこんな返事が返ってくる――『ダンジョン攻略を達成して、勇者様の功績とせよ!』ってな♪」


 ケインさんの言葉に、リカルドさんが首を横に振る。

「だが、今の勇者様のレベルでダンジョンマスターの討伐は危険すぎる」

「ああ、『今は』危険だな。――だからレベルアップが大切だ。そういう意味では、このダンジョンはレベルアップに最適だろ? ダンジョンの経験を積めて、おまけにダンジョンは魔物との遭遇率も高い」

「ふむ……俺達が頑張れば、短期間で行けるか」

 何かを納得した様子のリカルドさんに、ケインさんが笑顔を浮かべる。

「そう言うことだ♪」


 そして、リカルドさんが真面目な顔で私の方を向く。

「勇者様、今ケインと話していた通りですが、まずは当初の予定通りに勇者様のレベルアップを目標としたいと思います。そして勇者様のレベルが25を超えたら、ダンジョンマスターの討伐に向けた行動を始めたいと思います」

 リカルドさんの言葉に、私も覚悟を決める。ダンジョンマスターや自立型のDCは、人型をしていることが多いらしいけれど……私が日本に帰るためには、彼らを倒すことは避けられない。

「分かりました。まずは、レベル上げですね。頑張ります!」

「よろしくお願いします。それでは――「おいっ、銀色スライムだぞ!?」」

 リカルドさんの言葉を遮って、ケインさんが小さな声で叫ぶ。


 ……小さな声で叫ぶって、器用だな~と思いながらも、ケインさんの指差す方向を見てみると、銀色のスライムが5匹地面を這いずっていた。

「あいつらは弱い魔物だが、1匹でも倒せたら、勇者様のレベルは一気に3~5は上がるぞ?」

 ケインさんの言葉に、思わずゴクリと喉が鳴った。

 レベルが3~5上がる魔物が、なんと5匹。全部倒せたら、ダンジョンマスターの討伐が一気に現実味を帯びてくる。

「あっ、銀色スライムが逃げる!! 追いかけるぞ!!」

 そう言って駆け出したケインさんを、リカルドさんとサフランさんと私の3人も追いかける。


 途中、罠がある場所を騎士の3人に教えてもらって避けながら、もう少しで銀色スライムに追いつく――と思った瞬間。

 急に足元の地面の感覚がなくなった。

「「っきゃぁぁぁぁ~!!」」

「「うぉっ!!?」」

 私達4人の悲鳴が重なった直後、落とし穴の底に叩きつけられる――と思ったら、水が溜まっていて、衝撃を吸収してくれた。

 落とし穴の底に、竹槍とか土槍とかが埋まっていなくて本当に良かった。串刺し状態になると、私のレベルでは即死するから。……即死しないのも、ちょっと嫌だけれど。


 でも、ほっとしたのは間違いだった。何か身体がピリピリすると思っていたら、ケインさんが叫んだから。

「おぃっ、この液体、消化液だぞ!?」

「ぅぇっ!? それ、マジかっ!?」

「本当なの!? ケイン!?」

 慌てたような騎士3人の声。状況的に、かなり不味いのだなっていうのは理解してしまった。


「急いで上に上がるぞ! 幸い、そこまで強い消化液じゃないみたいだからな!」

 ケインさんの声に、3人で頷く。そして、ロープを身体に結び付けたケインさんが、短剣を両手に持って落とし穴を登り始める。

「できたばかりのダンジョンで良かったですね。古いダンジョンですと、短剣なんかじゃ登れないですから」

 どこかほっとしているサフランさんの声。

 皮膚がピリピリするけれど、状況的に最悪なのは回避できたと思って良いのだろう。


 そう感じた直後――身が竦む狼の遠吠えが聞こえて来た。

「「「ゥオォォォーーン!!」」」

 そして、落とし穴の上から数本の矢が降り注ぐ。

「――っ!? 落とし穴の上に、ゴブリンアーチャとコボルトアーチャがいるぞ!?」

 リカルドさんが叫んだように、落とし穴の上に残っていた魔法の光球が、落とし穴を囲うように立っているゴブリンとコボルトを照らしていた。

 すぐにケインさんが落とし穴の底に降りてくる。矢が降り注ぐ状態で、壁を登るのは自殺行為だから。


「リカルドとサフランは盾を構えて勇者様を守れ! 俺は魔法障壁を張る――っ!? 魔法が使えないだと!!」

「ちょっ、ケイン、早く障壁張ってよ!!」

 焦ったようなサフランさんの声。

 でも、魔法障壁はまだ張られていない。

「ダメだ! 魔力が吸い取られる! この落とし穴、魔法無効化空間になってやがるぞ!!?」

「――うそっ!? このままじゃ、私達、弓で殺されるわよ!?」

「っ!? ――石まで投げて来やがった!! このままじゃ、俺達、生き埋めだ!」


「いやぁぁぁっ!! 私、こんなところで死にたくないっ!!」

 気が付けば、思わず私は叫んでいた。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない。私は、生きて日本に帰りたい!!

「勇者様、大丈夫です、私達がお守りします!」

 リカルドさんとサフランさんの構える盾に、矢や投石が当たる音が響く。数は多くないけれど、連続して降ってくるそれのせいで、身動きが取れない。

 このままじゃ、消化液で体を溶かされるか矢や投石が頭に直撃して死んでしまう!


 絶望しかけた私の耳に、何かのぶしゅーという激しい音が聞こえてくる。その音がした方をみると、消化液の一部が激しく泡立っていた。

「っ!? 毒ガスか!?」

「不味い、息を止め――」

「っく、眠りのガスを、何故ゴブリンなんかが持ってiru――」

 騎士の3人が、いきなり倒れて消化液に頭から突っ込む。

 眠りのガスって聞こえたけれど、こんな即効性のあるガスは確実に体に悪いと思う。……って、現実逃避している場合じゃない!

「ふぇっ!? ど、ど、どうしよう!?」


 騎士3人が眠ったことで、もう私達は死んでしまうことが確定したのだろう。

 だって……さっきまでたくさん降り注いでいた矢や投石が、ぴたりと止んだから。それはつまり、知能が低いと言われているゴブリンやコボルトでさえ「もう、こいつら死んだな♪」って認識するくらいの状況なのだ。

「……うぐっ……ひぐっ……このまま、溶けて死ぬなんて、いやぁ……」

 諦めちゃいけないって分かっているのに、視界が歪んで動けない。


 いや、ダメだよ、私。

 ここで動かないと、みんな死んじゃう。

 私は、生きて日本に帰るんだ。

 だから――私はまだ、諦めない。生きることを諦めないッ!!


「サフランさん、リカルドさん、ケインさん、起きて下さいっ!!」

 うつ伏せで消化液に倒れ込んでいたサフランさんを助け起こす。仰向けだったリカルドさんとケインさんも、落とし穴の壁にもたれかけて呼吸がちゃんとできるように注意する。

 眠っている3人が起きるように、軽く揺すったり、頬っぺたをぺちぺち叩いてみる。

 そして――私は気付いてしまった。

 この落とし穴の底には、眠りのガスが充満していることを。

 状態異常耐性の装備を持っている私には無効だけれど、騎士の3人は、たとえ一度目が覚めたとしても再びすぐに眠ってしまうことを。


「いやだよぉ……こんなところで、死にたくないよぉ……」

 そんな風に呟いてしまったのがいけなかったのだろう。

 気が付けば、落とし穴の中がじわじわと暗くなっていた。

 直感的に上を向いたら……落とし穴の上にフタがかぶさるように、じわじわと穴の縁が狭まっていくのが見えてしまった。

「うそ、だよ、ね……?」

 うそだよね? うそだよね?


「うそだって誰か言ってよぉ! こんなの、こんな死に方、こんなの――」

 そして、真っ暗になる穴の中。

「*%&#”¥!?」

 悲鳴にすらならない声。

「――&%$¥+*……?」

 言葉にならない、ただの呟き。


 そして、私の心は『絶望という言葉』でさえ生ぬるい、真っ黒な何かに押しつぶされた。


 ◇


 どのくらい時間が経ったのだろうか?

 1時間かもしれないし、1日かもしれない。いや、もしかしたらたった数分しか経っていないのかもしれない。

 ピリピリとする皮膚の感覚だけが、私がまだ生きているという事実を教えてくれる。

「ぁぅ……っ!」

 感じる痛みが、徐々に強くなっている。

 多分、角質層が溶けて、皮膚を直接侵し始めたのだろう。


 魔法が使えない空間だから、回復魔法は使えない。

 でも、みんなのバックの中の体力回復ポーションを、自分を含めて誰にも使う気持ちが起こらない。

 だって、体力を回復しても、苦しむ時間が長引くだけだから。

「ぁははっ♪ ははははっ♪」

 人間、極限状態になったら笑ってしまうって本当だったんだ。目や鼻からは液体が流れっぱなしなのに、口と脳は笑っている。

 ああ、私はもう終わりなのだな。――そう思った瞬間だった。


「ぅにゃにゃ~~~~~~っ!?」

「っ、きゃぁぁ!?」

 悲鳴をあげながら、落とし穴の中に何かが、落ちて来た。

 落とし穴のフタが再度開いたことで、落とし穴の中に光が差し込む。……眩しい。

 そして、明るさに目が鳴れた私は、思わず声を出して呟いていた。


「……落とし穴の上から天使が降ってきた?」


 銀髪の長い髪に、獣耳と尻尾と天使の翼。神官服を着ているけれど、美人としか言いようのない整った顔立ち。なんだか、非現実的で――でも、少しだけ生きる気力が湧いてきた。

 ……私は、まだ、死ねないっ!



(第27話に続く)

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