第2話:「何でも言うことを聞くって言ったよね?」
「……これ、アカンタイプの召喚だわ……otz」
俺の口から思わずこぼれたその言葉に、赤髪の美少女はぷくっと頬を膨らませる。
「いけないタイプの召喚って、どういうことですか! 私ちゃんの召喚は、大成功だったんですよ!?」
「いや、ほら、異世界召喚って、アレでしょ?」
「アレって?」
この子の場合、本当に分かっていないみたいだ。「こてんっ?」って首を傾げて、油断しきった顔で俺の方を見ているから。
「……。俺、地球の日本って国に住んでいたんのですけれど……そこから異世界に勝手に連れて来るのって――」
「来るのって?」
「はっきり言って、誘拐ですよね?」
「はぅっ!? ゆ、ゆっ、誘拐!? 私ちゃんは、そんなつもりは――」
「無かったとしても、俺が住んでいた場所、日本って言うのですけれど……そこの法律だと『刑法226条:所在国外目的略取及び誘拐罪』ってのがありまして。『所在国外に移送する目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、2年以上の有期懲役に処する』――って決まっているんですよ?」
「ほぇっ?? んーっと、『ちょーえき』って何ですか?」
あれ、そこから説明するの? まぁ、面白そうな予感がするから、別に良いけれど。
「簡単に言うなら、檻の中に閉じ込められることですかね。誘拐だと、重罪ですし、最短でも2年間は檻の中ですね……残念ながら」
可哀そうな視線をあえて送りながら、俺は答えた。
正確には、檻じゃなくて刑務所の中だけれど。狭い空間に長期間も閉じ込めるのは、人権侵害ってやつになる。
でも、そんなことはここでは言わない。このままの方が面白sou――もとい、説明するのが俺的に難しいから、赤髪の美少女には正確に伝えられない。余計な――げふんゲフン、中途半端な情報は、この子がもっと混乱するかもしれないし、可哀そうだ。
「ふぇぇーーっ!? に、2年以上も私ちゃん、檻の中ですか!!?」
「残念ながら……」
ふふっ、何でだろう。夢の中とはいえ、自分の言葉で、美少女が小動物みたいに焦ってくれるのって――なんか楽しい。
ついつい可愛くて、もっと追い詰めたくなるけれど……さて、どうしようかな? ふむ、この子の出方次第だな。それとなく言葉を促してみよう。
俺が視線で言葉を促すと、しゅんとした表情で女の子が口を開いた。
「……あの、しばらくしたら、後で、水島さんを安全な場所に返しますから、だ、大丈夫になりませんか?? だ、ダンジョンマスターの任期が終わったら、ですけれど……」
「ふぅ~ん? で、ダンジョンマスターの任期って、どのくらいですか?」
「この世界をダンジョンマスターとして完全支配するまで……です。……多分、前例から考えて最短でも300年くらいかかりますけど……」
おいコラ、ソレは寿命的にも難易度的にも、完全にアウトで不可能ってやつだろ。っていうか、300年生きた前例があるんかいっ!
「前例って? 参考までに聞いてみてもいいですか?」
なるべく、怒っていませんよ~という風に声を掛ける。年下の女の子を怖がらせることは、『年上のお兄さんとしては一番しちゃいけない行動リスト』の上位に入っていると俺は思うから。
「あ、はいっ♪ えへへ♪」
こらこら、許されたと勝手に勘違いして、にぱっとした笑顔を浮かべないの! お兄さん、ちょっと意地悪していることに、罪悪感を覚えるじゃないですか。
「えっとですね~、25000年くらい前にダンジョンマスターだった人が、当時世界の半分を支配した時が150年くらいかかったそうです。だから、その、たぶん2倍の300年あればいけますっ!!」
ドヤ顔の残念な子に、どこから突っ込んで良いのか俺には分からない。
「……。25000年前と現在のアクアマリンで、文明――簡単に言うなら知的生物の武器や防具や戦略とか知識とかは――進化していないのですか?」
「ほぇ? そんなわけないじゃないですか~? 彼ら、バリッッバリに進化していますよ? 類人猿みたいな状態から人間になるくらいには!」
「……まずは、こっちにも『類人猿』って言葉があることに驚きを隠し切れないですが……その前に。きみのいう所の25000年前と現在じゃ、ダンジョンマスターとしての攻略難易度、全然違いますよね? それに、ダンジョンマスターになったら人間の天敵認定も間違いなしですから、世界征服をするとか言ったら、生命の危険も半端じゃないほどありますよね?」
「えぅ、あぅ、ぅん……てへっ☆」
こいつ、確信犯かよ。……それなら。夢の中だけど、もう少し追い詰めても良いよね?
「あー、ちなみにですが。俺の国では、国外に連れ去るタイプの誘拐は、安全な場所に解放しても罪の減刑はありませんよ? 親告罪でもありませんし、良かったですね~、地球の日本では『懲役2年以上という犯罪行為』が現時点で確定していますよ♪」
「はぃ?」
「いや、だから、俺を誘拐した埋め合わせはどうするんですか? 誘拐したことがバレたら、きみは不味いことになりますよ?」
「ぅ、そっ、それは……水島さんが黙っていてくれれば大jy――」
「大丈夫? あっ、もしかして俺を利用するだけ利用したら、コロっとコロコロしちゃう感じですか? 笑顔で『黙ってて下さいね~? 痛くはしませんよ~』とか言って……」
「はぅっ!? そ、そんなつもりは、私ちゃんはありませんっ!! ち、ちがうのです! わ、私ちゃんは――」
……ふふっ、夢の中とはいえ、あたふたとしている美少女って、何か可愛いな。
そもそも分かっているけれど、この子は「そんなこと」は出来ないタイプだろう。どこか抜けているっぽいけれど、悪い子じゃなさそうだというのは、ここまでの会話とその表情で理解できるし。
それに、まぁ、夢の中だから、万が一があったとしても夢の途中で目が覚めるだけだ。
「さて、どうしましょう? 困りましたね……?」
ついつい可愛くて、この子でもっと遊びたくなる。でも、そんなことを知らない女の子はちょっぴり涙目になって胸を張る。
――って、この状況で、なんで胸を張るの? 開き直りですかっ!!?
驚いている俺を置いてけぼりにしながら、女の子が若干キレ気味に言葉を発する。
「もぅ! 分かったもんっ!! ダンジョンマスターになってくれたら、何でも、何でも一つだけ願いを叶えてあげますッ! 私ちゃんに出来ることなら、全力で何でも1つだけ願いを叶えてあげますからっ! ――男の人にはそう言えば良いって、ダンジョン女子の先輩が言っていましたもん!! 何か間違っていますかね!!?」
……あ~、何って言うのか、逆ギレしていても、可愛い女の子が男性相手にこの言葉を言うのはダメだと思う。あと、そのダンジョン女子の先輩は、『超肉食系』か『悪い先輩』のどちらかだから、きみの参考にはならないと思うよ?
なんてことは、面白そうだからあえて言わない。男の子なら、ここはお約束を楽しまないと♪
「ふ~ん? 何でも? 例えば?」
「ダンジョンの力で、売ったら一生使いきれないくらいの金額になる、金銀財宝に宝石を出してあげられますよ!?」
「で? 他には?」
「魔法っ! ダンジョンマスターにしか使えない、色々なモノを取り出せる魔法が使えますッ! 不老にもなれますよ!!」
「で? 他には?」
「……も、モンスター娘が! 可愛い、と~っても可愛い~モンスター娘が……えっと……」
「が? 何をしてくれるの? モンスター娘じゃなくて、きみが良いって言ったらどうなる?」
「その、あの、えっ、えっ、えっと……えぅ……えぅぅぅ(///ω)!!」
「……」
自分で言ってて遅延性の自爆をするなんて……可愛いよね。
でも、夢とはいえ年下の女の子に悪戯し続けるのは、何だか可愛そうになってきた。
うん、きちんとフォローして、この子の笑顔を見てから終わらせるか。深い眠りだったとしても、夢の途中で三回くらいジャンプしようとしたら、俺の場合、身体が反応して目が覚めるんだよね。怖い夢や悪夢を見た時には、大抵いつもそうやれば目が覚めるから。
――さて、お約束のトドメの時間だ♪ きみは、どんな反応を返してくれるかな?
「……さっき、何でも言うことを聞くって言ったよね?」
(次回につづく)