第17話:「部屋の奥の方にある、椅子に座って下さいな♪」
「それじゃ、俺達のダンジョンの修繕と改良を始めようか♪」
やらないといけないことはたくさんある。やるべきこともたくさんある。
思考を加速させた状態で、一気に済ませた方が良いだろう。
ディルが居てくれれば、加速していてもエゼルとのコミュニケーションにタイムラグは発生しないし、言葉にしにくいイメージも3人で共有することが出来る。何よりダンジョンの外敵に、弱点を晒す時間が短縮できるというのはメリットが大きい。
でも、そんな俺の言葉と思考をディルが止める。
「んー、おにーさん、ちょっとだけ待って下さい。……よしっ!! ダンジョンの隠蔽が完了しました!」
元気いっぱいなディルの声。その言葉通り、無事に隠蔽は上手く行ったようだ。
「ディル、隠蔽の他にも、何か優先した方が良いこと有ったかな?」
そんな俺の言葉に、ディルはこくこくと首を縦に振る。
そして、ビシッと人差し指を真っすぐ伸ばすと、真面目な口調で切り出した。
「――ダンジョンを触るのなら、『ちゃんと椅子に座った状態でお茶を飲みながら』にしましょう! 落ち着いて触らないとダンジョンの改造には時間がかかりますし、ずっとリビングで立っているわけにはいかないですよ!」
「え? あ、うん。ちゃんと椅子に座って打ち合わせをするのは大事だと思うよ?」
正直、ちょっと驚いたけれど……思考を加速させるとはいえ、落ち着いた状態で話せる方が良いのは事実だ。
そんな俺の視線に、ディルがにこっと笑って首を縦に振る。
「はいっ♪ それじゃ、リビングの奥の部屋に『ダンジョン作戦室』がありますから、そこで打ち合わせをしましょうっ!!」
「別の部屋で、話をするのか? リビングじゃ、ダメなのか?」
「そうですよ、エゼルさん。リビングでお仕事をすると、ONとOFFが混ざってしまって集中力が続きませんからね。仕事とプライベートを上手く両立させるためにも、お部屋を分けた方が効率は良いのです!」
「ふむっ、了解したのだ♪ だらだらと仕事をしても、逆に効率が落ちるもんな。仕事は短時間集中に限る♪ そして、その後に思いっきり遊んで食べて眠るのだっ(≡ω)b」
「……何というのか、エゼルさんが『遊んでいる』か『食べている』か『寝ている』だけのイメージが、私ちゃんの中でリアルに想像できてしまったのですが……今は、横に置いておきます。私ちゃん達の仲間になった以上、真面目モードな時間もそこそこ取ってくれると期待していますので」
多分、本人達は自覚が無いのだろう。ディルのナチュラルなディスりの言葉にどちらも気付かず、エゼルが少し自慢げに胸を張った。
「うむっ、ぜひ期待してくれ♪ エゼルの仕事は、掛けた時間に対してのクオリティーが高いのだっ!」
……それ、手抜きだよね? なんていうツッコミはしないでおこう。
エゼルがきちんと俺達の職場で結果を出してくれるなら、それがエゼルに合った仕事の仕方なのだろうし――何よりも、「余裕が残っている方が、いざという時に確実に動ける」と俺は知っているから。
毎日90%~120%で働いている人よりも、60~70%で働いている人の方が「いざという時の余裕」は全然違う。90%で働く人が良いとか、60%で働く人が良いとかそういうんじゃなくて……「俺とディルは85%で動くから、いざという時にはエゼル、100%で手伝って!」という役割分担が出来る仲間が居てくれることが心強い。
そんなことを考えていた俺に、ディルが声をかけてきた。
「おにーさんも、作戦室への移動、大丈夫ですか?」
「うん、俺もそうした方が良いと思うよ。あと、できれば作戦会議の前半だけでも思考を加速させた状態で一気に済ませたいと思うんだけれど、何か不都合があったりするかな? やるべきことは、なるべく早めに済ませておきたいんだ」
俺のDMの知識としては、特に何も不都合は無いと言っている。でも、知識と経験の違いをさっき思い知った以上、不明なところはディルに確認をとった方が良いだろう。
思考加速を使いすぎて、ある日ぽっくり大往生(?)なんていうのは嫌だから。
そんな俺の思考を呼んだのだろう、ディルが若干苦笑しながら、フルフルと首を横に振る。
「ぽっくり逝くことは無いので大丈夫ですよ? 多少、疲れてしまうことはあるかもしれませんが。……でも、魔物さん達の回復や蘇生召喚は、確かに短時間で済ませた方が良いですね。思考加速を使って済ませた方が、時短が出来て良いと思います!」
そこで言葉を区切ると、ディルがにこっと笑って俺達を誘う。
「それじゃ、色々なことを早く済ませるためにも、作戦室へ移動しましょうか。――こっちです、私ちゃんの後をついて来てください♪」
歩き始めたディルの後ろを、エゼルと一緒について行く。
カントリー趣味で固められたオシャレなリビングを横切って、木製の『作戦室』という札が下がったドアをディルが開けた。
「ここがダンジョン作戦室になります。今日から、私ちゃん達3人がお仕事をする場所ですね♪」
「おぉ~、こっちも広いのな?」
扉の中に広がっていたのは、エゼルの言うように、リビングと同じくらいの広さがある明るい部屋だった。でも、カントリー趣味だったリビングとは打って変わって、どこかの自然災害対策室か、悪役組織の秘密基地みたいな、男心をくすぐる雰囲気の部屋になっていた。
具体的には、ダンジョンの各場所を監視するように映し出している無数のモニター。ダンジョン内の生命体の数やHPなどを表示している無数のモニター。それらを操作するのであろうキーボードのようなもの。
さらに、会議用だろうか? 部屋の中心に置かれた大きなテーブルと椅子や、周囲の地形を立体的に表した模型までも置いてあって――俺のテンションは天井知らずで上がっていく。
――とはいえ、正直、ちょっと広すぎるような気がしなくもない。
「エゼルの言うように、3人で使うにしては、少し広すぎる感じだね……」
そう言って苦笑いする俺に、ディルが苦笑いを返してきた。
「もう! おにーさんとエゼルさんは、何を言っているんですか。今はまだ私ちゃん達は『ここにいる3人』と『後から紹介する魔物の幹部さん4人』の合わせて7人だけですが、これからたくさん仲間が増えて行く予定ですよ? 多分、1年後にはこの広さでも足りないくらいになっちゃいます!」
中学校の教室みたいな広さがある作戦会議室。それに入りきらない人数と言えば、50人くらいだろうか?
1年でそこまで仲間の数が増えるのかな……? と思わなくもないけれど、4年くらいしたら確実に「そうなっていないと色々な意味で危険だ!」と気付いたから、すぐに考え方を改めることにした。
いつまでも弱小ダンジョンのままでは、俺達に安心できる未来は無い。
相手に「地獄の入り口」とまではいかなくても、せめて「手を出したら痛い目にあう」と思わせて、強者でさえも手出しを躊躇するダンジョンを早急に構築しないといけない。
この世界には、エゼルのような強者がたくさんいるのだから。
天使、魔族、勇者、上級冒険者、龍族――そして108柱の神々と、神に成れなかった亜神達。
例外的に、神々を殺して魔神に成り上った「混沌なる者」という強者もいたみたいだけれど、彼女は2万5000年前に世界の半分を支配して、最終的には行方不明になった。
あと、忘れてはいけないのだけれど「他のDMとDC」も強力な外敵になる。
彼らは比較的ダンジョンの外に侵攻することは少ないと言われているけれど、年に数回はダンジョン同士で戦いをしているらしい。
加えて、この世界の最強種族の一角を担っている実力は本物だ。油断して良い理由なんてどこにも無い。
俺達の他にどれだけのDMやDCが存在しているのかは知らないけれど、確実に新米DMやDCの俺達よりも力を持っているであろうことは間違いない。敵対した時に自分の大切なものを守れるように、俺が出来ることは全てしておきたい。
そんな俺の思考をテレパシーで読んだのだろう、ディルが真面目な表情で口を開いた。
「さて、それじゃ――ダンジョン会議を始めたいので。おにーさん、エゼルさん、部屋の奥の方にある、椅子に座って下さいな♪」
(次回に続く)




