第15話:「今日からは3人のお家に――ようこそなのです♪♪」
「待ちませんっ! 私ちゃんのおにーさんを軽視するいけない駄犬には、お仕置きが必要なのです( д)!!」
鍾乳洞の片隅で、ディルがエゼルの首根っこをつかんで吠えている。
本来この2人の間には圧倒的なステータス差があるはずだけれど、今の状態を見る限りでは、まだエゼルのステータスは回復しきっていないのだろう。でも、もしも筋力のステータス差200オーバーを、気力と迫力だけでねじ伏せているのだとしたら……恐ろしいな。
俺は絶対にディルを怒らせないようにしよう。
「い~や~だ~!! エゼルは、別に水島おにーさんのことを軽くは見てないぞ!?」
「本当ですか? 忠誠心の重さはどのくらいですか?」
「どうだろう? てへっ☆ 多分、水には沈まない重さかもな~(≡ω)b」
ドヤ顔を作ったエゼル。彼女はこっちを向いているから、その顔だけは俺の方からも見ることが出来た。
……うん、取りあえずエゼルの顔に反省の色は無さそうだ。水に沈まないって、紙よりも軽そうな忠誠心だと思うよ?
それに対して、若干甲高い、ディルの笑うような声が聞こえてくる。
「ぁははっ……今からでも遅くありませんね~、手足をもぎもぎしてDPタンクにしてあげma――「うにゃぁぁぁっ!! ソレは嫌だっ!!」――なら、おにーさんに謝罪をして、もう一度忠誠を誓いなさいッ!」
「イエス、サー♪」
ディルから発せられている雰囲気が固くなる。
多分、彼女の顔は、盛大に引き攣っているだろうなと想像できた。
「サー? まだ、余裕がありますね~? 私ちゃんが、追い込みかけてあげましょうか??」
「ノー、マムッ!! ノー! ノー! ノ―!」
「ぅるさいです! ちゃっちゃとおにーさんに頭を下げてこないと、本当に手足をもぎmogi――「イエス、マム!!」」
手足をもがれてDPタンクになるのは、冗談でも嫌だったらしい。顔色を変えたエゼルが、若干引き攣った真面目な表情で俺の前に走ってやってきた。
「……ってことだから、悪かった、水島おにーさん。エゼル的にはディルの方が群れの最上位者だと思っていたんだが、別に水島おにーさんを軽視していたわけじゃないからな?」
あ、やっぱり俺とディルじゃ、扱いに差があったのね? おにーさんは、それがちょっと悲しいよ。
とはいえ、そんなことを馬鹿正直に言っても何も始まらない。
「そうだね……エゼルは狼の血を引く天使だから、群れという概念で仲間を考えてしまうのは、俺も分からなくは無いよ? でも、できれば上位者だとか下位者だとかで仲間の扱いを変えては欲しくないかな?」
俺は、若干不安そうな表情を浮かべたエゼルを安心させるために、彼女の頭を撫で撫でしながら言葉を続ける。
さらさらの銀髪とモフモフの銀耳が触っていて心地いい。
――って、今、自然にエゼルの頭を撫でていたけれど……コレ、よく考えたら日本じゃ事案かも? いや、異世界だからOKってことにしよう。俺が今いるのは日本じゃない。それに、エゼルも嫌がってはいなさそうだから、問題ないってことにしよう。
……はい、ディルとのスキンシップのせいだって分かっています。ディルの距離感が近いから、俺の「女の子に対する距離感」も一時的に狂っているんだと思う。
今後、大きなポカをしてしまわないように、気を付けておこう。
さて、思考が若干横にずれたのを修正しよう。エゼルとの会話の方が大事だ。
「ねぇ、エゼル? 今は『仲間』と言っても、俺とディルとエゼル以外は、ダンジョンの配下のモンスターや協力してくれる野生動物しか、俺達の仲間はいないけれど――」
あえてそこで言葉を区切って、続きを口にする。
「これから、どんどん仲間が増えていくと思うんだ。いや、ダンジョンを充実させるためにも、確実に増えて行かないといけない。そんな時に、相手の立場が上だからとか、新入りだからとかで区別するのは俺はしたくない。だから、エゼルにもなるべく俺と同じ価値観でいて欲しい」
「全員が横並びなのか?」
「う~ん、横並びというのとはちょっと違うかな。ダンジョン運営をしていく以上、命令系統はしっかりとしないといけない。上下関係も必要になる。でも、お互いがお互いを尊重できる関係でいたいんだ。『強者と弱者』とか『支配者と被支配者』とかじゃなくて、『お互いが思いやりを持てる関係』が理想だよ」
俺の説明に、エゼルが少し困ったような顔をする。
「……むずい。おバカなエゼルにも分かるように言ってくれ!」
「そうだね……『仲が良い家族みたいな関係』って言ったら伝わるかな? 温かくて安心できて、居心地のいい時空間。俺は2人やこれから加わる未来の仲間と、そんな素敵な関係でいられたら良いなぁと思っているよ♪」
「何となく言いたいことは分かるが、狼人族の家族とは違うんだろ? イメージが湧かない……(Tω)ノシ」
「それじゃ、ディルにテレパシーを繋いでもらって、俺の中のイメージを読んでみてよ?」
「うむ、初めてだが挑戦してみるぞ♪」
俺とD契約をしたことで、エゼルもディルや俺とテレパシーで繋がることが出来る。
ただし、俺のレベルが低い今は、ディルが居なければ、俺とエゼルをテレパシーで繋ぐことは出来ない。必ず、間にDCのディルを介在する必要があるのだ。
図に書いて例えるのなら「俺⇔ディル⇔エゼル」というような感じになる。
そんな訳で、俺の理想とする家族像をイメージしてエゼルに渡していく。
『エゼル? 聞こえるかな?』
『ああ、聞こえているぞ!』
『せっかくなので、私ちゃんも一緒にお願いします♪』
『了解。それじゃ、俺のイメージする、これからのダンジョンの仲間との関係を説明するね』
俺が考える「仲が良い家族みたいな関係」とは、普段は年上のお父さんやお母さん、お兄さんやお姉さんを立てるけれど――間違ったことをしていたらしっかりと指摘して、一緒に問題を解決していく。――逆に、良いことや嬉しいことが有ったら一緒に共有することで何倍にも温かくできる。――そういうのが理想だよ。
もちろん現実はそんなに甘くないし、仲が冷え切った家族も世の中にはたくさんあるけれど、少なくとも俺は「仲が良い家族みたいな関係でありたい」という気持ちを持ち続けることが、お互いに良い関係を保つために大切なんじゃないかなと思っている。
そんな前置きをした上で、「こういう家族や仲間なら嬉しい」というイメージと「こんな家族や仲間は嫌だ」というイメージをテレパシーで共有する。それに対して、ディルやエゼルの意見や価値観を聞きながら、しっかりと3人で共有していく。
実際の時間にしたら3~5秒くらいだったと思う。でも、思考が加速した俺達にとっては、とての濃密な時間だった。
「うむっ♪ エゼルは何となく理解したぞ!」
ちょっぴりドヤ顔のエゼル。明るい笑顔になっていた。
分かってもらえたことが嬉しくて、自然と俺も笑顔になっていた。
「ありがと。とはいえ、俺は誰かに畏まられるのはあんまり好きじゃないから、エゼルも程々にね?」
「もちろんだ♪ 水島おにーさんとは、いっぱい仲良くするのだ♪」
「私ちゃんも、おにーさんやエゼルさんと仲良くしますよ~♪」
そう言いながら、俺に抱き着いてくるディル。
スキンシップは嬉しいけれど――いや、今は、何も言わないでおこう。笑顔のディルは可愛いのだから。
ひとしきり笑いあった後で、ふと大切なことに気が付く。
エゼルのダンジョン侵攻やDPアタックを使用したことで、今、うちのダンジョンはボロボロな状態だということに。
早急に、防衛体制を再構築しないと不味いだろう。俺のDMの知識が正しければ、DPアタックで俺達の半径500Mの配下の魔物や動物に250前後のダメージが入っている。怪我をしている子達の回復と、死んでしまった子達の蘇生召喚をしておく必要がある。
特に、ダンジョン魔法である【蘇生召喚】は、死んでしまってからの経過時間が長くなると記憶が一部飛ぶなどの弊害が起こってしまうから、なるべく早めに対処しておきたい。
「ねぇ、ディルとエゼルに大切な話があるんだけれど、ちょっといいかな?」
「はい、もちろんです」「良いぞ?」
「エゼルの空腹状態もある程度改善したし、そろそろダンジョンの防衛体制を再構築しないといけないかなと思うんだ。エゼルの侵攻による被害の把握と被害の回復、今回の侵攻から得られた経験やエゼルの知識を基にしたダンジョンの改良etc……やらないといけないこともやりたいこともたくさんある。だから、落ち着いた場所で打ち合わせをしたいんだ」
俺の言葉に、ディルとエゼルが納得したというような表情を作る。
そして、ディルが口を開いた。
「いつまでも洞窟の中で立ち話もアレですから、私ちゃんがつくった拠点に戻りませんか? そこなら、落ち着いてお話が出来そうです」
「場所的には、近いのか?」
「歩いて1分~2分で着きますよ? だって、ここのフロアが最終フロアですからね♪」
「「……」」
何気なく明かされた恐ろしい真実に、俺もエゼルも絶句する。
俺は、逃げ場がもうなかったという事実に。エゼルは、おそらくだけれど、容易く最終フロアまで来てしまった事実に。
でも、そんなことをディルは全然気にしていない様子。
「さて、それじゃ早速、私ちゃん達のお家に向かいましょう!!」
そう言って歩き出したディルの後ろをついて行き、数分後に見えて来たのは……小さな可愛いログハウスだった。
ディルは、ログハウスの入り口の前で立ち止まると、にぱっと可愛い笑顔を浮かべて俺達を見る。
「今日までの私ちゃんのお城――そして、今日からは3人のお家に――ようこそなのです♪♪」
(次回に続く)




