第14話:「いけない駄犬には、お仕置きが必要なのです!!」
「エゼルは……初めてだから、優しくしてくれよ(///_ )」
――という言葉を聞いたのが少し前。
その後、色々あったけれど、無事に俺とエゼルの契約は完了した。
なお、契約をした後に「さん付けは他人っぽいから嫌だ。エゼルの事は、エゼルって呼んで欲しい」って照れた顔で真面目に言われたから、彼女を呼び捨てすることになったのだけれど……俺としては、まだちょっと慣れていない。
ほぼ初対面の女の子を呼び捨てにするってなんか抵抗がある。
「はぐはぐっ!! はぐはぐはぐっ!!」
ちなみに、無事にD契約を済まして仲間になったエゼルは、生活魔法の【洗浄】&【乾燥】でキシ〇トールを綺麗に落とした後に、俺がDPで出した『コンビニおにぎり』や『から揚げ弁当』を一心不乱に食べている。
キシ〇トールのせいで、かなりの空腹に襲われていたらしいから、敵対していたとはいえエゼルに対してちょっと申し訳ない気持ちになった。
だから、たんまりとブドウ糖と脂質を摂って下さい。俺の罪悪感を消すためにも。
「エゼル、ご飯が喉につかえないように、飲み物をDPで出そうと思うけれど、甘い果実を絞った汁と飲んだ後味がすっきりする緑色のお茶のどっちが良い?」
甘いジュースは当分補給ができるけれど、おにぎりに合うかというと各個人で意見が分かれると思う。俺はどちらかと言うとお茶の方が好みだが、子どもの頃やもう少し若かった時にはジュースでも大丈夫だった。
「緑茶よりもジュースが良い!!」
――うん、エゼルは若いんだな。鑑定による実年齢はン百歳だけれど。
あと、こっちの世界にも緑茶やジュースって概念があったことに少し驚いた。まぁ、当たり前と言えば当たり前なんだけれど、気を遣って「果実を絞った汁」とか言った自分がちょっと恥ずかしい。
「分かった。【みかんジュース】と【ぶどうジュース】と【りんごジュース】を出しておくから、飲み比べてみてね」
「ありがとうなのだ(≡ω)!」
6DPを消費してペットボトル入りのジュースを3本出してから、まずはぶどうジュースをプラスチック製の使い捨ての紙コップ(?)に入れる。
プラスチック製なのに紙コップって言ってい良いのかは謎だけれど、今は深く考えないことにしよう。機能性が良ければ問題ないのだから。使い終わったら、気軽にダンジョンに吸収させて処理することも可能だし。
「ぶどうジュース、入ったよ?」
「ありがとうなのだ!――ごきゅごきゅごきゅ……ぷは~っ! めちゃくちゃ美味いぞ、このジュース(≡ω)!!」
「良かった。他にも【みかん】とか【りんご】もあるから、自由に飲んでね?」
「もちろんだ!」
「ちなみに、一通り飲んでみたら、それぞれのジュースを混ぜて【ミックスジュース】にするのも美味しいよ?」
「っ!? 水島おにーさん、マジで天才だなっ!! 美味しいジュースに無限の可能性を感じられるなんて、芸術的ですばらしいぞ!!」
「あははっ、ありがとうエゼル」
ジュースを3種類出しただけで「無限の可能性と芸術」なんて言われてしまうと、何というのかこそばゆくてコメントに困る。
「時間はたっぷりあるから、エゼルはゆっくり食べてね?」
「もちろんだ♪ はぐはぐはぐっ!」
エゼルの方が再び食事に集中し出したのを確認してから、そんなエゼルのことを優しい目でずっと見守っていたディルの方を俺は見る。
「ディル、何とか良い感じに収まったね。最初は、どうなるかと思ったけれど」
「はい。無事におにーさんと契約も出来ましたし、心強い仲間も出来ましたし、エゼルさんには感謝したいです♪」
「まぁ、そうだね。俺もDMとしての覚悟が決まったし、ディルやエゼルの笑顔を守って行きたいと思っているよ」
「私ちゃんも、おにーさんのために頑張ります!」
笑顔でぎゅっと拳を握るディル。
その様子が何か無性に可愛くて、気が付けば自然に、ディルの頭を撫でていた。
「むーっ! おにーさん、ここは頭を撫でるんじゃなくて、私ちゃんをぎゅっと抱きしめるオイシイ場面ですよ??」
俺の頭の中を覗いたのだろう、ディルがそう言ってわざとらしく頬を膨らませた。
「ありがと、ディル。でも、今はこうさせて?」
本当は、ぎゅっとしたい気持ちもあるけれど、年下の女の子にそれを「自分から」しちゃうのは、なんかダメな気がするんですよ……法律というか、青少年なんちゃら条例的な感じで。
「……仕方がありません。ヘタレおにーさんには、私ちゃんからアタックしないとダメみたいですね♪」
そう言うと、顔を赤らめたディルが俺の腕の中に入ってきた。ぎゅっと俺を抱きしめて、顔を胸にうずめたディルの破壊力に、思考が一瞬だけ停止する。
そして再起動した俺の顔をくすぐる、ディルのリボンと女の子特有の甘い匂い。
「ディル……色々とゴタゴタしていたから、改めて言うよ。――俺と契約してくれてありがとう」
彼女の背中に回した腕に軽く力を込めながらそう言うと、ディルが俺の腕の中で小さく頷く。
「ハイっ♪ 私ちゃんも、おにーさんと契約できてありがとうって感じるのです!! 私ちゃんの隣に立っているDMは、おにーさんじゃなきゃ絶対に嫌です♪」
嬉しそうなディルの声を聞いて、もう少しだけこうしていたいと感じてしまう俺がいた。
正直、エゼルが居る前でディルとイチャつくのはどうなのかな? と頭の中の小さな天使が訴えていたけれど、「無事に生き残れた安心感を共有する方が大切だ」という小さな悪魔の声の方が、今の俺にはすんなり受け入れることができた。
「はぐはぐはぐっ! はぐはぐ――ごきゅごきゅ!!――はぐはぐはぐっ!!」
喉を潤すジュースが加わったことにより、食べる速さが目に見えて加速しているエゼル。
「エゼル。そんなに急いだら、喉に詰まらせるよ?」
心配になって思わず声を掛けていた。自然と、抱き合っていたディルを解放することになる。
流石にディルを抱きしめたまま、他の女の子(しかもキスした相手)と会話出来る精神力は俺には無いから。
するとエゼルから、短い返事が返ってくる。
「大丈夫なのだ!」
「そっか。気を付けて食べるんだよ?」
「もちろんだ!」
「いっぱい食べて下さいね~」
ディルの言葉に、エゼルが手を止める。
そして口元をお弁当に付属していた紙ナプキンで拭うと、ディルの方を見て笑顔を浮かべる。
「ああ♪ 水島おにーさんの故郷のご飯って、本当に美味いのな!! これだけで2人の仲間になった甲斐があったと思うぞ!!」
とっても素敵な笑顔。
……あれ?
「はいっ♪ これからも、私ちゃんとおにーさんが、たくさん色々な美味しいご飯を食べさせてあげますからねっ。だからいっぱい、ダンジョンのお仕事も頑張って下さい♪」
「ああ! エゼルは頑張るぞ♪ 天界には『働かざる者、食うべからず』ということわざもあるからな(≡ω)b」
それ、日本のことわざなんだけれど……まぁ、オタクネタも普通に知っているエゼルの事だから、あまり深く突っ込まないでおこう。その方が、エゼルと付き合っていく中で新しい発見や意外な事件が起こって楽しそうだから。
案外、昔の天使が日本人の転生者とかに聞いたのだろうけれど。
……っていうか、今重要なのはそんなことじゃない。
「はぐはぐはぐっ! ごきゅごきゅ!」
再び食事に戻ったエゼルに声を掛ける。
「エゼル?」
「ん? なんだ?」
コンビニおにぎりを両手に持った状態で、エゼルが俺の方を見た。
「美味しい?」
「ああ、美味いぞ?」
そう言うと、俺から視線を外してコンビニおにぎりを幸せそうに頬張るエゼル。
……やっぱり。なんというか、俺とディルじゃ「対応」が違いませんか? エゼルさんよ……。
「これはいけませんね! おにーさんを軽視するなんて、きびし~躾が必要です!!」
ぽつりと聞こえたディルの真剣な声。
ディルが、手を勢いよく合わせて「パシン」という軽い音を立てる。食事に集中していたエゼルの両目とケモ耳がディルの方を向いたけれど、食事をする手は止めていない。
「エゼルさん?」
「ん? 何だ、ディル?」
食べる手を止めて、口元を紙ナプキンで拭うエゼル。その目には、若干の警戒が混じっている。
そんなエゼルを見て、にぱっと可愛い笑顔を作るディル。
……何というのか、その笑顔が逆に怖い。
「エゼルさんに、ダンジョンで生きる者として『守らないといけない大切な知識』をお伝えするのを忘れていました♪ 多少ご飯を食べて体力も回復したところですし、ちょこ~っとあちらで、2~3分だけ話をしましょうか?」
「ああ、分かった。まだ、腹八分じゃなくて腹半分くらいしか食べていないから、手短に頼むぞ♪」
「もちろんです。手短に研修を済ませますよ♪」
そう言って笑うと、ディルはエゼルを引きずって鍾乳洞の大きな岩の陰に連れて行く。
「なっ、ちょ、まっ、待ってくれ!!」
がしっと首元をつかまれて、引きずられるエゼルが抗議の声をあげている。でも、聞こえて来たディルの声は、かなり怒っている声だった。
「待ちませんっ! 私ちゃんのおにーさんを軽視するいけない駄犬には、お仕置きが必要なのです( д)!!」
(次回に続く)




