第11話:「コレ、小麦粉ですよ?」「知っている!(逆ギレ)」
『――おにーさんの1番は、私ちゃんですからね。忘れないで下さいっ♪』
その言葉と共に、加速していた思考を通常に戻す。実際の時間にして約1秒も無い時間だった。
幸いなことに、ケモ耳天使のエンゼル・マーブルさんは俺達が会話していたことには気づいていない様子。さっきの俺の言葉――「背中を預けられる仲間が欲しい」という言葉――に対して、何かを考えているみたいだ。
雰囲気的に、今はあえて何も話さずに、相手から話してくれるのを待っていた方が良いだろう。
そんな風に考えて、10秒くらい経った時だろうか? エンゼル・マーブルさんの方から話しかけてきた。
「なぁ、エゼルが本当に仲間になると、お前は思っているのか?」
「俺は思っていますよ? それに何事も、まずは『相手に自分の気持ちを伝えないことには』始まりません。交渉相手か自分のどちらかが超能力者で、相手の気持ちや考えていることを、察知できるのなら別ですけれどね」
「ふふっ♪ エゼルは超能力者じゃないな。ただの天使だ」
「俺も似たようなものです」
一応、ディルとはガチでテレパシーで繋がっているけれど、DMである俺の配下や「とある方法で登録した仲間」以外には、この能力は使えない。まぁ、そのうちエンゼル・マーブルさんには仲間になってもらうつもりだけれど。
「お前は、何でエゼルを仲間に欲しいんだ?」
「そうですね……正直に言うなら、俺達はご存知の通り、新米のダンジョンマスターとダンジョンコアです。普通に戦ったら、貴女どころか、そこら辺の普通の中堅冒険者にさえ負けるでしょう」
「……? 多分、それは無いな。お前の場合、きっと何らかの攻撃方法を思いついて相手を無効化させるだろ? 現に、こうしてレベル200以上の差を覆して、エゼルを無効化しているし」
「それじゃ、俺達のこと、認めてくれますか?」
「もう認めているぞ? 強敵としてな(≡ω)b」
「仲間としては、どうでしょう?」
「……一応、これでもエゼルは天使なんだけれどな。DMやDCの仲間になる天使なんて、歴史上数えるくらいしかいないぞ?」
「数えられるくらいはいるんですね。残念です――」
あえて言葉を区切って、続きを口にする。
「――俺が歴史上初の『天使を口説いたDM』じゃないことが♪」
「ふははッ! やっぱり、お前は面白いのな♪」
「笑ってもらえて良かったです。真顔で返されたら、辛いところでした。それじゃ――「ひと思いに、エゼルを殺ってくれないか?」」
柔らかい雰囲気の中、俺の耳に聞こえたのは、ケモ耳天使のエンゼル・マーブルさんの真剣な声だった。
一瞬で、周囲の空気が冷たくなる。
「エゼルは落ちこぼれの天使だが――いや、落ちこぼれ天使ゆえに、天界を裏切るようなことは出来ない。もしもエゼルがお前の仲間になったら、天界は堕天したエゼルのことを絶対に殺そうとして放っておかないだろうし、お前達もそれに確実に巻き込まれる」
悲しそうな表情で言葉を区切ると、エンゼル・マーブルさんは小さく息を吸って、続きを口にした。
「エゼルは、お前達のことが正直、嫌いじゃない。本気で『来世で、味方同士で出会えたら面白いだろうな』とも考えた。だから――お前みたいな男に殺られるのなら、エゼルは本望だ」
どこかすっきりとした、覚悟を決めた表情。
エンゼル・マーブルさんの意志はかなり固そうだ。どうやって説得しようかな? これは、ちょっと無理かな?――と思った瞬間、ディルが横から口を挟んだ。
「やられるのが本望って――そんなのダメです(///Δ)!! もっと自分の心と身体を大切にして下さいっ!!」
顔を真っ赤にして、全力否定をする熱いディル。
何だか、俺の気持ちも熱くなってくる。
そうだよ、諦めちゃダメだよね。熱い気持ちでぶつからないと、こういう時はダメだ!
ケモ耳天使のエンゼル・マーブルさんも、目を見開いて固まっている。そして、その瞳は少しだけ揺れていた。
「おにーさんに犯ちゃっていいとか!? 私ちゃんは、み、みみっ、認めませんよッ!!?」
ん? あれ? えっと……あっ!!
「ディル!! そっちの『ヤる』じゃないからッ! 空気読んで!」
もうすでに、かなり微妙な空気が俺とエンゼル・マーブルさんの間には流れていたけれど。
「ほぇっ? でもっ、今っ、「ヤられる」のが本望って……私ちゃん、おにーさんにちょっと強引に押し倒されちゃうのが楽しみだから――って、何恥ずかしいことを言わせるんですか~、おにーさんのエッチ~(///ω)ノシ」
うん。「ポンコツエロ妄想系吸血姫」という素敵キーワードが頭に浮かんだ。
でも、一言だけ言わせて。
――ごめん、マジで空気読んで。
ポンコツが可愛いとか言っていられる余裕は一切無いですからね、今のこのタイミングでは。
あと、何か物凄い願望がポロポロこぼれ落ちてたような気がするけれど――おにーさんは良い人だから、聞こえなかったよ。
「……コレは、エゼル的にどうしろと言うのだ(≡ω)?」
微妙な空気の中、ケモ耳天使のエンゼル・マーブルさんが頬を引き攣らして、苦笑いを浮かべていた。
「すいません、うちのダンジョンコアが、本当にすいません」
「いや、まぁ、とりあえず、頑張れ!」
「……はい」
何て言葉を返したら良いかも分からなかったよ。本当に。
そんな俺が困っている様子を察してくれたのだろう、エンゼル・マーブルさんがゆっくりと口を開いた。
「こほん! それじゃ、話を戻して――サクッと殺してくれ。なるべく、苦しまないように頼むぞ♪」
「それは嫌ですよ、俺は貴女を仲間にしたい」
「天界が放っているはずがないぞ?」
「魔道具か何かで、監視されたりしているんですか?」
「いや、それは無いが……」
何というのか、どこか重たい話のはずなのに、さっきのディルの誤爆のおかげで、比較的穏やかな雰囲気で話が進んでいる。
「――んじゃ、大丈夫ですよ。エゼルさんの存在がバレるまでの間に3ヵ月くらいあれば、俺達が強くなれる『ちょっとズルいDM専用の裏技』をいくつか知っていますから!」
そう、俺が前の世界で読み漁っていたDMモノのWEB小説。その中には、俺のダンジョン運営に使えそうな知識が豊富に眠っている。急激なパワーレベリングの方法もあるし、ダンジョンモンスターの強化方法もあるし、対天使特化型の罠だって知っている。
そして、追加情報としての「トドメ」を俺はエンゼル・マーブルさんに投下する。
「ちなみに――ここでエンゼル・マーブルさんが消息を絶ったってことは、どうせいつかはバレるんです。そうなったら、討伐者がやって来るのも時間の問題ですよね?」
俺の確認に、エンゼル・マーブルさんがゆっくりと首を縦に振る。
それに俺も頷きを返してから、言葉を続けた。
「なので、本当に俺達のことを考えて心配してくれるのなら『エンゼル・マーブルさんがどうすると良いのか』……分かりますよね?」
そう、いつかバレる。そしたら、討伐者は確実に調査にやって来るだろう。その時に彼女が、このダンジョンンに「いる」のと「いない」のでは、防衛力&俺達の生存確率に大きな差が生まれるだろう。
小さな沈黙。でも、それを壊すようにエンゼル・マーブルさんが笑い出した。
「ふはっ! ふははっ! フハハハハハ!!――やっぱ、お前は最高だなっ♪♪ そう言われたらエゼルはお前たちの仲間になるしかないじゃないか♪ あと、エンゼル・マーブルは長いから、エゼルで良い。エゼルと仲が良い奴は、みんなエゼルのことをそう呼ぶからな♪」
「それじゃ、エゼルさんは俺達の仲間になってくれるんですね」
「だが断る」
「えっ?」
「――くっ、殺せ!!」
「……なぜに、ドヤ顔な笑顔なんですか? エゼルさん?」
この流れ、しかも何かを期待しているかのような、楽し気な表情。
流石に異世界の住人が相手とはいえ、「知らぬ存ぜぬ」で通す訳にはいかないだろう。なんかエゼルさんはノリノリみたいだし、ツッコミ待ちをしているのは絶対に間違いない。
多分、俺よりも前の異世界転移者が、日本の文化を輸出したのが定着しちゃったのかもしれないなぁ……。中二病とは相性が良さそうだもんな、魔法がある世界は。
でも、そっちがその流れをするのなら、俺は俺で対抗させてもらうよ? テンプレ的な悪役オークの役割を、面白おかしくやってあげようじゃないか。
「さぁ、エゼルをころせ(≡ω)ノシ」
「その前に、もう一袋行ってみようか? ほら、コレを吸ったら生きる気力が出ると思うよ?」
「――ひぃい! 止めろ!」
あれ? ちょっと遊んでみようかなと思ったのに、俺が空中から取り出した白い粉の小袋を全力で拒絶するエゼルさん。
いやいや、キシ〇トールは使わないよ? 多少おしゃべりの間に自然回復したとはいえ、まだエゼルさんのHPは500を切っているわけだし、だいぶ仲良くなったのだから。
「えっと、エゼルさん?」
「やめろっ! 止めるんだ! エゼルはお前なんかに屈しnai――「コレ、小麦粉ですよ?」」
「――知っている!」
……ガチで怒られた。何故に!?
(次回に続く)




