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&コハル・2

 病院には秋津先輩から連絡がいっていたようで、すぐにその病室に案内された。

 ノックをした真っ白な扉は薄く軽く、中からは幼さの残る澄んだ声が返される。

 掛けた手は歓迎されているように滑り開いて、無機質な壁と空気が目に入った。

 そして開かれた薄い桜色をしたカーテンの向こうに少女は居た。


 幼いころに遊んでいた、きっと一人の俺を見てられなかったのか、いつもまた会う約束をしてくれた。似たような少女にもその優しさを与えていた。

 そしてそれは、甘夏さんにも与えた悲劇を機にぷっつりと途絶えた。俺からしても、千冬ちゃんからしても、うっすらとした面影が残るくらいに淡いものだった。

 真夏の茂りに、花びらを思い遣れるだろうか。

 秋空の紅葉に、潜めた蕾が見えるだろうか。

 冬枯れの枝に、温もりの抱きを感じるだろうか。


 あの時のおぼろげな柔い陽光は、ずっと隠れていただけなんだ。

 時間を掛けて、また輝こうと努力をしていたんだ。


「レン君」

「コハル」


 コハルは、小さな若葉のようにベッドに身体を起こしていた。夢にまで見た少女が、いつか会えなくなって、いつもそばにいてくれる少女がそこに居た。

 どこまで両手を広げてもつかみ切れないふんわりした羽に埋もれた気分だった。

「お茶を待てなかったんですか?」

「うん。今日はベルベーヌとレモンバームだっけ」

「試験勉強も放って来ちゃいましたね」

 窓ガラスの日差しにさらさらとツインテールの毛先が小さな両肩をくすぐっている。俺も釣られて、いや、心の底から嬉しい。

 コハルは小鳥を隠すように据えていた手を、淡い桜色の唇に添えて目を細めている。

 雪解け水が輝くような笑顔にしばし魅入っていた俺に、その華奢な体を寄せた。細く品のあるローズマリーの枝先みたいな指だ。

「レン君、触れてもいいですか?」

 水よりも透明な手が伸ばされる。円盤状の関節フレームの付いていない真っ白な手だ。

 指先が触れ、摘まみ合い、握りしめた。

「触れ合えるって、いいですね」 

「うん」

 細く柔らかく優しい匂いがした。

「わたしの考えていること、聞こえますか?」

 コハルは悪戯っぽく問いかける。

 聞こえるはずがない。ここに居る少女はただの一人の人間なのだから。

「いや、聞こえないよ」

「そうですか……じゃあちょっとだけ、残念です」

「残念?」

「返事です」


 あ、と家を出る前にサクラに言ったことを思い出した。再び灼熱の血が顔中を襲う。

「あ、いや、えと、あれは……」

 あれは本心だ。でもだからこそ心臓が破裂しそうになっている。ああ、せっかく会えたのにコハルの目がまともに見れない。改めて心の声が聞かれることの何と恥ずかしいことかと、顔を掴むように覆い隠した。

「ひょっとして……アンドメイドが、好きなんですか?」

「いや、ちょっと待って、サクラはそんなに意地悪だったか?」

 くすっとコハルが笑った。桜の花びらがふわりと舞い上がっていて、返事を覆い隠していた。



「オルタメイド?」

 コハルはベッドの脇に置かれた両開きのタンスの前で得意気に構えた。

「じゃーん」

「おお、何か凄そうだ」

 そこには頭や手に付けられる感応装置と、それに繋がる演算と送信のための装置がずっしりと収まっていた。いかにもメカニックな風貌が病室にそぐわないので、パステルカラーのタンスに入れてあるそうだ。

「凄いんですよ。この機械を体に付けると、アンドメイドになれるわけです」

 コハルはふらふらと感応装置を取り付ける仕草をする。ベッドから立ち上がって歩くのはまだ辛いらしい。背中に手を添えてベッドに座らせた。

「ごめんなさい。リハビリは頑張っているんですけど……」

「無理はしないで。徐々に歩ければいいんだから」


 外の世界に出たかったんだろう。家族を亡くして新しい家族に引き取られて、それはそれで温かく迎えられた。秋津先輩のあのご両親だからきっと優しく受け入れてもらえているんだろう。それでも外の生活には憧れていた。

 そんなときにアンドメイドメーカーの、オルタメイドというシステムを勧められた。遠隔操作でアンドメイドを動かせて、感覚や意識もリンクできる装置だ。

 事故を起こした相手がこのメーカーの関連企業だったので、無償でこの装置を貸し出されたらしい。ほとんど寝たきりの本人に代わって、外の生活を体験できるわけだ。

「でも、こんなの参考書にも載っていなかったよ」

「はい。企業秘密らしいです」

「俺に教えていいのかな?」

「さあ。どうでしょう?」

 くすくすと二人で笑いあって、それは今までもあったことだけど、今日が初めてのことでもある。

「もっと凄い秘密もあるんですよ?」

「何だろう」

 扉がノックされてから、ここが病室であったことを思い出すくらいにコハルとの花吹雪のような空間に浸っていた。

 訪れた医師と何やらリハビリの予定を話すようなので、俺はいったん帰ることにした。

「今日はこれで。また来るから」

「はい……!」

 後ろ髪を引かれる思いでまた来ることを誓い、蕾が明るく音を立てて開くようなコハルの笑みを後に病室を出てから気づいた。

「帰ったらサクラとして家に居るじゃないか……」


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