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&秋津先輩・3

「すみません、出来ればでいいんです」

 本当に申し訳なく思うけど、『魔王』に事故の記事をもう一度見せてもらいに来た。

「いいわよ、あまり気を遣わないで」

 甘夏さんはカウンターの下から再びあの新聞の切り抜きを取り出した。

「もう何年も経つのよね、だから。……レン君のお願いなら何でも聞くわよ?」

 バイトは休みなのにやってきた俺に、甘夏さんは驚いたみたいだ。髪を整えると横からピンと寝癖が跳ねた。いつもしっかりしている甘夏さんでも寝癖をつけるとかあるんだなと、今日はこの小悪魔の笑みも可愛らしいものに感じた。 

「何か、気になることでもあるの?」

「気になるというか、確認ですね……」

 淡々と綴られる文章を指でなぞっていく俺に甘夏さんもその身を乗り出してきた。

 そして、この大事故で一人だけ『意識不明の重体』の文字で指が止まった。少女の名は、『コハル』だった。

「奇跡的に、ご両親に庇われるように助かった子ね」

「そう……なんですか」

「今頃どうしているのかしらね。……知り合い?」

「……もしかしたら、甘夏さんも知ってる人ですよ」

 切り抜きのクリアファイルを返して、ねずみ色のドアを開けた。

「あ、秋津さんって、この時に見た子だったのね……」

「そこに行ってきます」

 甘夏さんは秋津先輩を見たことがある。それはそのはずだ。事故の後に顔を合わせる機会があっただろうから。

 コハルは生きている。あの時から会えなくなった理由をただ俺は知らずにいただけだった。


 本当に、俺は鈍感だった。

 あの大雨に意識は空を越えた。

 心を研ぎ澄ました時に気づかなかったか。

 初めて会った時からのサクラの声を、その重なりを、秋津先輩の俺を試すような言動を。


 山門をくぐると、一辺の幽玄に変わった。白砂利に乗って褐色の肌が腿を上げている。

「少年」

「はい」

「用件は何だ」

 秋津先輩は上半身を左右にねじりながら近付いてくる。日々の鍛錬の跡がしっとりと汗を這わせていた。

「事故のことを知りました」

「待っていたんだぞ。もちろん私じゃないが」

 返す言葉もない。忘れていた、知らなかったなんて情けない言い訳にしかならない。


 もし秋津先輩の心の声が聞けたら、それで最初から分かっただろうか。

 サクラが最初から俺に教えてくれていたならばどうか。


 いや、きっと俺の方がまともに受け止めなかったかもしれない。会う勇気なんて持てなかったし、積極的に人と関わることを天秤に掛けていたかもしれない。

 心が聞こえることなんて、本人の意思以上に相手の受け取りようで変わる。見る景色は見方で変わるのだ。

 気づく機会が何度もあって、なによりも自分の考えが培われていって、それで今の俺はここにいるんだ。今はそれに自信を持とう。


「彼女は従妹だった。今は妹だ」

 秋津先輩は前屈をしながら顔を上げる。しっかりと俺を見据えて、妹を守る姉の目だ。

 事故の後、身寄りのなくなったコハルを引き取ったのだろう。

「会いたいか?」

 もちろん会いに来たのだ。前に来た時の、あの廊下のひっそりとした部屋に居るのだろうかと、その方向に目を向ける。

「今は居ない。というか殆どここには居ない」

「殆ど?」

 秋津先輩は腰に手を当ててゆっくりと長い息を吐く。うねった前髪が頬に垂れて、首に誇らしく巻かれた豹柄のタオルで顔を拭った。

「事故の後遺症でしばらく……今もだが、上手く歩けていないのだ」


 さわさわと緑樹が慰めるように鳴る。秋津先輩は病院の場所を教えてくれた。

 つまり、いや、それならば全て納得がいくものだ。あの思い出の少女、コハルはずっと病院に居て、俺のそばにも居た。彼女は俺に会った。でも俺は彼女に会っていない。

「会いに行くのだな」

「はい」

「着替えはまた今度取りに来い」

「あ、はい。またお邪魔します」

 秋津先輩は俺を試していた。直に会えない本人に代わって、俺がどんな奴かを見ていたのだろう。

「秋津先輩、ありがとうございます」

 この野生の瞳に、俺はどう映ったのだろうか。きっとサクラが思うように頼りない男だと、答え合わせをしたに違いない。姉妹で笑っただろうか、それとも呆れ返ったのだろうか。

「頼りのあるお姉さんで良かったです」

「お前は、本当に鈍感だな」

「そうですよね……」

 秋津先輩がただ動かずに俺を見据える。

 駆け出した背中で、風に乗った秋津先輩の声を振り切った。


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