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&サクラ・3

 ドラゴンバスケットとやらの決勝戦は、四つ葉高校の優勝、らしい。嵐のような大歓声とコートに渦巻いた取材陣が大会最優秀選手の秋津先輩を囲んでいるのを見て、俺たちは競技場を後にした。

 結局ドラバスのルールは何一つ理解できず、試合中に審判が側転でコートを横切ったり、互いの選手に紙テープを投げたりとしていて、気付いた時には大差で試合が終わっていた。


 けれど、それはもうどうでもいい。とても気がかりな光景が目に飛び込んだからだ。

 三つ葉市駅の帰りの電車の窓から、サクラの姿が見えた。そよ風になびくツインテール、外出にいつも着ていくセーター、まっすく姿勢を正した佇まい。遠目だったけど間違いない。現に今、この家に居ないのだから。

 黙って出掛けるのは別に構わないし、そもそも俺が禁止するようなことでもない。

 けれども、じゃあ一体何の用があって、と勘繰る気持ちを抑えられない。

 買い物なら近所の、いつもの四つ葉町の商店街でいいじゃないか。三つ葉市に遊びにでも行ったのか、それも一人で。悪いことでも妙なことでもないはずなのに、胸が煮えくる思いがする。そもそも今日は家事をやるって言っていたじゃないか。


 シンプルな掛け時計を何回目か見遣る。さっきとあまり時間は進んでいない。

 考えがぐるぐると頭を巡る。出掛けていたということじゃなくて、いま家に居ないことこそ、不安になっている原因なのか。じゃあ何でいないんだ。何で帰ってこないんだ。書き置きでもしていればいいじゃないか。

 サクラの考えていることが分からなくなってきた。心の声は聞こえるのに、それは考えていなければ聞こえないのだけど、それが実はとても大きくて、サクラは俺が知らないことに覆われていて、手が届かない場所まで遠く離れて行ってしまう感覚に、はっとした。

「嫌だ!」


 ふと思い出した。

 昔、同じ感覚になったことがある。

 寂しくて一人ぼっちになって、誰かが記憶からいなくなって、その時に自分の中の何かまでを失った気がした。

 心臓の中で育った果実が、腹を通り抜けてずどんと下へ落ちて潰れた。

 きっと手では掴むことの出来ない水のようなもので、自分の力ではどうしようもなく抗えないもので、幼い世界では理解もできなくて、握りしめたら壊れてしまう空っぽの矛盾をずっと持っていた。


 いつだったか、あのとき確かに二度と会えなくなった女の子がいた。


 顔を固い手で拭い、空気を吸い込んで頭を冷やす。浅瀬に沈むようにゆっくりと膝を曲げてソファーに座り直した。サクラと選んだソファーだ。このテーブルも、一緒に座り心地を確かめて、並んで座って、肩が触れて胸が跳ねる思いがした。新しい生活がこの子と始まることを想いながら選んだ。

 いつかの思い出の少女を、サクラで塗り替えようとしていたのか。

 ざらっとした生地を撫でて、顔を埋めた。これはサクラの匂いなんだろうか。


 あの子は今、どうしているんだろう。

 ただガラスのテーブルを眺めていると、サクラが帰ってきた。

「すみません、遅くなりました」

 寂しさが怒りになり切なさになり、遠い少女が目の前に、同じ空間に、手で触れられることに、心臓が皮だけ取り残されたように脈を打った。花びらを全てちぎられても花と呼べるだろうか。

 あらゆる気持ちをぐっと堪えて、サクラと普段通りに接することをきつく心に決めた。

「おかえり。今日さあ、ウィン太が……」


 何でもない会話を繋げる。今日あったことをただ述べているだけなのだけど、サクラは相槌を打ちながら楽しく聞いている。

「仲のいい兄妹なんですね(レン君、楽しそう)」


 サクラと話していると、俺も楽しい。


 サクラと一緒に居ると幸せを感じて、居なければ不安になる。少し肌が触れるだけで心まで踊って、もっと知りたいと思う。知らないことがあると恐ろしくもなる。

 俺にとって、サクラは特別なんだ。そしてその思いにしこりのようなものを感じている。アンドメイドだから?人間ではないから?違う、そういうことじゃない。きっと原因はサクラの側ではなくて、俺の中にある。

 ただ、これは俺の問題だ。俺こそ、自分に自信を持とう。




 『魔王』では、予約メモにない予約客を待っているところだった。

「連休中に、サクラちゃんとデートしなかったの?」

 甘夏さんはカウンターを拭く手を止める。並んだグラス同士がぶつかって響くような声で意外そうに驚いていた。

「デートって、そんなのありませんよ」

 遅い昼食を終えた常連客の膳を片付けながら自嘲するように溜め息をついた。店主の甘夏さんは客がいようがいまいがこんな調子で話しかけてくるので、話を聞いている常連客の中には俺に彼女を紹介すると言ってくる人もいる。今の客もその一人で、それが冗談なのか本気なのかは置くとして、勉強に専念しているからと愛想よく断ったところだった。

 甘夏さんは横着にカウンターの簡易調理台の中から客のテーブルまで拭こうと台拭きの手を伸ばして、落ち着いた色のエプロンから真っ白なシャツのボタンを覗かせている。

「せっかく可愛い子と同棲していて、青春真っ盛りなのに……」

 青春、最近どこかで聞いた言葉だ。汗をかくとか何とかを思い出して、今日のカラッとした暑さに袖を捲った。

 サクラとデートかと、ふと想像力を働かせてみる。悪くはない、というかきっと楽しいだろうな。前は買い出しが目的だったけど、何も予定を立てずに出掛けるのもサクラとならしてみたいと思う。今の正直な気持ちを箒を掴んで心に握りしめた。

「デートとか、したことありませんよ」

「ふうん、腕を組んで歩きたいとか思わないのかしらね」

 ああ、またどこかであった状況が浮かんだ。腕を組んで、というか獣のような女性に鷲掴みにされて連行されことはあったっけ。巨木のようにそびえるしなやかな秋津先輩の感触が二の腕に走って、闇雲に箒を払い出した。

「じゃあ、私でデートの練習する?」

「は?」

 何をからかわれるのかとぞっとしながらカウンターを伺った。また小悪魔の微笑みかと恐る恐る目を遣ると、甘夏さんは何も口にすることなく厨房に入っていった。俺の早とちりか、新手のからかい方か。

 そのまま目線を時計に移すと、予約の時間が少しばかり過ぎていた。

 サクラは今ごろ何をしているんだろうと思い描いて、頭を振った。このところずっと、サクラのことばかり考えている。


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