エピローグ
100円で回る洗濯機が止まるのを待ちながら、春の訪れの中うたた寝を堪能する。コインランドリーは休日の私の憩い。
しばらく金髪の青年とは会っていない。もう大阪へ引っ越してしまったのか、学生が忙しいのか、彼女でも出来たのか。いかなる理由があろうと、私には関係ないのだが。
ふわぁ、と一つあくびをして、惚ける頭を目覚めさせる。
「…ふぁうぇっ!?」
「フハハハッ。変な声ですね〜。」
目を開くと、ふにゃふにゃと笑う表情が特徴的な金髪の青年がたっていた。誰の存在も感じていなかっただけに、思わず大げさに驚いてしまう。
「なになに、まだ引っ越してなかったの?」
「お別れを言いに来たんです。」
「今日だったのね。」
「最後に、どうです?」
「やろ。」
彼は向かいに座ると、ポケットからいそいそとスマホを取り出して、連珠の準備をする。
「楽しかった。ありがとね。」
「まだ始まってませんよ。」
受け取ったスマホには、黒い石の置かれた盤面が映る。画面を撫でて、適当に白い石を置く。
「大阪ってどんなとこ?」
「俺も初めて行くんです。」
「え?実家でしょ?」
「ふふふ〜。」
最後まで彼の事を何一つ知らなかった。
そう分かった時に、彼に対して別れの寂しさを感じるのは違う気がした。この青年なりの優しさなのか。ただ素性を明かしたくないだけか。どちらでもいい。私は彼と連珠で暇を潰すだけの関係なのだ。それも今日で終わる。
「姉さんは三浦 吉平って人、ご存知ですか?」
「あー、最近ニュースになってたよね。両親殺した後、自分の開発した方法で自分自身も魚になったって。」
「でもその魚が本当に彼かどうか、まだ分かってないみたいですよね。」
「ね。」
ただの世間話なのだろう。
それがどうしたのか、聞こうとして止まる。
「私、あの人が子どもの頃に受けたインタビュー見て、羨んでた。ちょうど大学受験でさ。ああいう子は勉強なんて余裕なんだろうなって。頭いいっていいなーって。でも…私みたいな凡人じゃわかんない、いろんな悩みあるんだろうね。」
「…どーでしょうね。」
ずいぶんとあっさりとした返事。
ふにゃふにゃとした笑顔を向ける。
私も笑ってやった。
「俺の夢、美人なお姉さんとゲームする事だったんです。叶えてくれて、ありがと〜ございました。」
急にそんな事を言われて、私は一体どんな顔をしていたのだろう。真っ直ぐに見つめられて、思わず外に視線を逃してしまう。
「おーいっ!そろそろ出るで!」
白いワンボックスカー脇でこちらに手を振っている男性が目につく。
「…大阪弁…。」
「そろそろ行かなきゃ。続きはまた会った時にしましょ。」
相変わらずふにゃふにゃと笑う。自分の事は何も話さない、ずるい人間だ。そう思いながら、私はにっこりと笑った。
「姉さん、三浦 吉平は大阪でマジシャンになるそうですよ〜。」
「は?…へ?」
それが私に向けられた、彼の最後の言葉。
「吉平!お前、また人の名前で勝手に買い物したやろ!」
「い〜じゃないですか〜。もう一心同体なんですからー。」
「気色悪いねん!」
「てか、兄さん免許持ってたんですね。すごーい。」
「当たり前やろ。もーええからそっち乗り。」
吉平。
私の耳がおかしくなければ、あの男性はたしかに金髪の青年の事をそう呼んだ。
ワンボックスカーに乗り込んだ2人を呆然と見送る。緩いエンジン音が、桜の舞う4月の道をゆっくり進み消えて行く。
私は、今まで一体誰とスマホゲームを楽しんでいたのか。今となっては、確かめようもない。
「さて、乾燥。」
おわり




