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魚の奇術  作者: 6
4/6

3話

 それからどのくらい経っただろうか。

 相変わらず、日中は就活に明け暮れる。ひたすらにエントリーシートを記入し、スーツ姿で電車を乗り継ぎ面接へ挑む。口から出まかせの綺麗事を並べて、とりあえず間に合わせの答えを紡ぐ。正直やりたい仕事、興味のある仕事などない。そんなところが見透かされるのだろうか、就活の終焉は遠い。

 音楽をやっていたい。どうでもいい欲望が大きくなる。あんな曲を歌いたい、こうやってパフォーマンスしたい。

 こうして思う存分現実逃避を楽しんだ後は、決まって大学生活の後悔に浸った。もっと資格勉強が出来るように身を投じておけば、サークルにでも入っておけば、大阪から出なければ、親の言うようにしておけば、そもそも路上ライブなんて。

「そんなつまんない曲やめてくださいよー。」

 僕のメンタルなど微塵も気にしない吉平は、今日も穴だらけのジャンバーを羽織った酔っ払い老人の姿で目の前に屈んでいる。

「いっそ…吉平みたいになったら楽なんやろか…。」

「河川敷生活も悪くないですよ。」

「夢とか無いんか?やりたい事でもええわ。」

「ありますあります。カラフルライダーガムの大人買いに、エビス大丸ラーメンのキングサイズにチャレンジでしょ〜、美人なお姉さんとゲーム、それにー。」

「もうええ。僕が悪かったわ。」

 ふにゃふにゃ笑う彼の頭の中はいつだってお花畑だった。

「ほれ、今日はなんかやらへんの?」

「今日は兄さんと話そうかな〜と思いまして。」

「お客さんちらほら立ち止まっとるで。お前のパフォーマンス待ってるんや。」

 ぐだぐだと話している内に、人集りはあっという間に大きくなる。中には訳もわからず立ち止まった人もいただろう。

 どこからか手拍子が始まり、吉平のパフォーマンスを急かすようになっていた。

「あとでいくらでも話したるから。」

「俺はただのホームレスです。」

「マジシャンがマジックせんでどないすんねん。」

「やりたい時にやるだけですよ。」

 その言葉に、少しだけ、ほんの少しだけ、頭に来ていた。

 僕はそうやって、ここで路上ライブをしていたはずだ。なのに評価されず、ふらっと現れた吉平は連日歓声を浴びている。嫉妬心。そして、憧れ。

「…ほんま、わがままやな。」

「わがままに生きたっていいじゃないですか。」

 そう言った吉平のいつもの笑顔が、少しだけ困ったように見えた。

「…兄ちゃん!楽しい曲をやってくれよ!」

 いつものように酒に酔った老人の台詞を吐いて、彼はパフォーマーになる。

 陽気な曲を弾いてやると、吉平はそれに合わせて次々にマジックを披露していく。派手な演出は、回を増すごとにより魅力的になっていった。今ではここから駅が見えないほどに人が周囲を取り囲んでいる。

 こんなにも人を惹きつけるだけの魅力を持っていながら、なぜその技術を渋るのか。やりたい事で評価を受けていなかった僕には、皆目見当もつかなかった。

 それどころか、どこか吉平にも自分と同じように甘い考えがあって欲しいとさえ思っていたのだ。

 後ろでその様子を見つめながら、彼に感じた違和感を考える。困ったように笑う吉平を見たのは、それが初めてだったからだ。

「…一瞬だ。」

 吉平は羽織っていたジャンバーを脱ぎ、頭からそれを被る。すると、まるでジャンバーに押し潰されるかのように吉平の姿が飲み込まれていくではないか。あっという間にスルスルとジャンバーは地面に落ちた。老人に扮した吉平の姿は無い。ボロボロのジャンバーだけが残された。

 僕の奏でるギターの音が辺りに響く。冷静な時間。

 大方、いつものように吉平の姿で最後を飾るのだろうと期待していたが、今日は予想していなかった全く異なる方法でパフォーマンスが終えられる。

「はい、ここでそういう事してると迷惑だからねー。」

 ピーピーと甲高い笛の音が聴こえ、複数名の警官が観客を散らすのが見えた。

「あかんわ。」

 僕は慌ててギターケースと落ちていた老人のジャンバーを拾い上げて、一目散にその場を去る。振り返る事なく細い路地を走り、息を切らして公園に逃げ込むと、肩を大きく上下させて息を整える。

「はぁ…っ、はぁー、なんやねん…客がおらんかったら…取り締まりなんか来へんかったやんか…。」

 ベンチに崩れるように座りってしばらく、息が整い始めた頃、ふと握りしめていたジャンバーに目を向ける。

 ジャンバーはあまりに軽く、広げて見ても変わった所は特に無い。いつものマジックのタネが少しは見られるだろうかと考えたが、期待は呆気なく裏切られた。吉平が見ていたら何か言われそうだ、とあたりを必要に見渡してしまう。いない。

 吉平は、一体どこへ行ったのだろう。

 違う方向へ逃げたか。あのタイミングであれば、彼は逃げやすかったに違いない。心配する必要はないだろう。

「…はぁー。」

 頬を夜風が撫でる。ひんやり。全力で走った後の今は心地良かった。

 背もたれにどっかりと持たれて見上げた夜空には、ちらほらと星が見える。

「もーいっそ星になりたいで。」

 それ以降、吉平に会えなくなる、と僕は想像もしていなかった。


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