2話
大阪から出てきたのは、大学に通うため、と表向きの理由はそうなっている。
実際のところ、親元を離れてとやかく言われずに音楽を本格的にやりたい、とギター片手に家を出たのだ。大学生活、一人暮らし、音楽活動、不慣れなことを同時にこなして行く日々は最初こそ疲弊したが、慣れてしまえば思うがまま楽しめた。就活、という文字に悩まされるまでは。
路上ライブを雨の降る日以外毎日行っているが、立ち止まる人はまばら。ファンもいなければ、お金を入れ行く人もいない。事務所に送ったデモテープは数え切れないが、どこも返事は無い。ましてや音楽関係の仕事など夢。甘い考えだったと認識せざるを得ない。
それでも、諦めずに。否、やる事はそれしかない故、路上ライブをやり続けている。
そして、三浦 吉平は現れた。
彼はあの日から、決まって僕の路上ライブにやって来た。観客としてでは無く、出演者として。
ある日はホームレスの老人、ある日はピンヒールのキャリアウーマン、ある日はクマのぬいぐるみを持った子ども、背丈や声質など、どんなに違う人物が現れても最後は三浦 吉平に終わった。
最近では、彼見たさにライブに訪れる客まで出て来ている。
一体、僕は何のためにここで路上ライブをしているのか。
そんな事を考えるようになっていたが、吉平は一緒に居てとても心地良い人間だった。
週末の路上ライブを終えると、吉平は僕を飲みに誘うようになった。稼いだお金をその日の飲み代に充て、僕にパフォーマンスをさせてくれてありがとう、と感謝までするのだ。
今日も決まった居酒屋で酒を酌み交わす。
「俺は兄さんと会えて本当感謝ですよ。」
「何言うてんねん。それはこっちの台詞。ぜーんぶ吉平の客やで?」
「んな〜、兄さんの音楽が無かったら全然です。」
吉平に何度か名乗っている。しかし、彼は“兄さん”としか呼ばない。愛称のようなものだろう、と特段気には止めて居ない。
「兄さんって普段何してるんです?」
「学生。大学四年生や。」
「え!」
「何?吉平のが年上なんか?」
「…うふふふふ。」
「女子みたいに笑ってごまかすな!」
彼は小指を立てて、レモンサワーを口に含む。
「僕の事よりお前のことが知りたいんや。毎回毎回あんなエグいマジック見せられて、ほんまドッキリなんかと思ったくらいなんやで?」
「マジックってワクワクしますよね〜。想像してることよりさらに驚く事が起きると、感動しちゃって…俺、そういうの憧れてマジシャンになったんです!」
「やっぱプロやったんか。」
「あ、でもマジシャンとして生活なんてぜーんぜん。」
「なら何して暮らしてん?」
「河川敷でふらーっとしてるだけですよ。」
「そんなつまらん冗談、大阪人に通用する思うなよ。」
「本当ですよ?なんなら見に来ます?」
ふにゃふにゃとした笑顔に本当の事を突き詰めるのはバカらしく思えた。不服そうな表情を浮かべて枝豆を貪っていると、吉平は店員を呼び寄せてメニューを見ながら焼き鳥を頼んで行く。
「つくね2本、レバー、ぼんじりと皮。タレで。」
僕に目配せしたので、飲んでいたビールジョッキを掲げた。
店員が下がると、吉平は何やらニタニタした表情を向ける。
「俺、いいこと思いつきました!」
「何やねん。」
「どうせこうやって毎晩一緒にパフォーマンスしてるなら、いっそ一緒に住んじゃいましょーよ。」
「はぁ?何が楽しくて野郎2人で暮らさなあかんねん。せやけど、お前河川敷ふらついてるだけの文無しやろ?学生にたかろうなんてタチ悪いで。」
「俺のことは俺でやりますよー。なんなら兄さんの料理も洗濯も掃除だってしちゃう!」
「君、僕と結婚でもするんか?」
「夜は優しくして下さいね〜。」
「アホ!!」
ちょうど店員がビールを運んで来たので、僕は伏せ目がちにそれを受け取った。
「あのなー、これで大学入りたてやったら暇な時間なんぼかあったからお前のお遊びにも付き合えたで?もう四年や…現実見ぃひんと。音楽もやめなあかんと思ってた矢先やねん。」
「一年の頃にお会いしてれば、本格的に一緒に活動出来たと?」
「そーや。いくら吉平のマジックでも時間はどうにもならへんやろ?」
就職を開始して、すでに20社以上受けている。返答があったのは内8社。全て無縁の回答だ。
ため息混じりに頬杖を付いてそう言うと、吉平は相変わらずふにゃふにゃとした笑みを浮かべていた。
そして、耳を疑う一言を放つ。
「なりますよ?」
表情一つ変えずに、彼は言い放つ。
「なっ…お前はタイムジャンパーなんか?」
「エイプリルフール!」
「…せめて4月にやれや。」
肩をどっかり落とした僕を見て「いたずらが過ぎました?」と笑う彼を憎めない。
「お待たせしました〜。」
店員が吉平の頼んだ焼き鳥を持って現れた。
「…ありゃ、ありがと〜。」
「なんや?」
受け取った吉平の微妙な間に違和感を感じて、覗き込む。
皿の上に乗ったのは色の薄い焼き鳥、塩。
吉平の注文したのは、タレだったはずだ。
「おい、兄ちゃん。」
「あ、いいですよいいですよ。」
先ほどの店員を呼ぼうとする僕を止める。このくらい気にしない、とでも言うのか。彼は眉をキュッと寄せて困ったような表情をしながらしばらくその焼き鳥を見つめていた。やはり嫌なのではないか。
「やっぱり言うたろか?」
そんな僕の声に首を左右に振った後、彼は皿を覆うように片手を広げた。
「…一瞬ですよ。」
吉平の言葉に、呆然としながら心の高鳴りを感じる。
皿の端から手を空中でスライドさせると、その手を通り過ぎた所から、なにやらテラテラとした褐色に光るものが見え出す。タレだ。焼き鳥にタレが掛かっている。
呆気にとられた僕の言った一言は「吉平って合コンでモテるやろな〜…。」と、不甲斐ないものだった。




