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魚の奇術  作者: 6
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プロローグ

 大学受験に向けて必死になっていた、高校生の夏。

 混み合った電車内で英単語帳をペラペラめくっていた私は、首が疲れて顔を上げる。

 最近になって取り付けられたのだろう、液晶型広告に目をやると、今朝のニュースが取り上げられていた。

 “天才化学小学生 三浦みうら 吉平きっぺい”と、分かりやすい見出しに小学生の男の子がインタビューを受けている映像を見て、高校生の私には陰険な言葉だけが頭に浮かんでいた。


 あの子は今、どこで何をしているのだろう。

 そんな事を思い出す、社会人の休日。

 夏の暑い日差しがアスファルトを焼いている。何もしていなくても、汗が滲み流れた。蝉が世話しなく鳴き、時折吹く緩い風に風鈴が揺れる。

 そんな中私は、コインランドリーで一週間に溜め込んだ洗濯物をやっつけていた。

 硬い丸椅子に腰掛け、朝食なのか昼食なのかわからないアンパンをかじる。

 長い前髪を結い上げ、着古したTシャツと高校生の時に来ていた体操服のジャージに100円均一で買ったビーチサンダル。誰にも会わないとわかりきった休日の服装で、ガロンガロンとダイナミックに回る洗濯機を眺めるのが、大抵の日曜日の過ごし方だ。

 私の家は、このコインランドリーの上、三階にある。2K。ユニットバス。備え付けの一口コンロ。押入れが1つ。全面フローリング。眺めは良くない。日当たりはそこそこ。猫との2人暮らしだ。

 大学受験勉強に明け暮れていた当時の私に、今の姿を見せたら一体どんな罵声をくれるだろうか。

 それとも、こんな生活でも楽しそうだと思ってくれるのだろうか。後者は希望。

「あ〜、おはよーございます。」

 のんびりした男性の声のする方へ目を向ける。

 太陽の光により輝く金髪が目に痛む。

 彼はこのコインランドリーの常連で、同じマンションに住む隣人。学生の一人暮らしと聞いている。

「あと何分ですか?」

「今入れたとこ。」

「マジ?じゃ〜、急いで入れまーす。」

 そう言って、洗濯機に衣類を放り込んで行く。程なくして、ガロンガロンと2台分のモーター音が響いた。

 こちらを向いて笑顔を向けた彼は、近くの丸椅子を引き寄せて私の向かいに座ると、ジーンズのポケットにねじ込んだスマホを取り出す。

「俺、黒〜。」

 画面を数回操作した後、私にそれを手渡した。

 彼と私は、“連珠”という五目並べに似たゲームを楽しむ友達だ。

 たまたま全く同じタイミングでここを訪れ、彼が暇つぶしに何かゲームをしないか、と持ち掛けたのが始まり。最初こそ不審に思ったが、彼のふにゃふにゃとした笑顔には悪意が見えなかった事と私も何か暇を潰せたらと考えていた事から、この交友関係は繋がった。それから、私達は会う度に連珠をして洗濯が終わるのを待つ。

「大学卒業したらどーすんの?」

「んー、そうですねぇ。実家帰る予定です。」

「実家?」

「大阪。」

「全然方言じゃないじゃん。」

「俺、育ちはこっちなんですよ。」

「へー。」

 アンパンを頬張りながら、私は彼のスマホを操作する。

「寂しーって思いました?」

「まー、少しはね。ハイ。」

 スマホを渡すと、またあのふにゃふにゃとした緩い笑みを浮かべた。

「姉さん、趣味とかないんですか?」

「趣味ね〜。…あー。」

「あー?」

「ん、まぁ、その、漫画…描くこと。」

「え!」

 私は彼の次に紡がれる言葉を遮るように「見せてって言わないでね。」と口にする。

 彼の名前も知らない。私の名前も、きっと彼は知らないだろう。お互いに名乗ることをせず、詳しい生い立ちや生活風景など語り合うことは無かった。踏み込む事を嫌った訳ではなく、タイミングを見失ったように感じている。

 そんな上っ面の相手だったからこそ、私は公言することの無かった趣味を打ち明けたのだと思う。

「どんな漫画なんです?」

 そう言う顔が、いつもより嬉しそうな表情をして見えるのは気のせいか。彼からスマホを受け取った。

「空想の話。」

「ファンタジーみたいな?」

「んと…ちょっと違うかな。あ、三・三禁手。」

「うぇ!?」

 五目並べと違い、連珠には禁手がある。囲碁も将棋も知らない私たちには、連珠のルールすら浅い。

「君はなんか無いの?趣味。」

「そーですね〜。音楽好きです。」

「音楽?弾くの?聴くの?」

「弾くのも聴くのも。」

「お〜。どんなよ?」

「弾くのはギター。聴くのはボサノバ。」

「ボサノバ!?」

「なんですか?」

「や。いいや。」

 人の趣味は見かけに寄らない。そう思いながら、アンパンを食べ終える。

 再び手元にスマホが渡された。

 指先で黒の石をスライドし、離す。

「これ負けた方が乾燥の代金支払いね。」

 スマホを返すと、ニンマリ笑った彼は「もらいますよ〜。」と言いながら顎を撫でた。

 社会人と学生の会話。

 あまりに平和な、休日じゃ無いか。


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