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ところてん探偵  作者: 野中三世
3/3

【一】出会い

「…んで、お嬢さん。ご依頼は?」


 机を挟んで向かいに座るうさぎのぬいぐるみを抱えた少女に、佐々木は日本茶を差し出した。

 連続放火事件についての報道を延々と続けるテレビを消し、改めて少女と向き合う。少女は澄ました顔をしているが、まだまだ子供っぽいいでたちをしていた。歳は…十四、五ほどだろうか。

外国人のような顔だちでメルヘンな恰好をしている。ロリータと言ったか。佐々木はファッションについての浅い知識を掘り返し、その単語を引っ張り出した。最近の子供は妙な恰好をするものだ。

それにしても、外人顔でロリータとは、なんとも不思議だがとてもよく似合っている。例えるなら…そう、フランス人形だ。きっと、人形のように何を着ても似合ってしまうのだろう。


「両親を探して欲しいのだが。」


 フランス人形は、流暢な日本語で単刀直入に答えた。


「親御さんが行方不明と?」


 そうだと頷いた少女が日本茶を口に含んだ。ハーブティーや紅茶ではなく日本茶を飲むフランス人形に違和感はなく、むしろ絵になっている気がする。


「悪いが、その依頼は受けられねぇな。」


 フランス人形は驚いたように湯呑を持ったまま佐々木を見た。佐々木はかまわず胸ポケットに入れていたコンビニのライターでタバコに火をつけている。


「なぜ受けられぬのだ。」




 目の前に座る探偵は、タバコの煙を吐いた。まるで値踏みをされているようで、気分が悪い。


「金なら払うが。」

「そういう問題じゃないんだよな…」


 タバコを灰皿に押し付けた探偵は、改まってこちらを見る。いや、睨むの方が正しいだろうか。少し寒気のようなものが襲ってくる。


「そういうのは警察とかに言ってくれ。それは探偵の仕事じゃねぇんだよ。それとも俺みたいな野良探偵に頼ないといけない理由が…」

「そうか…ならば仕方があるまい。」


 探偵が言い終わる前に、少し大きなカップを机に置いた。あまりこういうやり方は好まないのだが。私は探偵に気付かれないよう、そっと【ロミオ】にささやいた。


「ロミオ、もう良いぞ。《LEVEL5》だ。」

『…了解。《LEVEL5》実行、シマス。』

「…?」


 ロミオの声に気づいたのか、探偵が顔を上げた。が、もう遅い。


「受けられぬというのなら、致し方ない。お主にも消えてもらおう。」

『《LEVEL5》、目標捕捉。』


 ぬいぐるみのふりをしていたロミオは、腕…いや銃口を探偵に向けた。探偵は死んだ魚のような目を見開いて驚いている。そうだろう、今までの奴等もそうだった。


「さらばだ、探偵。」

『実行。』


 激しい閃光と共に、爆音が周囲に響いた。瞬間、白い光が視界を覆うが、それもつかの間。焦げ臭い匂いが鼻を刺激した。灰が舞って来る。黒煙がもうもうと漂い、少し噎せそうになる。まだ良く見えないが、これであの探偵はボロボロの座り心地の悪いソファと共に文字通り燃滅した。


「またやってしまったな、ロミオ。これで何回目だ。」

 腕に抱いたロミオに問うと、いつもの淡々とした機械音で答えてきた。

『二十七回目、失敗、デス。』

「…失敗?」


 もうもうと上がっていた黒煙がはれ、崩壊した()だった(・・・)もの(・・)が見えてきた。外から人の叫び声やガヤガヤとした話し声が聞こえる。そして煙の向こうに立っていたのは。


「あっぶねぇもん持ってんじゃねぇか、なんで日本入れたんだお前は…。」

「…!」


 声のした方を向くと、そこには何食わぬ顔をした探偵が。


「ライター使えなくなっちまったじゃねーか…。」


 不満そうな顔になった探偵は、床に転がっている丸焦げになったライターを踏み潰した。




「なるほど? 十数年前にいなくなった親探しにはるばる日本に違法に入って来れたは良いものの誰一人として相手にせず、結局口封じのためにその化けもんうさぎで連続放火殺人って訳か?」


 新聞紙を片手に火のついていないタバコを咥えた探偵が、そうだという私の返答を聞くと呆れ交じりのため息をついた。


『バケモノ、デハ、ゴザイマセン。個体名、ハ【ロミオ】デス。』

「はぁ…。はいはいロデオな、ロデオ。」


 ジャキ、という音をたて、ロミオが探偵の頭に腕を向けた。


『返事ハ、一回、デス。』

「すみません、俺が悪かったですロミオ先生。」


 生命の危機を感じたのか、探偵が素直に頭を下げた。大人がぬいぐるみに頭を下げるというのは、なかなかに滑稽な光景だ。それに、あれを避けた男が。


「《LEVEL6》の方が良かったか…」

「いやレベル6ってなんだよ、どこまであんだそれ…。」


 思ったことが声になってしまったらしく、私の呟きを聞いた探偵が怪訝な顔で訊いてきた。


「《LEVEL1》から《LEVEL100》までだが。」

「100? 5でああなるのに100まであんのか先生…。」


 探偵が見やった方向を見ると、先ほどまで私たちが居た探偵の事務所には野次馬と日本警察、消防車などが集まっていた。


「で100はどんな威力なんだ、第三次世界大戦でも始められるぐらいか?」

「いや、その戦争を起こす国が地球ごと消滅するぐらいだ。」

  

 少しの間が空き、探偵が言った。


「戦争起こす兵器どころか地球滅ぼす大魔王じゃねぇか…。」

「いや、ブラジルならまだ生き残れるかも知れぬ。」

「知ってるか? 日本の真裏はブラジルじゃねぇ海だ。」

 

 そう言ってため息をついた探偵を見、私はふと疑問を感じた。


「おい探偵。あそこはお前の住処であろう。行かなくていいのか?」

 

 住処ってなんだよと言い返した探偵が、少し顔を曇らせた。


「あー…、俺もお前と同じだ。お巡りさんに捕まるとあまりよろしくないこといっぱいしてんだよおじさんは。」

「ほう?」


 そう言われると、少し気になる。一体何をしたのだろか。


「つーわけだ。そろそろ行くぞ。」

「行く? どこにだ?」


 問うと、探偵は先ほど咥えていたタバコを二つに折り、ため息をついた。


「何言ってんだ、依頼してきたのはおめぇだろうが。」


 一瞬何を言っているのかがわからなかった。


「…受けてくれるのか?」

「そりゃ…人類滅亡させそうな兵器で脅されたらな…。」


 先にどこかへと歩き出した探偵が、そんなことをほざいた。


「お、おい待て探偵!」


 呼び止めると、素直に探偵は立ち止まった。

 そして探偵は懐を探ると、小さな紙を渡してきた。


「なんだ、これ。」

「名刺に決まってんだろ。」


 メイシという紙には、探偵の名前と電話番号と思われるものが書かれている。


「佐々木…心汰…。」

「ああ。それが俺の名前だ。んで、嬢さんの名前は?」


 名乗られたからには名乗り返すのが礼儀だと、ロミオに言われたことがある。


「…今川杏子。」

「ん?」


 聞こえなかったらしく、探偵…佐々木は聞き返してきた。


「今川杏子だ。いまがわあんこ。杏仁豆腐の【あん】に子供の【こ】で杏子。」


 そこまで言っても、佐々木は目を丸くをしている。そしてやっと何か言ったと思えば。


「……すげぇ普通の日本人の名前じゃねぇか…」

「普通とはなんだ。なにか不満でもあるのか。」


 いや…と佐々木は首を振った。


「なんか…もう少しこう…外国っぽい名前だとばかり思って…。」

「悪かったな。父が日本人だったんだ。」

「容姿的には日本人要素皆無だけどな…。」

 呟いた佐々木を一瞥し、私は先に踏み出した。失礼にもほどがある。

「早く案内しろ。依頼人は、私だ。」

「はぁ…これだから今のガキは…。」

「聞こえているぞ。」


 嫌そうに顔を歪めた佐々木をよそ目に腕時計を見ると、時刻は午前九時を回っていた。スリープモードに入ったのか、珍しくロミオは黙りこくっていた。

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