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〇〇は寄り道をするそうです その13

 サナエ(『暗黒楽園ダークネスパラダイス』の主)からはっせられた言葉は俺の中で『黒い龍』となって暴れていた。

 そんな……嘘……だろ。こ、こんなの、嘘に決まってる!

 これは何かの間違いだ! サナエが妙に俺に優しかった理由……それは……。


「ナオト。私は貴方あなたが忘れているもう一人の貴方あなたを知っている……。そのもう一人の貴方あなたの名前は……」


「な、名前は?」


 俺は思わず生唾なまつばをゴクリと飲んでしまうほど緊張していた。

 だが、ここで逃げるわけにはいかない。

 自分であって自分ではない存在の名前を知ってどうするかは俺次第なのだから……。

 当たって砕けろ! その時はその時だ!

 覚悟を決めた俺は、サナエの口が開かれたその瞬間しゅんかんから全神経、全細胞を活性化させた。


「『夏に語らざる存在(サクソモアイェプ)』。アイヌに伝わる蛇神じゃしんで神々も恐れる最悪の存在であると同時に病疫びょうえき破滅はめつさせたという伝説がある存在。それが、もう一人の貴方あなたの名前よ」


「……な、なあ、今のは全部……嘘だよな? も、もしそれが本当だとしたら、俺はそれの生まれ変わりってことなのか?」


 サナエは真剣な口調で、こう言った。


「まあ、だいたいそんな感じよ。ついでに言っておくと、もう一人の貴方あなたが歩いたあとは草木が枯れ、それが放つ臭気しゅうきにやられると人間も神も死んでしまうし、たとえその場で死ななくても体が溶けて死ぬ。しかも、それはバラバラの肉片にくへんになっても復活できる……正真正銘の『化け物』よ」


「そ、そんな……嘘……だろ。だって、俺は普通の人間なんだぞ? そんな蛇神じゃしんのことなんて今まで一度も」


「じゃあ、今ここでもう一人の貴方あなたを起こしてみる?」


「い、いやいやいやいや、それをする必要はないだろ? もし、俺の前世がそのサクなんちゃらだったとしたら、お前は俺をどうするつもりなんだ?」


「それはもちろん、貴方あなたの意識がある内に殺すに決まってるじゃない」


「ま、待て待て待て! お前さっきから変だぞ? 俺の前世がそんな恐ろしい存在なら俺は幼い頃に殺されてるはずだろ?」


「……私だって」


「えっ?」


「私だってこんなことしたくないわよ!」


 サナエは泣きながら声を張り上げた。


「私だってこんなことしたくないわよ……。でも、そうしないと貴方あなたはいつか遠くに行ってしまうかもしれない。もしくは世界を滅ぼす存在になってしまうかもしれない。だから、私は……!」


 俺は目の前にいる影のかたまりのようなものを抱きしめた。

 自分のことは、これまで何も知らなかった。いや、知ろうとしなかった。

 自分の中にいる【何か】がどんなものなのかがよく分からなかったのではなく、まず知ろうとしていなかった。

 自分から逃げ、否定ひていし、恐れていた。

 だが、サナエはもう一人の俺の存在を知っていてなお、普通に接してくれた。

 なら、俺はそんなサナエの行動に感謝しなければならない。

 しかし、今の俺には俺の腕の中で静かに泣く彼女を抱きしめ続けることしかできなかった。

 俺がもう一人の俺に、この体をうばわれたとしても心まではうばわせはしない。

 もちろん、今まで一緒に旅をしてきた全員に別れを言うつもりなんてさらさらない。

 そうだ。俺はもう一人の俺を自分のものにして、みんなのところに帰るんだ。そして、また一緒に……。

 俺がそんなことを考えていると、サナエがこう言った。


「……さっき私が貴方あなたに言ったことの中には、一つだけ間違いがあるわ」


「間違い?」


「そう……貴方あなた自身がその蛇神じゃしんではなく、そいつの体の一部……つまり心臓しんぞうが今の貴方あなたの心臓だということよ」


「……なるほどな。自分の心臓がそんなやばいやつのものだったとは正直、思いもしなかったよ。えーっと、要するにそいつを復活させないようにするためには俺を殺すしかない……ってことだろ?」


 サナエはキョトンとした顔で、こう言った。


貴方あなたは殺されるのが怖くないの? もう少しよく考えても……」


 俺はサナエから離れると、こう言った。


「死にそうになったことは今までたくさんあったし、きっとこれからもたくさんあると思う。だから、今さらその程度のことにビビってたら前に進めないし、きっとどこかでつまずいちまうよ……それに」


「それに?」


「俺は、そんな中二病患者が言いそうな存在が自分の心臓だってことを知った時から、実はうれしくてたまんねえんだよ」


 サナエはクスクスと笑いながら、こう言った。


貴方あなたは本当に面白いわね、ナオト。いいわ、望み通り私がこの手で貴方あなたの中にいる蛇神じゃしんを殺してあげる」


「ああ、よろしく頼むぞ、サナエ。でも、なるべく早く終わらせてくれよ? 痛いから」


「ええ、もちろんよ。ここは大船に乗ったつもりで私にドーンと任せなさい。いいわね?」


「分かった、お前に任せる……けど、俺の体の中にある心臓を潰したら、それとは別の心臓を俺の体の中に入れるんだよな? 誰の心臓にするんだ?」


「それは、もちろん貴方あなたの心臓を入れるに決まってるじゃない。ちなみに貴方あなたの本当の心臓は、ここでずっと保管されてたのよ?」


「他人の心臓を保管できるとか……お前は、ト○ファルガー・ローか?」


「いいえ、私は『暗黒楽園ダークネスパラダイス』のぬし……サナエよ。ここでは私の望みは全てかなうから、なんでもできるのよ。それがたとえ、ここから永遠に出られなくなるとしてもね」


 最後の方にサナエがなんと言ったのか、よく聞こえなかったが、俺はサナエにこう言った。


「じゃあ、よろしく頼むぞ。小さなお医者様」


「……ええ、それじゃあ、いくわよ」


 俺が仰向けで横になるとサナエは馬乗りになった。

 そして、サナエは手刀しゅとうかまえた。

 数秒後、グチャ! ズシュ! という内臓を抜き取るような音がしたと同時に俺の意識は遠のいていった。

 最後に聞こえたのは、苦しみと悲しみが伝わってくるような咆哮ほうこうと、サナエの「またね、ナオト」という声だった。


 *


 ____(あたた)かい。これは、人の体温か? いや、けものの毛のような感触かんしょくもするな。

 えっと、サナエのところに行ったってことは気絶してたってことだよな……?

 俺はゆっくりと目を開けると、周囲を見回した。どうやら俺は横になっているらしい。

 まあ、気絶したから当然か……。

 さて、状況確認……状況確認……っと。


「あっ、良かったー。起きたみたいだねー」


 最初に俺の目に飛び込んできたのは、俺の右どなりで、こちらを覗き込んでいるルル(白魔女)の顔であった。


「……ルル、俺は起きたばかりだからやめてくれないか?」


「んー? なにがー?」


「いや、その……お前、明らかに俺の血を吸おうとしてるよな? あと、よだれを垂らしながら、いやらしい手つきをするのはやめてくれ。みんなが勘違いするから」


「みんなって、だーれ?」


「それは言えないが……とにかく俺は起きたばかりだから少々、虫の居所が悪い。だから、今は我慢してくれ」


「いやだと言ったらー?」


「……お前のアホ毛を抜く」


「ごめんなさーい、我慢しますー」


「よろしい。それじゃあ、みんなを起こしてくれないか? このままの状態だと俺、動けないから」


「それは無理ー」


「どうしてだ? 早くしないと、うちでおとなしく留守番しているミノリ(吸血鬼)たちが心配して、こっちに来るかもしれないんだぞ? それに……」


 ルルは、俺の耳元でこう囁いた。


「私にだって甘えたい時があるんだよー」


「お、おい! ルル! 耳元でささやくのはやめてくれ! 頼むから!」


 ルルは、人の弱みを知った時に見せる「これは、いざという時に使えるなー」という顔をしながら、こう囁いた。


「へえー、ナオトは耳が弱いんだねー。ふーん、そうなんだー」


 俺は目をらしながら、こう言った。


「わ、悪いか! 耳は男女問わず性感帯なんだから仕方ないだろ!」


 ルルは俺に抱きつきながら、耳元でこう囁いた。


「ちなみにー、私の性感帯は『おへそ』だよー」


「……えっ? それって本当なのか? ……って、寝やがった。はぁ……まったく、俺がロリコンだったら今すぐに……って、いかん! いかん! 俺はなんてことを考えているんだ! 今のは聞かなかったことにしよう! そう! 俺は今、何も聞かなかった! よし、これでいいだろう」


 それにしても、気持ちよさそうに寝てるな。しばらく動けそうにないから、このまま少し昼寝でもするか。よし、そうしよう。いや、そうするべきだ。

 俺は自分にそう言い聞かせると、ゆっくり目を閉じた。

 こうして、俺はしばらくねむることにしたのであった。

 その時、ミノリ(吸血鬼)はアパートの二階の通路でこう叫んだそうだ……。


「ナオトー! お願いだから、早く帰ってきてー!」

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