〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その56
……痛い。いったい、何なんだ? この痛みは。
鎧みたいな物を身に纏ったやつにハグされてるような感じだな、これは……。
うーん、まあ、とりあえず起きてみるか。
ナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)は暗闇に差し込んでくる一筋の光に向かって、手を伸ばした。
*
「……う……うーん……こ、ここは……」
彼が目を覚まして最初に見たものは見慣れた天井だった。
「うーん、ハルキと話した後の記憶がないな。いや、待てよ。たしか、俺はハルキに体を預けるように寝ちまって」
その時、彼は背後から何者かに、きつく抱きしめられた。
「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 背中になんか刺さる! 背中になんか刺さる!」
その声で緑色の瞳と青い長髪とほぼ全身を覆っている藍色に近い青色の鱗が特徴的な美少女……いや、美幼女『ハルキ』(青龍の本体)が目を覚ました。
「……う……うーん……どうしたのー? ナオトー。怖い夢でも見たのー?」
「いや、別に怖い夢は見てないぞ。それより、今すぐ俺から離れてくれ! お前の鱗が背中に当たって、ものすごく痛いんだよ!!」
ハルキはまだ起きて間もないため、動きが鈍いようだ。
それに睡魔が彼女を深い眠りへと誘おうとしているため、彼女は二度寝したくてたまらない。
「えー、嫌だよー。ナオトを抱きしめてないと眠れないもん」
「俺はお前の抱き枕じゃない! と、とにかく早く俺を解放してくれー! 痛すぎるからー!」
彼は彼女から離れようと試みるが、彼女はそれを許してはくれない。
「ダーメ。ナオトは私と一緒に居ないといけない運命なのー」
彼女は彼の肋骨が折れそうになるくらいまで強く抱きしめた。
そのせいで彼は抵抗しても、しなくても地獄を味わうことになることを悟ってしまった。
「誰かー……助けてー……。痛すぎて死んじゃうよー」
彼が今にも死にそうな声で助けを求めると、彼女は彼の左耳に顔を近づけた。
「ナオト、少し静かにして。お願いだから」
「ひゃっ!? い、いきなりなんだよ! びっくりさせるなよ!」
彼のその反応で彼の弱点に気づいたハルキは、彼のことをいじめたいと思ってしまった。
「あれー? どうしたのかなー? 私、何かおかしなことしたかなー?」
彼女がそう言うと、彼は彼女に悟られないように話を逸らす。
「ん、んー? いったい何の話だ? それより、そろそろ個人面談を……」
「ねえ、ナオトー。今、この部屋には私とナオト以外、誰もいないよね?」
「ん? あー、まあ、そうだな」
「私たちの邪魔をするような人は、みーんなお茶の間にいるし、みーんなナオトの邪魔をしないように、おとなしくしてる。これがどういう意味か分かるー?」
「さ、さぁ? どういう意味だろうな。俺にはさっぱり分からな……」
「本当は分かってるよねー? 分かってないフリをしてるだけだよねー?」
「そ、そんなことないぞ、俺は本当に何も……」
「もうー、ナオトの意気地なしー。はぁ、分かった、もういいよ。ナオトの体に直接訊くから」
「えっ? おい、ハルキ。それって、どういう……」
彼は最後まで言い終わる前に、何かの気配を察知した。彼の本能が身の危険を教えてくれたのである。
しかし、一足遅かった。
「つーかまえたっ!!」
「……なっ!!」
彼の左耳を甘噛みしたハルキは、自分の口の中にある真っ赤な生命体で彼の左耳をペロリと舐めた。
「くっ! お、おい、ハルキ。やめろ……やめてくれ。お願い……だから」
「えー? 何ー? よく聞こえないなー。もっと大きな声で言ってよー」
「そうしたい……けど、お前が……俺の性感帯を執拗に舐め回すから……無理、なんだよ」
「へえ、そうなんだー。左耳はナオトの性感帯なんだー。ということは、今ナオトはすっごく気持ちよくなってるってことだよね?」
「そんなことは……ない! とにかく、一旦、離れろ!」
彼が彼女の顔を自分の左耳から遠ざけようとすると、彼女は舌をミミズのように細くして、それを彼の左耳の奥まで移動させた。
「……っ!? お、おい! ハルキ! それは、ダメだ! やめてくれ! お願いだから!」
彼女は舌を口の中に戻すと、彼の左耳の耳元でこう囁いた。
「じゃあ、私の言うこと聞いてくれる?」
「そ、それは俺にできることか?」
「うーん、どうかなー。まあ、やろうと思えばできると思うよー」
「そ、そうか。じゃあ、それをしている間に、自己紹介してくれ」
「うん、いいよー。じゃあ、始めよっかー」
こうして、彼はハルキに体を好きなようにされてしまうという運命に抗うことができなくなってしまったのである。




