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〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その55

「よし、それじゃあ、今度こそ『個別面談』を……」


 ナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)が『個別面談』を始めようとすると、緑色の瞳と青い長髪とほぼ全身を覆っている藍色に近い青色のうろこが特徴的な美少女……いや、美幼女『ハルキ』(青龍の本体)の顔が急に真っ青になった。


「ま、待って、ナオト。少し休ませて」


「どうしたんだ? ハルキ。腹でも痛いのか?」


「ううん、違うよ。ただ、ちょっと……頑張りすぎちゃったみたい……」


 ハルキはそう言うと、意識を失った。

 うつ伏せになったハルキにナオトは声をかける。


「おい! 大丈夫か! ハルキ! おい、しっかりしろ! ハルキ!!」


 *


「……う……うーん……あれ? 私、何して……」


「おはよう、ハルキ。調子はどう?」


 寝室にかれている布団に横になっているハルキに声をかけたのはミノリ(吸血鬼)だった。


「あー、うん、だいぶ良くなったよ」


「そう……。けど、油断は禁物よ。あんたの体をむしばんでいたのは、ナオトの体の中にある蛇神じゃしんの力なんだから」


「そうなんだ……。全然気がつかなかった。ところでナオトはどこにいるの?」


 彼女が上体を起こしながら、ミノリにそうたずねるとミノリ(吸血鬼)は外を指差した。


「えっ? 外? 外にいるの?」


「正確にはアパートの屋根の上にいるわ。無意識にとはいえ、あんたを傷つけてしまったことをひどやんでいるみたいよ」


「そんな! ナオトは悪くはないよ! 神々さえも殺せるような力を持った化け物が体の中にいる状態で生きている時点で奇跡なのに、それを制御しようだなんて無茶にも程があるよ!」


「あたしもあんたと同じようなことをナオトに言ったわ。けど、ナオトはそんな自分を許せないみたい」


「そんな……どうして……」


「ナオトは誰よりも他人のことを考えて行動するから自分がどれだけ傷つこうと、どんなことをされようと必ず他人を助けることを優先する。でも、自分がそばにいることで相手が不幸になるなら、ナオトはすぐにでも命を断つでしょうね」


「何……それ……。そんなのお人好しを通り越してるよ。他人の不幸になるから、自分はいらないなんて考えは間違ってるよ!」


「……だそうよ。ナオト」


「えっ?」


 ミノリ(吸血鬼)がナオトに向けて告げたその言葉が彼の耳に入ると、ナオトは少しうつむいた状態で寝室にやってきた。

 ミノリは空気を読んで、その場を後にする。


「……あとは任せたわよ、ナオト」


「ああ、分かった」


 すれ違う時にそんな会話をした二人。

 ミノリは、お茶の間へ。

 ナオトは、寝室へと向かった。

 ナオトはハルキのそばに行き、正座をするとハルキに頭を下げた。


「すまなかった。俺のせいで、お前の体を傷つけてしまって」


「私はもう大丈夫だよ。だから、頭を上げてナオト」


「いや、それはできない」


「どうして?」


「それは……また、お前を傷つけてしまうかもしれないからだ」


「それって、またあの蛇神じゃしんがナオトの体を乗っ取るかもしれないってこと?」


「ああ、そうなる可能性は少なからずある」


「……そっか。でも、そうなる可能性があるからって自害しようとするのはやめて」


「……それは、無理かもしれない」


「無理? そんなの誰が決めたの?」


「それは……俺自身だ」


 彼女はその言葉を聞くと、彼の襟首えりくびつかんだ。


自暴じぼう自棄じきになるのもいい加減にしてよ。ナオトには果たすべき使命があるんでしょ?」


 彼は彼女から視線をらすと、ぽつりとこうつぶやいた。


「そんなの俺がいなくても達成できるから、俺なんかいなくてもいいんだよ……」


 彼女は彼が最後まで言い終わると同時に彼のほほの思い切り叩いた。

 力を入れすぎてしまったせいで彼の顔が首から離れ、床をゴロゴロと転がる。

 普通の人間なら、死んでいる。

 しかし、彼は日に日に死ねない体になっているため、逆再生をするかのように元通りになった。

 彼女は歯を食いしばりながら、彼の襟首えりくびつかむと光を感じられない彼の黒い瞳に訴えかけるように怒鳴った。


「しっかりしてよ! ナオトはモンスターチルドレンたちを元の人間に戻すために、今まで旅をしてきたんでしょ! それなのに、他人のためなら死んでもいいなんてこと軽々しく言わないでよ! ねえ、ナオト! ちゃんと私のこと見えてる? 他のものに目を向けてない? ねえ、ナオト。ナオトってば!!」


 彼女が彼のひたい頭突ずつきすると、彼は静かに涙を流し始めた。


「……俺は怖いんだよ。自分の大切な人や物を自分のせいで破壊してしまうのが……。なあ、お前だって、そうなる前になんとかしたいって思うだろ?」


「たしかにそうかもしれないけど、その答えが自殺になることは絶対にないよ。というか、自殺する時点で誰かを苦しめることになるってことに、どうして気づかないの? もしかして、ナオトは単に今の状況から逃げたいだけなんじゃないの?」


「違う……。俺はただ……みんなのために……」


「みんなに相談もせずに自己完結させようとするから、うまくいかないんでしょ? どうしてナオトは誰かに頼るってことをしようとしないの?」


「……分からない。けど、俺は存在自体があくかたまりだから」


「そんなの関係ないよ。ナオトはこれからどうしたいの? 私たちと一緒に旅をしたくないの?」


「したい……したいよ。けど、今のままじゃ、俺はまた」


「だったら、そうならないように努力すればいいんだよ」


「努力?」


「そう。今のナオトの肉体は恐ろしいくらい頑丈がんじょうだけど、心は少しれただけで壊れちゃう。だから、そうならないようにメンタルをどうにかすればいいんだよ」


「メンタル……か」


「うん、そうだよ。けど、今は……」


 ハルキは彼を優しく抱きしめると、頭を撫で始めた。


「私にナオトの心と体をゆだねていいんだよ」


「……くそ……どうして俺はいつもこうなんだ。肝心な時に、弱虫になる」


「それはナオトにとっては短所かもしれないけど、見方によっては長所になるんだよ」


「そう……なのかな。そう……だといいな」


 彼はそう言うと、スウスウと寝息を立て始めた。

 彼女は彼の頬をつたっている涙をぬぐう。

 彼がいつ目を覚ますのかは分からない。

 しかし、今はそれについて考える必要はない。

 なぜならば、彼の心身をいやしたいということ以外、考える必要がないからだ。

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