〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その53
四月二十二日……午前八時……。
ナオト(『第二形態』になった副作用で身長が百三十センチになってしまった主人公)は目を覚ました。
「……う……うーん……お……もう朝か……」
彼はそう言いながら、上体を起こすと大きく背伸びをした。
「さてと……そろそろ起きるか」
彼はスッと立ち上がると、お茶の間に向かった。
「おーい、みんなー。起きてるかー?」
彼がお茶の間にやってくると、涙目になったニイナが彼に抱きついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。私のせいで、ナオトは」
彼は彼女をギュッと抱きしめると、優しく頭を撫でた。
「もういいんだよ、別に気にしてないから。それに、俺はもう大丈夫だ。だから、もう泣くな」
「でも……でも……!」
彼女の涙が彼の黒いパーカーにシミを作っていく。彼はそんなことなど気にせず、彼女の頬に手を添えた。
「ニイナ。俺はこういう時、嘘をつくと思うか?」
「……分からない。けど、多分……ナオトはこういう時、嘘はつかない……と思う」
「うーん、でも、お前を傷つけないように、わざと明るく振る舞ってるかもしれないぞ?」
「うー、ナオトのいじわるー」
彼女が彼の腹部をポカポカと殴り始めると、彼は彼女の両手を握った。
「は、離して! ナオトも吸血鬼になっちゃうよ!」
「吸血鬼になったら、俺は俺じゃなくなる……。そう思ってるから、お前は俺に触られることを拒むのか? それとも、他に理由があるのか?」
「そ……それは……」
「あと、俺を吸血鬼にしたくないなら、自分から俺に抱きつこうとしないと思うのだが……」
ニイナは、それに気づくと彼から離れようとした。
「あっ! ごめん! 今すぐ離れ……」
彼は彼女を抱き寄せると、耳元でこう囁いた。
「もう離さない。お前と離れるくらいなら、死んだ方がマシだ」
「ナ……ナオト……。み、みんなが見てるから、そういうのやめてよ」
「……えっ?」
彼がニイナ(黒いローブでほぼ全身を覆い隠している『人と吸血鬼のハーフ』)より後ろに目をやると、いつものメンバーがそこにいた。
「おはよう、ナオト。朝からラブラブね」
笑顔でそう言ったのは、ミノリ(吸血鬼)である。
「あー、いや、これはそういうのじゃなくてだな」
彼は必死に説得しようとするが、彼女の怒りは噴火寸前だった。
「言い訳できる暇があるなら、早く朝ごはん食べちゃって」
「いや、でも……」
「早く食べなさい。じゃないと、あんたの血をあたしの朝ごはんにするわよ?」
「わ、分かりました。すぐ行きます」
彼が肩を落とすと、ニイナは彼女の方を向いて、こう言った。
「ナオトは悪くないよ! 私がナオトに抱きつかなければ、こんなことにはならなかった! だから、ナオトを怒らないで!!」
「……ニイナ」
「はぁ……別に怒ってなんかないわよ。ただ、朝ごはんが冷める前に食べて欲しかっただけよ」
「え? そうなのか? じゃ、じゃあ、いただきます」
「ナーオートー」
「は、はい! 何でしょうか!!」
「あたしのとなり、空いてるわよ?」
「あっ、はい、すぐに向かいます」
こうして、ナオトたちはミノリ(吸血鬼)が放っている絶対服従のオーラでめちゃくちゃになった『お茶の間』で朝食を食べ始めたのであった。
*
「さてと……それじゃあ『個別面談』を再開しようかな。えーっと、次は誰だったかな?」
ナオトがそう言うと、スーッと襖が開かれた。
「次は私の番だよ。ナオト」
ニコニコ笑いながら、彼の前に現れたのは……ハルキ(青龍の本体)だった。
「おう、ハルキ。元気にしてるか?」
「うん、私は元気だよ。そう言うナオトはどうなの?」
「俺か? 俺はこの通り、元気だよ。今なら地球を何周もできそうだ」
「はははは、それはすごいね」
ハルキの言葉を耳にした直後、彼の中にいる何かが彼の全身に激痛を与えた。
「……くっ!!」
その場で体を丸くするナオト。
急に苦しみ出した彼の元に向かうハルキ。
「ナオト! 大丈夫? いったいどうしたの!?」
彼は自分を心配してくれるハルキの手を振り払うと、彼女の顔を見た。
「……ハルキ……俺から……離れろ……。お前を巻き込みたくない」
「何言ってるの! ナオトは私のマスターで私はナオトがいないと生きていけないんだよ? 離れることなんてできないよ!」
「別に……今生の別れになるわけじゃねえよ。ただ、今の俺は危険なんだ。俺は自分が意識していないとしても、お前や他のみんなを傷つけたくない。だから、少しの間だけ……俺に近づかないでくれ。頼む」
彼が歯を食いしばりながら、必死にハルキを危険から遠ざけようとする姿を見たハルキは、ほぼ全身を覆っている藍色に近い青色の鱗の一枚を体から引きちぎった。(右腕の手首付近)
「ごめんね、ナオト。私はもう目の前で誰かが死ぬのを見たくないんだよ。だから、私は今からナオトを苦しめている諸悪の根源を突き止める」
「や、やめろ、ハルキ。俺に近づくな……。お前を傷つけたくない」
彼女は彼の手を握ると、彼の手の甲に先ほど引きちぎった鱗を突き刺した。
「さぁ、出てこい。私がこらしめてやる」
鱗から青い光が放たれると同時に彼は数秒間、意識を失った。
彼が意識を取り戻した時、彼の肉体と精神は彼ではない何かが支配していた。
その証拠に彼の瞳は赤くなっていた。
「君は……いや、お前は誰だ?」
ナオトではない何かの体から溢れ出る黒いオーラは周囲の空気を穢していく。
ナオトではない何かは不気味な笑みを浮かべると、彼女にこう言った。
「我は神々さえも恐怖し、死に至らしめることができる最悪の蛇神『夏を語らざる存在』だ」
ハルキは、その名を耳にした瞬間、そいつを押し倒した。
「それがどうした……。今すぐナオトを返せ」
「嫌だ……と言ったら?」
「そんなの力づくで取り返すに決まってるでしょ?」
「やれるものなら、やってみろ。できるものならな」
「調子に乗るな。私を怒らせたことを後悔させてやる」
彼女の体から溢れ始めた青いオーラと蛇神の黒いオーラがせめぎ合い始める。
そう、青龍と蛇神の戦いが始まったのである。




