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〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その46

「……じゃあ、始めるぞ?」


「うん……」


 彼は彼女の頭に手を置くと、優しく撫で始めた。


「どうだ? 気持ちいいか?」


「うん、すごく気持ちいいよ。けど、やっぱり不安だよ」


「そんなのすぐに忘れるさ。じゃあ、次は……顔だな」


 彼は彼女のひたいほほに手を当て始めた。


「……ナオト、なんか恥ずかしいから、やめて」


「恥ずかしい? 俺はただ、ニイナの顔をさわってるだけだぞ?」


「……け、けど、やっぱり恥ずかしいよ……」


 そう言いながら、頬を赤く染めるニイナ。

 彼はそれに気づくと、今度は彼女を抱きしめた。


「ひゃ! ナ、ナオトー、いきなり抱きつかないでよー」


「ごめん、ごめん。ニイナが可愛いから、つい」


「そ、そうなの? けど、ちょっとビックリしたから、次からは気をつけてね?」


「おう、分かった」


 彼はそう言うと、再び彼女の頭を優しく撫で始めた。


「……ねえ、ナオト……」


「んー? なんだー?」


「どうしてナオトは、そんなに優しいの?」


「優しい? 俺がか?」


「うん……」


「うーん、どうしてって言われてもな……。お前に乱暴したり、ひどいことをしたら、お前が悲しむってことを知ってるからだと思うんだけど……。まあ、本当のことは俺にも分からない」


 彼がそう言うと、彼女は静かにこう言った。


「そっか……。じゃあ、今からナオトの中にあるいかりの感情を解放してみるね……」


「……? おい、ニイナ。今なんか言ったか?」


「……ナオト、私の目を見て……」


 彼女は彼に顔を近づけると、真紅の瞳に宿っている力の一つを使用した。


「……あっ! くっ! な、なんだこれ! 頭の中で誰かの声が聞こえる!! おい、ニイナ。お前、いったい何をした!?」


 彼が頭をかかえながら彼女にそう言うと、彼女はニヤリと笑った。


「さぁ、ナオト。いかりに身を任せてみて。そうすれば少しはらくになるよ」


 彼女は両手を広げると、真紅の瞳をひからせた。

 その直後、彼は先ほどよりも苦しそうな声をあげ始めた。


「……く……くそ! いったい、どうすれば……」


 その時、彼の中にいるものたちが彼にこう言った。


『気をしっかり持て! ナオト!!』


「……あ……ああ……そうだな……。そうだよな。こういう時こそ気張らないと……いけない……よな!」


 彼は彼女に手を伸ばすと、彼女を抱き寄せた。


「……そ、そんな……。私の力が通用しないなんて。こんなのありえない……」


「だが、現に俺はお前の力にあらがって、勝利した。だから、もう無駄な抵抗はするな。大丈夫、俺は吸血鬼になんてならないよ」


「……じゃあ、血を吸ってもいいの?」


「ああ、いいぞ。ただし、死なない程度にしてくれよ」


「うん、分かった。それじゃあ、いただきます……」


 彼女はそう言うと、彼の首筋を一度、舌でめた。

 注射をする前にアルコールをふくんだガーゼで二の腕をくように……。

 その後、彼女は久しぶりのごちそうを目の前にしたせいか、容赦ようしゃなく彼の首筋にガブリ! と噛み付いた。


「……お、おい、ニイナ。あんまりがっつくなよ、俺は逃げたりなんかしないぞ?」


 彼女は彼を押し倒すと、黒いローブを勢いよくいだ。


「お、おい! ニイナ! どうして服を……」


 その時、彼は彼女の体を食い破り、外に出てきた『ソレ』をの当たりにした。


「……お、おい、なんだよ、それ……」


 彼がそう言うと、彼女は涙を流しながら、こう言った。


「……ナオト……私を殺して……。お願い」


 その直後、彼女の体は『ソレ』になった。

 クネクネとうごめく『ソレ』は誰がどう見ても『触手』だった。


「……いつからだ? いつからニイナは、こいつに寄生されていたんだ? 人間と吸血鬼のハーフだから、狙われたのか? それとも……いや、今はそんなことどうでもいい。それよりも今は……!」


 彼はキッとした目つきで『ソレ』に目をやると、一瞬で『ソレ』のところまで移動し、『ソレ』の一部をつかんだ。

 俺の中にいる蛇神じゃしんよ。俺にその力を使わせてくれ!

 彼はそう念じたあと、手の平から神々も殺せるほどの毒を『ソレ』に少しだけ流し込んだ。

 すると『ソレ』は抵抗する間も無く、死んでしまった。

 ナオトは『ソレ』の中心部に手を突っ込み、その中にいると思われる人物を……探し当てた。


「……よいしょ……っと……」


 彼はその人物を『ソレ』の中から取り出すと、風魔法でその人物の体に付いていた粘液ねんえきを吹き飛ばした。

 彼は、彼女が脱ぎ捨てた黒いローブを風魔法で運んで彼女の首から下を隠すようにかぶせた。


「……う……うーん……あれ? 私、どうして裸なの? それに、どうしてナオトは泣いてるの?」


 彼女はゆっくり目を開けると、そう言った。

 彼は彼女をお姫様抱っこしたまま、こう言った。


「……バーカ、泣いてなんかねえよ。これは、ただの汗だ」


「え? そうなの? でも、目から汗が出る人なんて聞いたことないよ?」


 彼女が疑問符を浮かべると、彼はゆっくりとその場に座った。


「細かいことは気にするな。けど、お前が無事で本当に良かった」


「……なんだかよく分からないけど、心配かけてごめんね」


「いや、お前が謝る必要はない。謝らなくちゃいけないのは俺の方だ」


「どうして? ナオトは私を助けてくれたんでしょ?」


「それは結果論にすぎない。俺はもっと早く気づくべきだったんだ」


 彼女は彼が自分を責めていることに気づくと、ニッコリ笑いながら両手を広げた。


「ナオト、自分を責めないで。一人で抱え込もうとせずに私を頼って」


「……ニイナ」


 彼はそうつぶやくと、彼女に身をゆだねた。


「私はもと『殺し屋の中の殺し屋』……ニイナ。私にナイフを使わせたら、右に出る者はいない。だから、心配しなくていいんだよ?」


「……けど」


「けど?」


「俺は、お前を失うのが怖い……」


「私は人間と吸血鬼のハーフなんだよ? そんな私を殺せる存在なんて、そうそういないよ」


「だといいんだが……」


「もうー、ナオトは心配しすぎだよ。私、そんなに弱くないよ?」


「……そう、だよな。お前は強いもんな……。ありがとう、ニイナ。お前のおかげで少し……いや、かなりらくになったよ。お礼に何かしてやりたいんだけど、何がいい?」


「うーん……じゃあ、しばらくこのままでいて……」


「……分かった」


 彼はそう言うと、彼女をギュッと抱きしめた。

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