〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その31
「……はぁ……はぁ……はぁ……まさか……コユリが……あそこまで……やるなんてな……」
彼が仰向けで横になっていると、突如として彼の目の前に現れた者がいた。
それは……チエミ(体長十五センチほどの黄緑髪ショートの妖精)だった。
「ナオトさん、大丈夫ですかー?」
「大丈夫かどうかは分からないが、お前が出てきたってことはコユリは隣の部屋に行ったんだな?」
「はい、その通りです。ちなみに、とても満足そうな顔をしていましたよ」
「……そうか。まあ、あいつが満足してくれたのなら問題ないな……。じゃあ、そろそろ始めようか」
「そうですねー」
彼女がそう言うと、彼はムクリと起き上がった。
「チエミ。さっそくで悪いが、自己紹介をしてくれないか?」
「はい! 喜んでー!」
チエミは元気な声でそう言うと、自己紹介をした。
「私は妖精型モンスターチルドレン製造番号 十五の『チエミ』です! チャームポイントはエメラルドグリーンの瞳となぜか四枚も生えている天使の翼です! ちなみに寝る時はナオトさんの髪の毛をベッドにしています! 他のモンスターチルドレンと違って固有魔法以外に風魔法も使えちゃうので、臨機応変に対応できます!!」
彼女は彼に向けてウインクをしたが、彼は目をパチクリさせただけだった。
つまり、少しでも好印象を与えようというチエミの作戦が失敗に終わったのである……。
「よし、じゃあ、本題に入ろうか。なあ、チエミ」
「はい、何ですか?」
「最近困ってることは……」
「ありません!」
「即答かよ。しかも、俺が言い終わる前に言ったな」
「事実ですから」
「そうか……。けど、たまには羽を伸ばすことも大事だぞ?」
「あははははは! ナオトさん、それは何の冗談ですかー? 私はいつもそうしてますよー」
「え? そうなのか? ……って、お前の体に生えてるそれを広げろって意味じゃなくてだな……」
「分かってますよ、それくらい。たまにはゆっくり休めと仰りたいのでしょー?」
「ま、まあ、そういうことだ」
「あははははは! ナオトさん、どうしたんですかー? 顔が真っ赤ですよー?」
「そ、そうなのか? 見間違いじゃないのか?」
「私には、そう見えますよー」
「あ、あんまり俺をからかうなよ」
「えー」
「えー、じゃない」
「もうー、ナオトさんってばー。うりうりー」
彼女が彼の頭を撫でると、彼はそっぽを向いた。
「あれー? もしかして怒らせちゃいましたかー?」
「べ、別に怒ってなんかねえよ」
「へえー」
「な、なんだよ……」
「いやあ、ナオトさんは相変わらず可愛いなーと思っただけです」
「……俺が……可愛い……?」
「はい、可愛いです」
「え、えーっと、どのへんが可愛いんだ?」
「そうですねー。時折見せる動揺しきった顔とかコユリさんにいいようにされているのに全く抵抗しないところとかですかねー」
その時、彼の顔が真っ赤になった。
「わ、忘れろ! それか今すぐその時の記憶を消去しろ!!」
彼が彼女を捕まえようとジャンプしたが、彼女はそれを華麗に躱した。
「あっ! こら! 待てー!」
「あははははは! ここまでおいでー」
「くそー! 待てー!」
彼がチエミを捕まえるためにグルグルと同じところを走っていると、襖がバンッ! と開かれた。
「うるさああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!」
その声の主は『オ○リザル』以上に怒りのオーラを体から放っていた。(吸血鬼である)
「『個別面談』をするんだったら、もう少し静かにしなさいよ! あとドッタンバッタン大騒ぎしたいなら、外でやりなさい! ……以上!!」
ピシャリと閉じられた襖。
その場で停止する二人。
二人が動き出したのは、それから数分後のことだった。
二人はもう二度と家の中で羽目を外すのはやめようと心に決めたという……。
*
その頃……『赤き雪原』では……。
「おーい! 戻ったぞー!」
「おー、○○○さんだ!」
「何! ○○○さんだと!」
「お母さん! ○○○さんが帰ってきたよ!」
「あらあら、まあまあ」
村の人たちは彼の周りに集まってくると、彼が担いでいるモンスターの数がいつもより多いことに気づいた。
「おいおい、今日は大量だな」
「そうなんだよー。今回は向こうから出てきてくれたから無駄な手間が省けちまったよー」
村の人たちと笑い合う○○○さん。
彼がこの世界にやってきたのは、つい最近のことではないため、村の人たちとすっかり仲良くなっていた。
彼の身長は百八十センチほどで黒い瞳はビー玉のように美しく、黒い髪はやや短め。黒いローブと黒いブーツを身に纏ってはいるが、あと一枚何か羽織らないと寒さで凍え死ぬ可能性がある。
しかし、彼には地形や天候に合わせて体質を変えられるという能力があるため、その心配はない。
能力の発動条件は死にかけることなので、かなり使いづらいが……ないよりかはマシである。
「毛皮とかは売り物にするとして、肉はどうする? 今日中に食べるか? それとも冷凍するか?」
「うーん、まあ、それはお前らに任せるよ。俺はちょっと用事を思い出したんでな」
彼はそう言うと、モンスターたちと遭遇したところまで歩き始めた。
「……到着っと……。さてと、懐かしい波動を感じたような気がしたから、また来てみたけど、やっぱり何もないみたいだなー。あははははは……」
その時、彼は確かに、とある人物の波動を感じた。
「……前言撤回。今のは、ほぼ確実にあいつの波動で間違いないな。けど、どうしてあいつがこの世界に来てるんだ? うーん、まあ、あいつの方から近づいて来てるみたいだから、今日はもう帰ろう」
彼はそう言うと、村まで歩き始めた……。
*
「おーい、ミサキー。次はお前の番だぞー」
ナオトの声がミサキ(黒髪ベリーショートの巨大な亀型モンスターの本体)の耳まで聞こえてくると、彼女はスッと立ち上がった。
「おっと、次は僕の番のようだね。あんまり緊張はしてないけど、暴走しないようにしないとね」
彼女(『四聖獣』の一体『玄武』はそう言うと、隣の部屋に移動しようとした。
しかし、それを止めた者がいた。
「お姉様! 私も同行させてください!」
それは……コハル(藍色髪ロングの藍色の湖の主。ミサキの妹)だった。
彼女の前に両手を広げて立ち塞がるコハル。それを突破しようと右に一歩移動するミサキ。
それを阻止しようと左に一歩移動するコハル。
それとそれの逆方向バージョンが何度か繰り返されたあと、ミサキはニコニコ笑いながら、コハルにこう言った。
「……コハル。そこを退いてくれないかい?」
「い、嫌です! 私も一緒に行かせてください!」
「コハル。僕のことを好いてくれるのは嬉しいけど、今回だけは僕の言うことを聞いてくれないかい?」
「私はテコでもここから動きませんよ! 動かざること山の如しです!!」
「そっか……。なら、仕方ないね……。聖獣武装……『玄武の盾』」
ミサキがそう言うと、彼女の頭上に亀の背甲のような模様が入っている漆黒の盾が出現した。
彼女はそれの裏面にある持ち手を右手で持つと、コハルにこう言った。
「この盾には僕以外が触れると寿命を吸い取る機能があるってことは知ってるよね?」
「……はい、もちろんです。お姉様のことなら、なんでも知っていますから……。ですが! 今回ばかりはなんとしてでも私のお願いを聞いてもらいます! 聖獣武装……『玄武の鞭』!!」
コハルがそう言うと、藍色の蛇が彼女の頭上に出現した。
その直後、コハルがそれの尻尾の先端を持つと、藍色の鞭になった。
「この鞭には私以外が触れると身体中の水分を抜き取ってしまうという恐ろしい機能があります。なので、どうか私のお願いを聞いてください!」
「それは無理な相談だね……。例え実の妹であっても、今回ばかりは僕の言うことを聞いてもらうよ」
「お姉様がその気なら、私だって……」
その時、襖がスーッと開かれた。
真顔でお茶の間に侵入したナオトは瞬時に二人の間に割って入ると、二人の頭にチョップをした。
「うっ!」
「ひゃ!」
「二人とも、ケンカはそこまでだ。というか、何なんだ? その盾と鞭は……」
彼が二人から盾と鞭を没収すると、二人の顔が一瞬で青ざめた。
「それに触っちゃダメだよ! ご主人!」
「そ、そうですよ! 早く返してください!」
「は? どうしてそんなに慌ててるんだ? 俺は別になんともないぞ?」
「え?」
「そう、なのですか?」
「おう、別になんともないぞ」
うーん、これは興味深い現象だね……。
おかしいですね……。聖獣武装の恐ろしい機能は自分もしくは自分より強い存在がそれに触れた時以外を除いて、その効果を発揮するはずなのに……。
「ねえ、ご主人。本当になんともないの?」
「ん? あー、まあ、今のところなんともないぞ」
「お兄様、本当になんともないのですか?」
「おう、別になんともないぞ……って、さっきから何なんだよ。新手のドッキリか?」
「ううん、違うよ。ねえ? コハル」
「はい、お姉様の言う通りです」
「そう、なのか? まあ、とにかく二人とも寝室に来い」
「はーい」
「了解しましたー!」
この時、二人は仮説を立てた。
それは、彼がもうすでに『四聖獣』より強いかもしれないというものである。




