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〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その25

 コユリがモンスターチルドレンになる前、彼女は小さな村で暮らしていた。

 彼女は父親と一緒に畑仕事をしたり、母親と一緒に家事をしたりしていた。あの日が来るまでは……。


「逃げろー! 吸血鬼だー!」


「全身の血を吸い尽くされるぞー!」


 満月の夜……。それは突如とつじょとして村に現れ、人々を襲い始めた。

 黒髪ツインテールと黒い瞳と黒いドレスが特徴的な幼女の皮を被った鬼……。

 その吸血鬼はひどくお腹をかせていた。

 しかも、その村には吸血鬼を倒せるものがいなかった。

 だから、村の人々は彼女の食料になるしかなかった。あらがおうとしたものもいたが、相手は魔力や再生力が桁外けたはずれな存在であるため、殺す前に殺されてしまった。


「お父さん! ……お母さん! どこー!」


 モンスターチルドレンになる前のコユリは、吸血鬼から逃げている最中に両親とはぐれてしまった。

 家々から立ちのぼけむりに心を痛め、地面に横たわっている無数の死体には、無事に天国へ行けるよう願った。

 彼女は一度、家に帰ることにした。もしかしたら、両親もそこにいるかもしれないと思ったからだ。

 しかし、もう遅かった……。


「……! お父さん! お母さん! しっかりして!」


 畑の近くで地面に横たわっていたのは、彼女の両親だった。

 首筋にある小さな二つの穴から、両親の死が吸血鬼によるものだと気づいた彼女は暗闇に向かって泣き叫んだ。

 それから数秒後、やつが……来た。


「……うるさいなー、せっかくお腹いっぱいになって気持ちよくなってたのに、台無しだよー」


 彼女はそんなことを言いながら、モンスターチルドレンになる前のコユリがいる方へと歩み寄った。


「……あ、あなた、もしかして、吸血鬼……?」


「え? あー、まあ、そうだけど。それがどうかした?」


「わ、私の両親を殺したのも……あなた……なの?」


「え? あんたの両親? えーっと、もしかして、そこに転がってるやつらのこと?」


「わ、私のお父さんとお母さんをバカにしないでよ!」


「いや、別にバカにしてるつもりはないんだけど。まあ、いいか。それじゃあ、あんたの血もいただこうかな」


 彼女は舌()めずりすると、不気味な笑みを浮かべた。


「あ、あなたはどうしてこんなことをするの? 私たちがいったい何をしたっていうの?」


「……はぁ? そんなの生きるために決まってんじゃん。他に理由ある?」


「そ、そんな……。で、でも吸血鬼は一日に三回くらい人の血を吸えば生きられるってお父さんが……」


「はぁ? それでお腹いっぱいになると思ってるの? というか、その量はあくまでも最低限度のものであって、お腹いっぱいになる量じゃないのよ?」


「……け、けど、食べすぎは良くないってお母さんが」


「あー、もうー、鬱陶うっとうしいなー。人間なんて私のお腹を満たすくらいのことしかできないんだから、おとなしく死んでよ」


 その時、彼女は初めて殺されるかもしれないと思った。

 だから、彼女は逃げようとした。しかし、そううまくはいかなかった。


「逃がすわけないでしょ?」


 彼女はモンスターチルドレンになる前のコユリの黒くて長い髪をつかむと、地面に足がつかないように持ち上げた。


「うっ……! は、離して! 私はこれからお父さんとお母さんのお墓を作るんだから!」


「あー、うん。その必要はないよ。だって、あんたもこれから死ぬんだから……」


「い、いやだ! 私はまだ死にたくない!」


「うーん、それは無理な相談だなー。だって、私。あんたみたいに両親に愛されてるやつを見ると、ぐしゃぐしゃにしたくなっちゃうから!」


 彼女はそう言うと、まだ幼い少女の首筋に噛み付いた。

 泣き叫びながら、彼女をなぐる少女。

 しかし、その小さなこぶしで殴ったところで彼女には到底とうてい及ばない。

 少女の意識が次第に遠のいていく。

 だが、彼女は諦めたわけではなかった。

 心の中で何度も、何度も、何度も、何度も、何度も助けを求めた。

 誰でもいいから早く助けに来て……。

 この吸血鬼を、両親を殺したこの鬼を……早く倒して。

 普通なら、ここで主人公っぽい人が登場して、敵を倒すのだが、その時は違う人が来た。

 いや……人の形をした人ではない何か……と言った方がいいだろう。

 なにしろ、この世でもっとも恐れられている存在なのだから。


「ねえ、そこのザコ吸血鬼。そんなに血が吸いたいのなら、私の血を吸いなさいよ」


「……まだ生き残りがいたか」


 吸血鬼は少女の血を吸うのをやめると、意識が途切れかけている少女を地面に落とした。


「いやあ、驚いたよ。まさかこの私をザコ呼ばわりする人間がいるとはね。いったいどこの誰だろうねー」


 吸血鬼が振り返ると、そこには白髪ショートヘアと黒い瞳と恐れを抱くほどの白い肌と白いワイシャツと白いスカートと白い靴下と白い運動靴が特徴的な美幼女がそこに立っていた。


「……ど……どうして……。どうしてお前がここにいる! 答えろ! 『純潔の救世主(クリアセイバー)』!!」


「あら、私のこと知ってるの? どこから情報が漏れたのかしら。まあ、いいわ。とにかくあなたは、ここで私に殺される運命にあるわ。だから……そこから動かないでね?」


 いつも真顔な彼女が……笑った。

 その直後、吸血鬼は今まで感じたことのない何か強力な力に押しつぶされそうになった。


「わ、私は何もやってない……。だから、お願い。今回だけでいいから、見逃してよ」


「はぁ……あなた、自分が何をしたのか分かってるの? この村に住む人々の未来と日常を奪ったのよ? そんなことをしておいて、生きていられると思っているのなら……。あなたには、それ相応そうおうの罰を受けてもらうしかないわね」


「い、いやだ! 私はまだまだやりたいことが!」


「やりたいこと? あなたたち吸血鬼は、人の血を吸うことしか考えてないじゃない。そんなけものを一匹、二匹倒したところで大して世界は変わらないし、誰も困らないわよ」


「は、ははは。さ、流石さすがだね。『五帝龍ごていりゅう』を退しりぞけたっていううわさはどうやら本当みたいだね」


「あんなトカゲが何匹集まろうと私の敵じゃないわ。私の教え子たちの方がよっぽど厄介よ……。さてと、それじゃあ、あなたにはここで死んでもらうわ。何か言い残すことはない?」


「そうだね……。それじゃあ……せめて、相打ちにしてあげるよ!」


 吸血鬼は思い切り地面をると、白いころもまとった少女のところへと走り始めた。

 その少女はめ息をくと、こうつぶやいた。


「……死になさい」


「あんたもな! はああああああああああああ!!」


 吸血鬼が彼女の首を素手で切断しようとしたその時、吸血鬼の首がちゅうった。


「……えっ?」


 吸血鬼がそう言うと、彼女の体はなぜか白く染まってしまった。


「私の呪いの影響を受けないものはこの世でたった一人しかいないけど、私はそのたった一人のために戦うと決めたわ。だから、誰にも負けるわけにはいかないのよ。たとえ、どんな手を使ってでも……ね」


 彼女はそう言うと、モンスターチルドレンになる前のコユリのところまでけ寄った。

 そして、ゆっくりとしゃごみこんだ。

 モンスターチルドレンになる前のコユリは仰向けで倒れており、頭は彼女たちの方に向いていた。

 そのため、今の彼女には『純潔の救世主(クリアセイバー)』の顔が上下逆さまに見えている。


「……ねえ、あなたはまだ生きたい?」


「……はい……私は……まだ……生きたい……です」


「そう……。なら、『幼獣(モンスターチルドレン)』になりなさい」


「モンスター……チルドレン?」


「詳しい話はあとよ。まあ、成功するかどうかは、あなたの頑張り次第だから、失敗してもうらまないと約束してもらえるかしら?」


「……はい……約束します……」


「そう……。なら、少しだけ我慢してもらうわよ」


 彼女はどこからともなく注射器を出現させると、その中に入ったカラフルな液体を少女の体の中に注入した。

 すると、少女の体から黒いトゲのようなものがいくつも飛び出した。


「……い……痛い……! 痛いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「我慢しなさい。運命にあらがうには、それ相応の対価が必要なのだから」


 涙目になりながら泣き叫ぶ少女は、苦しそうに身悶みもだえる。


「……あなたやるわね。モンスターチルドレンになる前にショック死する子は結構いるのに、あなたは生きようとしている。それじゃあ、今からあなたにご褒美ほうびをあげるわ」


 彼女はそう言うと、少女の頭に手を置いた。


「……よしよし、いい子、いい子」


 彼女が少女の頭を撫で始めると、少女の体から飛び出していた無数のトゲは少女の体内に入っていった。

 その直後、少女の体は白く光り始めた。


「……え? え? 私、どうして光ってるの?」


 自分の体の変化に驚きをあらわにしている少女は、彼女が自分をお姫様抱っこしていることに気づくのに数秒を要した。


「あ、あの……私の体、どうなっちゃったんですか?」


「今はそんなことどうでもいいわ。説明はあとでいくらでもするから、とりあえず今は私と一緒に来なさい。あと、その破れた水色のオーバーオールと白い服をなんとかしないといけないから、向こうに着いたら私が作った白いワンピースを着てもらうわ。いいわね?」


「は、はい、分かりました」


 その後、二人は『モンスターチルドレン育成所』に行った。

 そして、この日。コユリは『天使型モンスターチルドレン製造番号(ナンバー) 一』となったのである。


 *


「……というのが、コユリの過去であり、お前をきらう理由だ。まあ、なんとなく予想はしてたが、とにかくあいつはあいつなりに頑張ってきたんだよ。だから」


 彼がミノリ(吸血鬼)の方を見ると、彼女は号泣していた。


「……どうしよう……あたし……あいつにひどいこと、たくさんしちゃった」


「……えーっと、その……あいつはお前と話してる時が一番イキイキしてるように見えるから、あんまり気にしない方がいいぞ?」


「……そうかな……?」


 その時、彼は一瞬ドキッとしてしまった。

 なぜならば、彼女が涙目になった状態で彼の顔を見てきたからである。


「あ、ああ、そうだとも……。だから、もう泣くな」


「……でも……でも……うえええええええん!!」


「……よしよし、ミノリは優しいな」


 彼はしばらくミノリをなぐさめていた……。

 そのあと、彼女はみんなを起こしに部屋に戻っていった。

 彼が屋根の上に座っていると、ずっと上空から二人の様子を見ていたコユリ(本物の天使)が彼の隣に座った。


「あの、マスター。一ついてもいいですか?」


「んー? なんだー?」


「どうしてマスターはアホ吸血鬼が私の実の姉であることを言わなかったのですか?」


「……それを言ったら、あいつが混乱するからだよ。それにお前だって最近まであいつが自分の実の姉だってこと忘れてただろ?」


「それは、その……モンスターチルドレンになると、それ以前の記憶が少しだけ改竄かいざんされるという不思議な現象のせいです」


「そうか……。けど、いつかはあいつに言わなきゃいけなくなるから、タイミングは自分で決めろよ?」


「……分かりました。そうします」


「よし、じゃあ、そろそろ戻るか」


「あ、あのっ!」


「ん? なんだ?」


「そ、その……これは私個人の考えなので、するかどうかはマスター次第ですが。えっと、その……ちゃんと他の方々にも私と同じように接してくださいね!」


「うーん、たしかに最近、みんなとろくに話してなかったな。じゃあ、『個別面談』でもやろうかな」


「あ、ありがとうございます! 大好きです!!」


 彼女はそう言うと、彼に抱きついた。

 そして、彼のひたいに優しくキスをした。


「お、おいおい、そういうのは程々にしとけよ?」


「安心してください。こんなことマスター以外にはしませんから」


「そうか……。じゃあ、戻るか」


「はい!」


 彼女がそう言うと、二人は部屋の中へと戻っていった。

 ちなみに、その時のコユリの笑顔はキラキラかがやいていたそうだ。

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