〇〇は『赤き雪原』に向かうそうです その20
「……ミノリ、ありがとな」
ナオトは彼女の近くに歩み寄ると、頬を人差し指でポリポリと掻きながら、そう言った。
「べ、別にあたしは何もしてないわよ」
「でも、タイミングを見計らって、みんなを屋根の近くまで誘導してくれたんだろ?」
「そ、それはその……た、偶々よ。別にあんたのためにやったわけじゃないんだからね……」
「……ミノリのツンデレ、いただきました」
「と、とにかく! 明日は朝からミーティングするから、今日はもう寝なさい!」
「……そうだな。けど、今日は少し……お、お前に甘えたい気分なんだ。だから、その……」
「あー、はいはい、分かってるわよ。添い寝すればいいんでしょ。まったく、あたしを何だと思ってるのよ」
「うーん、そうだな。抱き心地が最高な抱き枕かな?」
「他には?」
「え?」
「他にはないの? あんたにとって、あたしの体は抱き心地の良い抱き枕程度のものでしかないの?」
「うーん、そうだな。じゃあ、人をダメにするクッションかな?」
「うーん、ちょっと物足りないわね。他には?」
「そうだな。他にあるとしたら……」
彼はそう言いながら、前のめりになって倒れた。
ミノリ(吸血鬼)が受け止めなければ、彼は今ごろ屋根にキスをしていたことだろう。
「ちょ、ちょっとナオト! 大丈夫?」
ミノリ(吸血鬼)が彼の安否を確認すると、彼はスウスウと寝息を立てながら、気持ちよさそうに眠っていた。
「……はぁ……まったく、どっちが保護者なのか分からないわね」
彼女はそう言うと、彼の頬を人差し指でツンツンと突いた。
「……お母さん……くすぐったいよ……」
彼が発したその言葉は、彼女の母性本能をくすぐった。
「……よ、よーしよし……。いい子、いい子……」
彼女はそう言いながら、彼の頭を撫で始めた。すると、その光景を目の当たりにした者が彼女の背後でこう言った。
「そこで何をしているのですか?」
「えー、何って。ナオトの寝顔が可愛すぎるから、頭を撫でてるだけよ……って、どうしてあんたがここにいるのよ。さっさと部屋に戻りなさいよ」
ミノリ(吸血鬼)がそう言うと、コユリ(本物の天使)は溜め息を吐きながら、こう言った。
「私はただマスターの様子を見に来ただけです。あなたのことなど、これっぽっちも考えていません」
「あっ、そう。けど、あんたはあたしに何か言いたいことがあるんでしょう?」
「ええ、ありますとも。まず、マスターを独り占めしないでください。不愉快です。次にマスターの頭を撫でないでください。マスターの頭が汚れてしまいます。最後に間違ってもマスターに手を出さないでください。もし手を出したら、あなたの体を再生できなくなるまで切り刻みます」
「……はぁ……あのね……一つ目は自覚がないから改善のしようがないし、二つ目は単なる偏見だし、三つ目は少なくとも人間に戻れる薬を飲むまではしないから安心しなさい。ま、まあ、ナオトが望むのならしてあげてもいいけど……」
ミノリ(吸血鬼)が顔を少し赤く染めると、コユリ(本物の天使)は怒りという感情を露わにした。
「ふざけないでください。あなたのような人殺しをマスターが選ぶと思っているのですか?」
コユリ(本物の天使)がそう言うと、ナオトがこんな寝言を言った。
「……二人とも仲良くしようよ。家族なんでしょ?」
コユリはそれを聞くと、キュン死しかけた。分かりやすく言うと、心拍数が上がると同時に手足が震え始めたのである。
「お、おかしいですね……。普段はこのようなことにはならないのですが……」
「それは、あんたの頭の中がピンク色だからでしょ?」
「バ、バカなことを言わないでください! そのようなことがあるわけがな……」
「ううん、今のあんたからは、大罪の力を宿していた頃のあたしと同じ波動を感じるから、間違いないわ」
「そ、そんなバカな! あなたは私が『大罪持ち』だと疑っているのですか?」
「疑うも何も、あんたは『天使型モンスターチルドレンの製造番号 一』なんだから、その可能性は十分あるでしょ?」
「ち、違う……。私は『大罪持ち』なんかじゃ……」
その時、ミノリ(吸血鬼)は彼をお姫様抱っこした。そして、コユリ(本物の天使)の顔を見ながら、こう言った。
「自分の胸に手を当ててみなさいよ。そうすれば『大罪持ち』かどうか分かるから……」
「……け、結構です。私が『大罪持ち』でないことは私自身がよーく知っていますから……」
ミノリ(吸血鬼)は溜め息を吐くと、ナオトの首筋に顔を近づけた。
「……あー、おいしそうな匂い」
普段のコユリなら、それがミノリ(吸血鬼)の演技もしくは挑発だと分かるのだが、今のコユリは違った。
「……それ以上……近づくな……」
コユリ(本物の天使)が少し俯いた状態でそう言うと、ミノリ(吸血鬼)は彼女を煽るようにこう言った。
「え? 何? 聞こえないわよ?」
その直後、コユリの堪忍袋の尾が切れた。
「……それ以上、私のマスターに……近づくなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その直後、闇夜を照らしている月(新月になりかけている)が紅く染まり、なぜか紅い満月になった。
さらに、星々の輝きは黒きオーラに覆い隠されてしまった。
「……大罪……解放!!」
コユリの銀色の髪は『白よりも白い髪』へと変貌し、金色の瞳は紅に染まった。
背中に生えた二枚の白い翼が紫色に染まると、コユリは自分の両手から放出した黒いオーラで漆黒の弓を作った。
「……仮名の固有武装『全てを死へと誘う弓』!!」
コユリは右手から放出した黒いオーラを矢にすると、ミノリ(吸血鬼)を射抜くために矢をつがえた。
「……へ……へえ……それがあんたの真の姿なのね。正直、想像以上だわ……」
その直後、ミノリ(吸血鬼)はナオトを屋根の上にそっと寝かせた。
「固有魔法……『反闇の閃光』!!」
コユリ(本物の天使)がそう言うと、自分とナオトとミノリ以外の時が止まった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そこまでする必要ないでしょう!」
ミノリ(吸血鬼)が大声でそう言うと、コユリ(本物の天使)は不気味な笑みを浮かべながら、彼女の顔を見た。
「ふふふふふ……どうして今まで気づかなかったのでしょうね……。最初からこうしておけば、あなたを排除できたというのに……」
「あんた、もしかして自分の力を完全に制御できてないの?」
「何を言っているのですか? この私が自分の力を制御できていないなんてことあるわけがないでしょう?」
「じゃあ、あんたのその力の名前を言ってみなさいよ」
「……この力の名前……ですか?」
「ええ、そうよ。さぁ、言ってみなさいよ」
「この力の名前……」
コユリ(本物の天使)は自分の力の名前を答えようとしたが、頭の中にその情報はなかった。
「……はぁ……もういいわよ。自覚してないのなら、あたしが教えてあげるわ。あんたの力の名前は……」
その時、先ほどまで寝ていたはずのナオトが目を覚ました。
そして、スッと立ち上がるとコユリ(本物の天使)にこう言った。
「『傲慢の姫君』……だろ?」
「傲慢の……姫君……?」
「ああ、そうだ。お前は俺を独占したいという思いが他のやつらよりずっと強いだろ? だから、お前のその力は『傲慢の姫君』だ……。ところでお前はミノリと何をしようとしてたんだ?」
「マ、マスター……。これはその……」
「お前のその力は『七つの大罪』の中でも最強と言われている力だ。だから……俺がここで封印する」
ナオトはコユリ(本物の天使)の方へと近づきながら、こう言った。
「……『大罪の力を封印する鎖』」
ナオト対コユリの戦いが……今、始まる。




